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第965回:クルマは“故郷”で楽しもう! ベルトーネ・コレクション66台がトリノに還る

2026.06.11 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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流浪の果てにたどり着いた安住の地

イタリア・トリノ市の歴史車両収蔵施設「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」は2026年4月1日、新たな常設展として「ASIベルトーネ・コレクション」を一般公開した。

ヘリティッジ・ハブ・イタリーは、ステランティスがかつてのフィアットのパワートレイン工場「オフィチーナ81(第81作業場)」を改装し、2019年に開館した歴史車両展示施設(開館当時の名称は「ステランティス・ヘリティッジ・ハブ」。原稿の名称は2026年5月から)。1998年「ムルティプラ」、2007年「500」、2012年「パンダ」のデザイナーとして知られるロベルト・ジョリート氏がオープン以来責任者を務めている。

今回公開されたコレクションは、かつてイタリアを代表する車体製作会社のひとつであった、カロッツェリア・ベルトーネが所有していた66台である。年代は1960年代から2000年代初頭にまで及ぶ。イタリア文化省により、国外への売却や分割が禁止されている。

2023年4月の当連載第957回に記した経緯を要約すると、同社が2008年に消滅したのに続いて2013年にデザイン開発部門のスティーレ・ベルトーネも破産。その際、裁判所を通じて2015年にASI(イタリア古典二輪四輪協会)へと売却された車両たちである。

ASIによって購入されたベルトーネ・コレクションは、2018年からミラノ・マルペンサ空港に近い「ボランディア航空公園博物館」で保管・展示されていた。今回、所有権はASIのまま展示施設のみが変更されたかたちだ。

ベルトーネゆかりの地、トリノに展示場所が移されたことについて、ASIのアルベルト・スクーロ会長はプレスリリースで、「私たちは保護・保存・振興という使命を成し遂げたといえるでしょう」とコメントしている。同時に、今回の移転は協会の創立60周年記念事業の一環であることを明らかにした。

今回は、トリノにあるステランティスの「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」で2026年4月に公開された「ASIベルトーネ・コレクション」の訪問記を。一番手前は1984年「シボレー・ラマーロ(コンセプト)」。C4世代の「コルベット」がベースで、ドアは前に向かってスライドする方式だった。
今回は、トリノにあるステランティスの「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」で2026年4月に公開された「ASIベルトーネ・コレクション」の訪問記を。一番手前は1984年「シボレー・ラマーロ(コンセプト)」。C4世代の「コルベット」がベースで、ドアは前に向かってスライドする方式だった。拡大
「ASIベルトーネ・コレクション」開会式の様子。「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」は、旧工場棟を改装したものだ。(photo : Stellantis)
「ASIベルトーネ・コレクション」開会式の様子。「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」は、旧工場棟を改装したものだ。(photo : Stellantis)拡大
以下、基本的に年代順(表示年は展示車両のもの)に紹介する。手前は「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ スプリント」1963年生産。その受託車体生産はベルトーネに大きな利益をもたらした。その右は本文で触れている「アルファ・ロメオ2600スプリント」1964年生産。
以下、基本的に年代順(表示年は展示車両のもの)に紹介する。手前は「アルファ・ロメオ・ジュリエッタ スプリント」1963年生産。その受託車体生産はベルトーネに大きな利益をもたらした。その右は本文で触れている「アルファ・ロメオ2600スプリント」1964年生産。拡大
「アルファ・ロメオ・ジュリアSS」1964年生産。フランコ・スカリオーネとの協業のもと、空気抵抗係数0.29を達成した。
「アルファ・ロメオ・ジュリアSS」1964年生産。フランコ・スカリオーネとの協業のもと、空気抵抗係数0.29を達成した。拡大
「ランボルギーニ・ミウラS」1967年生産。ヌッチオ・ベルトーネの生前における個人所有車だった。
「ランボルギーニ・ミウラS」1967年生産。ヌッチオ・ベルトーネの生前における個人所有車だった。拡大
ガンディーニ時代の車両が続く。左は「アウトビアンキ・ラナバウト」1969年コンセプト。「フィアット128」用エンジンをミドシップ搭載したもので、そのデザイン言語は後の「フィアットX1/9」に受け継がれた。
ガンディーニ時代の車両が続く。左は「アウトビアンキ・ラナバウト」1969年コンセプト。「フィアット128」用エンジンをミドシップ搭載したもので、そのデザイン言語は後の「フィアットX1/9」に受け継がれた。拡大
「スズキGO」1972年コンセプト。スズキ製モーターサイクル「750GT」のエンジンを搭載しており、前後軸にそれぞれ5段の変速機を組み合わせている。
「スズキGO」1972年コンセプト。スズキ製モーターサイクル「750GT」のエンジンを搭載しており、前後軸にそれぞれ5段の変速機を組み合わせている。拡大
「スズキGO」のダッシュボード。1972年のブリュッセルショーで公開された。生産されれば、「シトロエン・メアリ」のよきライバルになっていたかもしれない。
「スズキGO」のダッシュボード。1972年のブリュッセルショーで公開された。生産されれば、「シトロエン・メアリ」のよきライバルになっていたかもしれない。拡大
「NSUトラペーツェ」1973年コンセプト。「NSU Ro80」の2ローターロータリーエンジンをリアシート後方に搭載している。それによって、広大なレッグスペースを実現した。
「NSUトラペーツェ」1973年コンセプト。「NSU Ro80」の2ローターロータリーエンジンをリアシート後方に搭載している。それによって、広大なレッグスペースを実現した。拡大
「フェラーリ・レインボー」1976年コンセプト。「フェラーリ308GT4」のフロアを短縮したうえで、新たなボディーを提案した。運転席にいたまま収納できるルーフが特徴だったが、あまりに斬新すぎたため、マラネッロは生産を拒否した。
「フェラーリ・レインボー」1976年コンセプト。「フェラーリ308GT4」のフロアを短縮したうえで、新たなボディーを提案した。運転席にいたまま収納できるルーフが特徴だったが、あまりに斬新すぎたため、マラネッロは生産を拒否した。拡大
「ジャガー・アスコット」1977年コンセプト。ベースは「ジャガーXJ-S V12」のフロアを短縮したもので、ジュネーブショーでの発表時の外観はホワイトだった。
「ジャガー・アスコット」1977年コンセプト。ベースは「ジャガーXJ-S V12」のフロアを短縮したもので、ジュネーブショーでの発表時の外観はホワイトだった。拡大
「ボルボ・ツンドラ」1979年コンセプト。ボルボではシンプルなデザインが不評だったが、そのモチーフは1982年登場の「シトロエンBX」で開花する。
「ボルボ・ツンドラ」1979年コンセプト。ボルボではシンプルなデザインが不評だったが、そのモチーフは1982年登場の「シトロエンBX」で開花する。拡大
「フィアットX1/9ロングホイールベース」1981年コンセプト。ノーマル仕様の「5スピード」と比較して、全長で18cm、全幅で5cm拡大されている。前席後方には、子ども用の小さなシートが確保されている。
「フィアットX1/9ロングホイールベース」1981年コンセプト。ノーマル仕様の「5スピード」と比較して、全長で18cm、全幅で5cm拡大されている。前席後方には、子ども用の小さなシートが確保されている。拡大

