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第7回:走ること、歩くこと(その4)〜道路は誰のもの?

2010.08.23 ニッポン自動車生態系 大川 悠

第7回:走ること、歩くこと(その4)〜道路は誰のもの?

歩行者にとって怖い道は、トラック運転手にとっては人が邪魔に思える場所でもある。結局道は誰のものなのだろうか、四国であらためて考えた。

遍路はどこも道にしてしまう。時には海岸の砂浜や石の上をも通過する。足摺岬に近い大岐の浜で。これはこれで自由でいい。
遍路はどこも道にしてしまう。時には海岸の砂浜や石の上をも通過する。足摺岬に近い大岐の浜で。これはこれで自由でいい。 拡大
山を崩して工事中の高速道路で分断され、峠の上り道が無限の階段に変えられた「そえみみず遍路道」の入り口部分。批判する人は多いが、これもすぐれて21世紀的風景で、それなりに魅力があると私は思う。
山を崩して工事中の高速道路で分断され、峠の上り道が無限の階段に変えられた「そえみみず遍路道」の入り口部分。批判する人は多いが、これもすぐれて21世紀的風景で、それなりに魅力があると私は思う。 拡大

自分勝手な怒り

ある本だったかネットだったかで、トンネルを嫌う遍路が、一人で怒っている文章に接した。「私が、ひどく怖い思いをしながらそのトンネルを歩き抜けるまでに、なんと60台ものクルマがトンネル内を通っていた。それほどまでに日本の道はクルマ優先になっている!」

言うまでもなく、これは根本的に見当外れでエゴイスティックな、子供以下の怒りである。一人の人間が通過する間に、最低でも60人、実際にはそれを上回る人間と、大量の物資が移動できていることの意味を、その人はまったく理解しようとしていない。そして単純に、クルマ中心の社会が悪いと決めつける。このように、交通や移動の基本を忘れ、自分の立場からだけで一方的に判断して、日本の道路事情を批判する人は意外と多い。

歩き遍路は勝手に巡礼者たることを選び、自分の意志で歩行者として路上に出ている。仕事でもなければ強制されたわけでもなく、あえて言うなら身勝手な思い込みや、道楽というか遊びとして路上に出てきた人々だ。それも忘れて、トンネル内で自動車の音や振動、排ガスに会ったとたんに突如として弱者の世界に逃げ込んで、クルマを凶器のごとく糾弾し、果ては排除したがる。実際は、クルマの方が、はるかに人々の生活に役立ち、地域社会に貢献しているだろうことを、まったく考えようとしない。

たしかに一般道、特に交通の激しい幹線道路やトンネル内などにおいては、歩行者の立場は絶対的に弱いし、クルマよりも潜在する危険性は高い。怖いがゆえにヒステリックに反応することは理解できないことではない。だが、まず歩行者というのは、大半の主要道路において、あくまでも絶対的な少数派であることを認識すべきである。

交通環境も他の多くの社会システムと同様に、基本的に最大多数の便宜性や、社会の効率を重視して計画され、構築されるのは当然である。その過程で、そこからはじき出されかねない少数側を、あるいは弱者になり得る立場のものをいかに守って、システム内に取り込んでいくのか考えるというのが、普通の方法だろう。

道路というのは、もともと多種多様な使用者や複雑な要件を抱え込み、それを前提の上に成り立っている社会システムだから、歩く側も走る側も、それをまず承知の上で使うべきなのである。

道は時代とともに変容する

高知県、須崎市から37番札所の岩本寺に向かう中土佐町に、古くから有名な「そえみみず遍路道」という峠道がある。「そえみみず」というのは、みみずのように曲がりくねった山道だからだが、ここは中世から土佐往還と呼ばれた歴史の長い街道で、それゆえに遍路にも愛されている。

この遍路道入り口の上り道が数年前取り壊され、数百段におよぶ簡易舗装の階段に変えられた。理由は、この道の付け根近くを真っ二つに横切るように高速道路、「四国横断自動車道阿南中村線」が建設されることになったからだ。

実際に去年も今年も、この急な階段を上りながら高速道路の建築現場を観察したのだが、山を切り開き、谷を越えて道路を作るという大工事の進捗(しんちょく)状況は、意外とはかばかしくなかった。

それはともかく、この遍路道の改変を、これまた声高に非難する遍路は多い。いわく「古来からの風景が台無しになる」「自然破壊で、山が泣いている」「自動車のために、歩き遍路は排除されている」などである。

