「売れるクルマ」と「いいクルマ」にズレがあるとき、開発者がつくりたいのはどっち?
2026.08.04 あの多田哲哉のクルマQ&A「いいクルマが売れるとは限らない」というフレーズを聞いて、ふと思いました。「売れるクルマ」と「いいクルマ」が一致しないと判断したエンジニアは、心情としてどちらを目指すのか? 多田さんの場合はどうですか?
これもまた身もふたもない結論になってしまうのですが、「売れるクルマ」に決まっています。
たしかに「いいクルマなのに売れなかった」というフレーズを耳にすることはありますが、それは開発者やジャーナリストの「言い訳」なんです。ジャーナリストの方が「これはすごくいい!」と記事に書いたものの、結果的に売れなかったということはよくあるわけで、そうなると後から(言い訳として)「いいクルマなのになぁ」と漏らすことがある。つくっている開発側もまた、決まり文句として同じようなことを言うんです。
そもそも、自動車会社のエンジニアや開発者は「売るため」にクルマをつくっています。「いいクルマをつくる」というのは言葉としてはありますが、それを第一の目標としているわけではありません。純粋に「売れて、会社がもうかるため」に自動車をつくっているというのは大前提であり、組織のすべての機能がそのために動いています。
「売れる」というと、なんだかいやらしいというか、聞こえが悪いかもしれませんが、それは要するに「消費者のニーズに合ったものを世に提供する」ということです。予算や期間の制約がないなかで自由に開発できたら楽しいかという議論もありますが、世の中で売るための厳しい条件のもとでつくるからこそクルマの開発は面白いですし、すべてのピースがハマって本当に売れた時は、何よりもうれしいわけです。
そのために必死に考えてつくる。しかし、見込みが100%的中して毎回売れるわけはなく、全然ダメな時もあります。私自身、自分が開発にかかわったなかで「これは絶対に売れる!」と思って大コケしたクルマがありました。何だと思いますか?
「bB(ビービー)」の「オープンデッキ」です。
bBが予想以上に売れたので、ちょっと調子に乗って、後ろにトラックのような荷台を付けたユニークなモデルを出せば、さらにめちゃくちゃ売れる! ……と思って2001年6月に発売したところが、全然売れませんでした(笑)。
それでも開発側は当時、「絶対に売れるはずなんだ! 世の中の人は分かってないなぁ」などと本気で思っていました。売れるというのは本当に難しいことなんです。モノがいいとかユニークだとかいうことだけでなく、「時代(タイミング)」や発売された時の社会の雰囲気も強く関係してきます。2年後の発売に向けて社会情勢を予測しながら取り組まなければ「売れるクルマ」にはなりません。
bBオープンデッキも当時は「売れすぎて生産が追いつかなくなるはずだから、値段をもっと上げてくれ」と営業に言いにいったほどの自信作でした。当の営業からは「そんなに売れないと思いますよ」と言われて大議論になったのですが、フタを開けてみたら累計で2800台くらいしか売れなかった(笑)。ただ、話題性はものすごくあったので、あれを見にディーラーへ来てくれたお客さまが結果的にノーマルのbBを買ってくれたりと、トータルでは意味があったということで社内ではあまり怒られずに済みました。
私は、その時代の“ちょうどよさ”に合わせる難しさを、このbBオープンデッキで思い知らされました。開発人生のなかでも非常に大きな刺激であり、学びになった思い出深いクルマです。
まとめますと、開発者が目指すのは「売れるクルマ」であり、それが実際に売れて、お客さまから「いいクルマですね」と言われたら最高にうれしい。「いいクルマをつくる」というのは前提条件であって、目指すべきゴールは「売れるクルマ」なのです。

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。