世代を超えた創造の連鎖を体感

筆者はコレクション公開翌月の2026年5月にヘリティッジ・ハブ・イタリーを訪問し、ベルトーネ・コレクションと対面した。かねてこの施設には、フィアット、アバルト、ランチアの約300台が収蔵されていたので、訪問前はスペース的な問題を心配していたが、実際は適切な配置替えが実施され、新たな展示車たちは見事に収められていた。そのハイライトは写真をご覧いただこう。

過去十数年にわたりベルトーネ・コレクションの行方を追ってきた筆者としてうれしいのは、車両の保存状態だ。従来のボランディアは大空港の近くという好立地とはいえ、あくまでも航空関係の博物館であった。そこに自動車があるのは、きわめて特異な状態であったといえる。車体にはほこりが積もり、タイヤの空気は抜けたものが多く、到底文化財の扱いではなかった。対して、新たなすみかを手に入れたベルトーネの車両たちは、既存の展示車同様に丁寧に管理されているのだ。

ジョリート氏は、ベルトーネ・コレクションについて「イタリアの、とりわけトリノのカロッツェリア史を語るうえで大きな意義をもっています」と筆者に語る。「いずれも研究や探求を基盤とし、新たな様式や新しい表現言語を追い求めた挑戦の軌跡なのです」

同氏がとりわけ強調するのが、2代目当主ヌッチオ・ベルトーネが持っていた、若き逸材を発掘する眼力だ。「たとえばフランコ・スカリオーネは、『アルファ・ロメオ・ジュリエッタ スプリント』や、『ジュリエッタ スプリント スペチアーレ』の開発に深く携わりました」。カーデザイン界の鬼才といわれるスカリオーネも、ヌッチオというプロデューサーがいたから誕生したのである。

のちに巨匠と称されるジョルジェット・ジウジアーロもしかりだ。「『アルファ・ロメオ2600スプリント』は入社時の履歴書代わりでした。すなわち彼がベルトーネに正式採用される前に手がけたものだったのです。にもかかわらず、メーカーから迷うことなく量産モデルとして採用されています」。カロッツェリアが若い才能とともに新たなソリューションを生み出す力を擁していた、イタリア自動車産業の黄金期をほうふつとさせる話だ。

