第6回:走ること、歩くこと(その3)〜路上の現実
2010.08.16 ニッポン自動車生態系第6回:走ること、歩くこと(その3)〜路上の現実
クルマと長年生活してきた人間でも、遍路になった瞬間に、一歩行者として路上に放り出される。現実の路上は、やはり怖かった。
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現代交通に投げ込まれた、一歩行者
多くの歩き遍路はトンネルを怖がり、これを毛嫌いするが、ここ数年はだいぶトンネル内の安全性は見直されていると感じた、というのが前回の話。
考えてみるなら、トンネルは、もともとクルマの便宜性を最優先に設計され、工費もかなりかかることを考えるなら、絶対的に少数派の歩行者としては、多くを要求すべきではない。
それよりもっと気になったのは一般道、つまり国道や県道における歩行者対策がまだまだ進んでいないことだ。
遍路道というのは必ずしも決まってはいない。一つのお寺から次のお寺に向かうまでに、さまざまなルートがある。もちろんクルマ遍路の道と歩き遍路の道は、かなりの箇所で異なっているのは当然だが、歩き遍路の道もまた、一本だけとは限らない。
ともかく1000年の歴史を持つ道である。時代とともにさまざまに変化している。いずれにしても、現在まで続く遍路道の基本が、ある程度できたのは江戸時代。17世紀に四国を回った真念という大阪の僧が著した「四国遍路道指南」なる書が、その発端といわれる。
したがって、今でもこの行程をたどるというのが遍路としての基本になるが、その時代からでももう400年もたっているから、地形も道も変化しているし、古道のすべてが判明しているとは限らない。それでも「へんろみち保存協会」というNPOともいうべきグループや地元の方たちの努力で、可能な限り古く歴史の長い遍路道を発掘、保存、紹介しようという活動が続いている。また多くの遍路は、その古い道を歩きたがる。
だが、大切なことは、基本的に遍路というのは自由であるということだ。義務も規則もない。遍路自身が自分でわが遍路方法を決めればいいのだから、道を選ぶのも自由である。
ということは、歩行者としての遍路は、単なる古い遍路道や峠道にだけ存在しているのではなくて、しばしば市街地にも一般道にも国道にも出没する。要するに、イヤでも現代の交通状況の中に、一歩行者として投げ込まれる。前回のトンネルの話もそうだが、歩き遍路をやっていると、どうしても歩行者とクルマとの間に不可避的に生じる、フリクションというか問題点を考えざるを得なくなる。
長い橋の怖さ
トンネルはしょうがない、としよう。でも、私が個人的に気になったのは立派な国道や県道などの自動車を主体とした道が、歩行する側にとっては、とても危険で歩きにくいということだった。これはもちろん四国に限った話ではなく、日本全国、いや世界の多くで共通した問題なのだが、50数日連続して歩いていると、それを体で感じるようになる。
高知県の遍路道に、2つイヤな橋があった。高知郊外の桂浜に向けて港の入り口を越えるための浦戸大橋、それから36番青龍寺がある半島に向けて、浦ノ内湾を越える宇佐大橋がそれである。ともに1km近い長さを持ち、海の上、はるかに高く、堂々とアーチ状に湾曲して作られた橋である。
去年は感じなかったが、今年はこの2つの橋を渡るのがひどく怖かった。2010年は天候不順で、雨風が強かったからだ。
この2つの橋の歩行者用スペースは、高さにして15cmほど、幅は1mもないような段差だけである。その点では多くの国道、県道のトンネルと変わらない。だが、2つの点でトンネルより怖い。アーチ形状ゆえに、かなり強い坂を上り下りすること、もう一つは風が強い日は、それを体が直接受けることだ。
特に強風の時は怖い。海の上で高い位置ということは、そうでなくても風は強まる。湾上を渡るその風が真横からぶつかってくると、瞬時に体は自動車道に向かって飛ばされそうになる。そのすぐ傍らを、ごう音を上げてダンプがすれ違う。宇佐大橋は欄干が低く、私の腰から胸ぐらいまでの高さしかない。そんなところで強い横風を受けると、欄干を越えて数10m下の海に吹きやられそうな感じがする。
台風の日にこの橋を渡った人の話を読んだことがあるが、それは本当に怖かったそうである。欄干の隙間からぶつかってくる風、逆に海に吹き落とされるような風の双方におびえ、クルマが立てる水しぶきを頭から全身に浴びながら、歩道に手の爪を立てるがように完全にはいつくばって、必死の思いで向こうに渡ったと書いてあったが、それは誇張ではないと思う。
幹線国道ですら、まともな歩道がない
かつては一級国道と呼ばれた四国を縦断する国道ですら、まともに歩道がないところはいくらでもある。仮に段差だけの歩道があっても、突如前方でそれが切れてしまうところも何カ所もある。その場合は、反対側の歩道に移動すればいいのだが、そうあちこちに横断歩道があるわけではないから、トラックや乗用車の間隙(かんげき)を縫って、必死になって横切ることになる。それでも反対側にあればいい。場合によっては、数kmにわたって両側ともに歩道が用意されない箇所もいくらでもあるのだ。くどいようだが、国道11号線という立派な幹線道路の話である。
トンネルでは私は怒らなかった。ずいぶん安全のために努力していると思った。でもこの国道を歩いていると、怖いというより腹が立ってきた。費用がかかるトンネルの改造とは違って、わざわざ歩道を盛り上げる必要もない。低いガードレールでクルマと人との間を仕切れば、それだけで済むことである。
道路際ぎりぎりに寄って荒れた舗装路の上を歩きながら、「遍路に出るとクルマが嫌いになった」と語った多くの先人たちの気持ちがよく理解できた。
(文と写真=大川悠)

大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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