フェラーリ初の電気自動車「ルーチェ」をどう思う?
2026.06.30 あの多田哲哉のクルマQ&Aフェラーリが発表したブランド初の電気自動車「ルーチェ」がさまざまな議論を呼んでいます。多くは「フェラーリらしからぬ」という批判のようですが、その存在について、多田さんはどのように考えますか? また、もしご自身がルーチェの開発を任されていたら……?
現時点ではまだ、このクルマについての情報は限られていますし、実際に見たり実車に乗ったりする機会があれば、話は随分変わると思います。
おっしゃるとおり、ちまたでは、非常にネガティブな意見があふれていますよね。けれども私は、それほど否定的にとらえてはいません。フェラーリにとっての「大きな戦略の転換期」なのだろうと思っています。これはもう、技術的にどうこういう話ではなく、まさにフェラーリの「マーケティング戦略の節目」にあたる製品なのです。
フェラーリは今までいかにして成功をおさめてきたか? 理由としていろいろなことがいわれますが、やはり創業者であるエンツォ・フェラーリの「マーケティングの才能」が飛び抜けていたからというのが大きいでしょう。
今でこそいろいろな会社がマネをしていますが、彼の「売れる数よりも少なくつくる」という戦略は、当時としては“あり得ないこと”であり、誰もが「一体何を考えているんだ」と思ったはずです。しかし、まさにそれが功を奏して今に至っています。
そうした戦略は一朝一夕に世の中に定着したわけではなかったのですが、かたくなにそれを守り通して、富裕層の心をつかみました。そして、そのビジネスモデルは、今では他社にもだいぶ模倣されてきています。
そのため、フェラーリの首脳陣は「次の戦略」を見つけようとしているのだと思います。ちょうど今、世の中が電動化(EVシフト)するというタイミングを迎え、クルマの成り立ちそのものが大きく変わるのを見て、さて、どう舵(かじ)を切るのかということになったに違いありません。
その具体的な答えの一つが、おそらくこのルーチェなのです。私はまだ、実際にルーチェを見たことがありませんが、ハードウエアとしてのクルマの成り立ちでいうと、私自身が試乗経験のある「ロータス・エメヤR」に近いのではないかと見ています。
メカニズム的には、エメヤRが前後モーター(2モーター)なのに対してルーチェは4モーターによる4輪独立駆動という違いはありますが、電動テクノロジーはどんどん進化しますし、基本的には4輪独立で駆動する4モーターという形式が、今後の高性能EVの“お決まりパターン”になっていくでしょう。
エメヤRを試乗した際にお話ししましたが(関連記事)、今やクルマは「全部のせ」の製品づくりが可能になっています。4人がゆったり乗れて、ラグジュアリー感もある。しかしサーキットに行ったらとんでもなく速い、というような、一見矛盾する「無理難題」に応えてしまうクルマも、EV化によりつくれる時代になったのです。フェラーリもそうした領域を、まず、ルーチェでは目指しているのだろうと思います。
当然ドアは4枚(4人乗り)。それで、富裕層のありとあらゆる要望をすべて満たす。そうしたら、あのような形態になる、というわけです。
そこで、一番の肝になるのは外観ですよね。皆さんがルーチェに対して失望したり怒ったりしているのはまさにそのデザインについてですが……要するにあれは「クルマのデザイナーがつくったもの」ではないわけです。多くの方がご存じのとおり、もともとApple(アップル)にいた人(ラブフロムのジョニー・アイブ氏など)が関わっています。
今どきの超富裕層の息子や娘、あるいは孫の世代の多くは、子供のころから「iPhone」などに慣れ親しんでいて、親が築いた資産が山ほどある一方で、働く必要はない(=実質的にヒマ)なわけです。ルーチェは、そんな彼らが一体何を欲しがるだろうか? という発想からスタートしているのだと思います。
その点、自動車メーカーに長くいた人間の発想に開発をゆだねたのでは、おのずと先は知れるというもの。だから、全然違う畑の人間(元Appleのデザイナーなど)に任せるのがいいだろうと、フェラーリの首脳陣は考えたに違いありません。
それは 確かに大英断ではあるのですが、私からすれば「安易ではないか」と思う部分もあります。前述の動機でApple(iPhone)にいくというのは、あまりにも普通すぎて、発想のひねりが足りないのではないかと。もっと、めちゃくちゃブッ飛んだ、「え? フェラーリがそんな会社に任せるの!?」という選択があってもよかった。
ジョニー・アイブ氏などが関わっているというのは ある意味、優等生すぎるデザインであり、お行儀が良すぎるんです。初披露された形を見たところで、私は良いとも悪いとも、何とも言えない。なんだか「普通だな」というのが第一印象で、もっと“とてつもないもの”が出てきたほうが面白かったのにと、内心、少し残念に思っています。
インパクトとしては、例えばテスラの「サイバートラック」くらい振り切れていてもいい。「なんだ、この定規で引いたような形は!」と言われるくらいとがっていてほしかったなと思います。私の周りでもさまざまな意見がありますが、「ひどい」というよりも「普通だ」というのが私の感想です。
では、私自身がルーチェの開発を任されたら、どうするか?
まず、自分だけで何とかしようとは絶対に思いません。前述した「超富裕層の子供や孫の世代」が大きくなった時に、クルマという移動手段に対してどのような“特別感”を求めるかという点を、徹底的にリサーチします。
スマホやIT機器はあって当たり前で、その次に何が出てくるのか。今はやりのAIなどを普通に使って暮らしているさらに次の世代の人たちがどう考えるかという点において、未来的な発想を持っている会社や個人を、一生懸命探して世界中から見つけ出し、そういう方々に「デザインはすっかり一任する」ということが、ベストな対応になると思います。間違っても、自分で何とかしようなどと考えてはいけません。
話としてはそこに尽きます。あとは、そのデザイナーの選び方一つで、ブランドの運命が決まるのだと思います。
それも、そんな簡単にうまくいかないのが前提です。何度も失敗して周りから散々にいわれるでしょうが、かたくなにそれを何年も、あるいは何十年も続けていけば、ひょっとしたら、これまでフェラーリが築いてきたような牙城が、もう一つ別のコンセプトでできあがるかもしれない。フェラーリはそこに、もうかっている今のうちに莫大(ばくだい)な投資をする腹積もりだろうと私はみています。
フェラーリのようなハイブランドは、自分たちでトレンドを決めて、「これが最先端である」と提示し、買う側・乗る側を洗脳していくという、ある種の「宗教」に近いビジネスができる。「このつぼを買いなさい」と(笑)。
だからフェラーリの顧客というのは、逆に、好みや意見を求められたら嫌なはずです。そんなことは望んでいなくて、「フェラーリさま、さぁ、私になんなりと言ってください」と思っている。教祖さまに対して、お布施ならいくらでも払うという方々なのですから。
ルーチェに関しても、オーナーになる方は「よく分からないけれど、取りあえず買ってみる」という人が大半だと思います。「買ってはみるけれど、どうなんだろう?」「フェラーリが言うなら、どんな形でもいい。だけど、もっと驚かせてほしいな」といったところではないでしょうか。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。