「その後、マルチェロ・ガンディーニが登場し、マルク・デュシャン、ルチアーノ・ダンブロジオ、そして近年ではジュリアーノ・ビアジオ、マイケル・ロビンソン、デイヴィッド・ウィルキーと、その流れは受け継がれてきました」。自動車デザインの先駆者たちによる、世代を超えた創造の連鎖である。

そしてジョリート氏は、デザイナーの視点から、ヘリティッジ・ハブの新たな楽しみを示してくれた。「以前からここには、ピニンファリーナやイタルデザインなど、著名なトリノのデザインファームのほか、ロッコ・モット、ヴィニャーレ、アレマーノといった小規模なカロッツェリアによる車両が数多く展示されています。これらすべてにより、自動車を絶え間のない進化の産物として捉える、トリノという地の創造力を体感できるのです」

トリノに展示されることになった新ベルトーネ・コレクションには、もうひとつ意味があるのだ。

「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」の責任者を務めるロベルト・ジョリート氏。「これは自動車デザインの先駆的な歴史をたどる、非常に興味深い物語です」
「ヘリティッジ・ハブ・イタリー」の責任者を務めるロベルト・ジョリート氏。「これは自動車デザインの先駆的な歴史をたどる、非常に興味深い物語です」拡大
「シトロエン・ザブルス」1986年コンセプト。「シトロエンBX」をもとにシューティングブレークを提案。
「シトロエン・ザブルス」1986年コンセプト。「シトロエンBX」をもとにシューティングブレークを提案。拡大
マルク・デュシャンによる「ランボルギーニ・ジェネシス」1988年コンセプト。「ルノー・エスパス」から着想を得た広大な室内空間に、ハイパフォーマンスを融合させるという大胆な試みだった。
マルク・デュシャンによる「ランボルギーニ・ジェネシス」1988年コンセプト。「ルノー・エスパス」から着想を得た広大な室内空間に、ハイパフォーマンスを融合させるという大胆な試みだった。拡大
「ニヴォラ」1990年コンセプト。「シボレー・コルベット」の再解釈であるものの、同車のV8エンジンはミドシップに変更され、後輪操舵も備えていた。“Nivola”とは伝説のドライバー、タツィオ・ヌヴォラーリにちなんだネーミング。
「ニヴォラ」1990年コンセプト。「シボレー・コルベット」の再解釈であるものの、同車のV8エンジンはミドシップに変更され、後輪操舵も備えていた。“Nivola”とは伝説のドライバー、タツィオ・ヌヴォラーリにちなんだネーミング。拡大
「ブリッツ」1992年コンセプト。ルチアーノ・ダンブロジオのデザインによる電動ロードスターの提案であった。ボディーは総カーボンファイバー製。
「ブリッツ」1992年コンセプト。ルチアーノ・ダンブロジオのデザインによる電動ロードスターの提案であった。ボディーは総カーボンファイバー製。拡大
「ブリッツ」のポップ感覚あふれる内装。
「ブリッツ」のポップ感覚あふれる内装。拡大
「ランチア・カヤック」1995年コンセプト。1950年代のランチアのデザイン的要素を取り入れ、そこにロングノーズ、ショートデッキを融合させている。
「ランチア・カヤック」1995年コンセプト。1950年代のランチアのデザイン的要素を取り入れ、そこにロングノーズ、ショートデッキを融合させている。拡大
「オペル・カリブラ スラローム」1996年コンセプト。ヘッドライトユニットのカバーは、フロントフードとほぼ同じ長さにわたって伸びている。いっぽうで、あらゆる装飾をボディー面から廃している。
「オペル・カリブラ スラローム」1996年コンセプト。ヘッドライトユニットのカバーは、フロントフードとほぼ同じ長さにわたって伸びている。いっぽうで、あらゆる装飾をボディー面から廃している。拡大
「アルファ・ロメオ・ベッラ」1999年コンセプト。「166」のプラットフォームがベースで、伝統あるブランドのグランツーリスモ復活を提案したものだった。ダンブロジオ時代の代表作。しかし、アルファ・ロメオの首脳陣の関心を引くことはなかった。
「アルファ・ロメオ・ベッラ」1999年コンセプト。「166」のプラットフォームがベースで、伝統あるブランドのグランツーリスモ復活を提案したものだった。ダンブロジオ時代の代表作。しかし、アルファ・ロメオの首脳陣の関心を引くことはなかった。拡大
「BMS Z7ビルーザ」2003年コンセプト。(「トヨタ・セラ」式の)ガルウイングドアをもつロングノーズのクーペ。
「BMS Z7ビルーザ」2003年コンセプト。(「トヨタ・セラ」式の)ガルウイングドアをもつロングノーズのクーペ。拡大
「キャデラック・ヴィッラ」2005年コンセプト。「クリスタル・バブル」と名づけられた透明ドアには、3次曲面のラミネートガラスが用いられている。
「キャデラック・ヴィッラ」2005年コンセプト。「クリスタル・バブル」と名づけられた透明ドアには、3次曲面のラミネートガラスが用いられている。拡大