たしかにこれは理解できなくはない。つまり熊野古道の一部が自動車専用路で寸断されて、コンクリートの迂回(うかい)路に変えられるようなものである。あるいは最近話題になっている、広島県福山市鞆の浦での埋め立て架橋工事にも通じる問題かもしれない。

だが私は、少なくともこの遍路道に限っては、この程度の改変は仕方がないと思う。というより、歩き遍路がこれを怒り、非難するというのは、やはり少数派の身勝手だと思う。この取り付け部の階段は、土佐往還のごく一部だけの改変に過ぎない。そこを実際に歩く年間数千人程度の目には触れ、場合によっては多少不快に感じられるかもしれないが、鞆の浦のように、港町全体の風景を根本から壊してしまうわけでもない。きちんとした歩行道路は、より安全な形で確保されている。

それ以上に、ここに高速道路ができた方のメリットが大きいと思う。少なくとも地域の人々にとっては、昔の道の一部を失っても、ここに立派な道が通り、交通の便が急速に良くなり、流通コストが大きく低減する方がずっとありがたいはずである。

中世期に土佐往還が切り開かれ、隣の地域への移動がはるかに楽になったとき、地域の生活も住民の意識も急速に変化したはずだ。それ以降も土佐往還は、もちろんそのままで現代まで生き残っているわけではない。数百年の間に、時代や社会状況に応じて改修され改変され、変容をし続けてきたはずだ。

道路というのはそういうもので、社会の変化に応じて形を変えてくる生き物のようなものだから、必ずしも昔のままがいいとは言えない。それに高速道路によって改変された階段部分は、私自身からすると、決して醜くなったとは思えず、それなりに現代の歩行道路景観として、建築的な美しさを表現しているとさえ感じられた。

その階段を上りきると、このように素晴らしい山道が待っている。これは昔から変わらぬ風景。
その階段を上りきると、このように素晴らしい山道が待っている。これは昔から変わらぬ風景。 拡大
あちこちで国道に歩道が整備されている。高知県のここは素晴らしくきれいで広い歩道の傍らに、さらに緑地帯まで設けられている。でも絶対的な通行量を考えると、ここまでコストをかけるべきかは疑問。
あちこちで国道に歩道が整備されている。高知県のここは素晴らしくきれいで広い歩道の傍らに、さらに緑地帯まで設けられている。でも絶対的な通行量を考えると、ここまでコストをかけるべきかは疑問。 拡大

雑多でわい雑な道こそ、本来の道

ちょっと大げさに言うなら、歩いていると、あちこちで道路は誰のものなのかという、根源的な問題を提示されるような気がする。

私の答えは簡単で、道は、それを使うすべての者に対して開かれていなくてはならないということだ。クルマも人も、あるいは自転車も、完全に分離して、まったく違った道を通過させるというのが理想的だとは思わない。高速道路のような自動車専用路や、自然の中、公園内、あるいは市街地中心部のような歩行者専用路は別にして、基本的には道はすべてに平等に開かれ、豊かな混合交通がそこに生まれていることを、個人的には好む。

道というものはどんなものに対しても限りなく自由で、それゆえに雑多な要素にあふれ、多少わい雑な方が本来の姿だと思う。人やクルマやバイクや自転車だけでない。昔のように、あるいは現代でも東南アジアや南米で見られるように、荷車やリアカーから馬や犬まで、何もかもがそれぞれの権利を主張し、同時にお互いの存在を認め合っているという風景が最高だと思う。

そういうところでは、素晴らしき無秩序の中にいつの間にかルールが出来上がってくるものだ。それが本来の道というものだろう。そうなって初めて、本心から路上の弱者を考え、それを思いやり、注意をし、他者を大切にするようになるのではないかと、傍らをかすめ去るダンプに脅されながらも、私はそう考えていた。

(文と写真=大川悠)

道路というのは、このように何でも入れ込んでしまう方がいい。昔からの古い神社を動かさずにそのまま置いて、自動車道路を整備したらこうなった。二つの時代や、二つの文化が重層的に入っていて、初めて楽しい路上風景が作られる。
道路というのは、このように何でも入れ込んでしまう方がいい。昔からの古い神社を動かさずにそのまま置いて、自動車道路を整備したらこうなった。二つの時代や、二つの文化が重層的に入っていて、初めて楽しい路上風景が作られる。
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道路は、場合によってはカニのものでもあったりする。それはそれでいい。クルマも人も注意するようになる。徳島県で。
道路は、場合によってはカニのものでもあったりする。それはそれでいい。クルマも人も注意するようになる。徳島県で。 拡大
大川 悠

大川 悠

1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。

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