開発者たちが奮闘した地で

日ごろから筆者は「自動車は、ゆかりの地にいるのが最も美しいし、鑑賞するにふさわしい」と考えている。イタリア製スーパースポーツカーを例にとれば、目がくらむようなカリフォルニアの陽光の下で眺めるのも素晴らしい。東京・渋谷の交差点にたたずむ姿もサイバーパンクを想起させる。上海浦東新区の摩天楼を背にした光景も、21世紀を象徴している。しかし翻って考えれば、それらは「得意客が多くいる」というマーケットの事情が生み出した、視覚的な面白さにすぎない。創業者によってブランドがいかに生まれたか、つくり手がどういった環境のなかで仕事をしたかを想像するのに、妨げとなる情報が多いのである。

ゆえにベルトーネのクルマを鑑賞するのも、トリノがふさわしい。ポー平原にあるこの地は、夏は過酷な湿気に、冬は濃い霧に見舞われる。そうした空気をじかに感じながら、ベルトーネのデザイナーやエンジニアたちは、いずれも郊外にあったカプリエの本社やグルリアスコの工場から、設計図を携えて協力工場を往復し、意見を戦わせていたことに思いをはせられる。国境の向こうで行われる晴れ舞台、ジュネーブショーは毎年冬に開催されていた。実際、ヌッチオとジウジアーロは、コンセプトカーで雪のなかを旅立ったこともあった(この逸話については当連載第546回参照)。

ヘリティッジ・ハブ・イタリーにおけるベルトーネ・コレクションは、かつてのクリエイターたちを取り巻いていたのに限りなく近い空気や風景のなかでクルマたちを鑑賞できる。そうした意味で、最高の舞台を得たといえるのである。

【施設情報】
Heritage HUB Italy
住所 Via Plava, 80, 10135 Torino (ITALY)
開館日 火・水・木・金・土・日(金・土・日は予約制ガイド付きツアーのみ)
開館時間 10時~13時 14時~17時(午前・午後とも入場は閉館1時間前まで)
入場料および予約は以下を参照
https://ticket.museoauto.com/en/heritage-hub/

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=堀田剛資)

「アルファ・ロメオGTカブリオ」2005年コンセプト。ジュリアーノ・ビアジオによる「GT」をベースにした4人乗りオープンのプロポーザルだったが、メーカーはピニンファリーナ製の2人乗りを採用(のちの939型「スパイダー」)した。そのため、2009年までこのクルマの存在が公になることはなかった。
「アルファ・ロメオGTカブリオ」2005年コンセプト。ジュリアーノ・ビアジオによる「GT」をベースにした4人乗りオープンのプロポーザルだったが、メーカーはピニンファリーナ製の2人乗りを採用(のちの939型「スパイダー」)した。そのため、2009年までこのクルマの存在が公になることはなかった。拡大
「フィアット・スアーニャ」2005年コンセプト。「フィアット・プント」をもとにデザインされたクーペカブリオレ。筆者としては、近年さまざまなブランドに見られるヘッドランプユニットの意匠が、早くも提案されていることに驚く。
「フィアット・スアーニャ」2005年コンセプト。「フィアット・プント」をもとにデザインされたクーペカブリオレ。筆者としては、近年さまざまなブランドに見られるヘッドランプユニットの意匠が、早くも提案されていることに驚く。拡大
「フィアット・バルケッタ」2007年コンセプト。ベルトーネの創立95周年と、ヌッチオ・ベルトーネのミッレミリア参戦60周年を記念して、デイヴィッド・ウィルキーのもと製作された。ベースは2代目「パンダ100HP」。
「フィアット・バルケッタ」2007年コンセプト。ベルトーネの創立95周年と、ヌッチオ・ベルトーネのミッレミリア参戦60周年を記念して、デイヴィッド・ウィルキーのもと製作された。ベースは2代目「パンダ100HP」。拡大
「フィアット・バルケッタ」2007年コンセプト。
「フィアット・バルケッタ」2007年コンセプト。拡大
「マンティデ」2009年コンセプト。2008年12月にベルトーネにやってきたジェイソン・カストリオータによるデザイン。中国・上海で発表された。
「マンティデ」2009年コンセプト。2008年12月にベルトーネにやってきたジェイソン・カストリオータによるデザイン。中国・上海で発表された。拡大
「ジャガーB19」2011年コンセプト。ベルトーネ最後のデザイン責任者である、マイケル・ロビンソンのもとで開発された。
「ジャガーB19」2011年コンセプト。ベルトーネ最後のデザイン責任者である、マイケル・ロビンソンのもとで開発された。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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