これは“ヨーロッパ版軽自動車”か? 欧州の新自動車規格「M1E」とニッポンの軽の可能性
2026.08.21 デイリーコラム2027年早々の発効を目指す新たな自動車規格
活字にすれば漫才? 三重? とも見えてしまう「M1E」。これは欧州委員会が2024年12月に発表した、小型の電気自動車(BEV)を対象とした新しい自動車規格法案です。
背景には、BEVシフトの停滞と需要の見誤りによって多額の損切りを余儀なくされているうえ、価格破壊を武器に押し寄せる中国製BEVの攻勢に悲鳴をあげる域内自動車産業の意向が、そして他の産業も含めてグリーンディール政策を後退させざるを得ない、欧州委員会のエクスキューズが垣間見えます。
メーカーには欧州域内の調達や製造を条件とすることでCO2クレジット負担の軽減が、ユーザーには購入や維持などの面での優遇が検討されており、庶民のアシ的なニーズでの普及がもくろまれています。エネルギー価格の上昇などに端を発したインフレによる自動車価格の高騰、その間隙をぬうかたちでの中国製BEVの台頭……という現状の是正が期待されているわけです。
とりあえずは自動車産業支援パッケージのいち項目として発表されたM1E。今後は欧州議会と理事会の採択を得て2027年早々の発効を目指しています。これについては欧州自動車工業会(ACEA)の要望をくんだ提案でもあることから、承認へのハードルは高くはなさそうです。
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この規格で革新は生まれるのか?
一方で、期待外れの感があるのは規格の設定です。現時点でいわれているのは全長4.2m以下……と、現行Bセグメントもまるっとカバーするほどガバガバの内容で、これではエンジニアリング的な合理性が見えてきません。M1E規格は今後10年はフィクスされる見通しですから、メーカー的にも投資のしがいはそれなりにあるわけですが、例えば1970年代、「フォルクスワーゲン・ゴルフ」や「ルノー5」の登場によって、大衆車のパッケージに改革的なムーブメントが表れた……そんな未来像は、提案された規格では見えてきません。
欧州委員会がM1E的な新規格を模索していることがもれ伝わったのと相前後して、それは日本の軽規格を参考としているという話も飛び交いました。2024年当時、ACEAの会長でもあったルノーのルカ・デ・メオCEO(現在は異業種であるケリングのCEO)が、日本の軽の軽便さや政策優遇などに触れ、欧州でも範とできるモデルケースとして挙げたことが相まって、すわガラ軽が世界進出かとメディアも色めき立ったわけです。
が、欧州が軽そのものを手放しで受け入れるような規格をわざわざつくるわけがありません。加えて、エンジニアリング的に小型車づくりの得手不得手というのはあって、ラテン系とドイツ系では工場およびサプライチェーンの在りどころも含めて、なかなか同じ土俵に立つのは難しい。M1Eがなぜ4.2m上限になったかについては、ドイツ系の強い意向が働いたのでは? というのは僕の邪推です。
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欧州のデマンドが“ニッポンの軽”に寄ってきている
でも、日本以外のマーケットでも軽に勝機があるんじゃあないかというのは、こういう話が出る前から、割と皆さん考えていたことではないかと思います。
すでにASEANやインド、パキスタン、スリランカといった南アジア地域では軽派生の車両が十分実績をあげている。そこにきて電動化による動的質感の向上が、新たな地域での展開を可能にするのではないか……と、検討匂わせの発言をしていたのは日産に在籍していたアシュワニ・グプタ元COOです。「サクラ」登場時の好調を受け、商品に自信を深めてのことだったかと思いますが、想定していたのが欧州だったことは想像に難くありません。
静粛性やハンドリングといった電動化による商品力の向上は、小さいクルマほど大きな実利として享受できます。そこに軽く安くつくるという工夫が加われば、さらに勝負のしがいが出てくる。そう考えているのがスズキです。先のACEA会長の発言を引き出す呼び水のような話が鈴木俊宏社長から出てきたのは、2022年11月の中間決算発表会見でのこと。世の物価高傾向がスズキのユーザー層にとっては相当厳しいという印象を述べた後、その解決策としてメーカー側の努力にも触れながら、このように話しました。
「ユーザーの皆さんにも考えていただきたいのは、『なくてもいいよね』というものがないか。なんでも付いているということが、本当に自分のクルマに必要なのか、ということです」
これは、スズキが行動理念として掲げる「小・少・軽・短・美」と呼応する市場への問いかけであるとともに、ユーザーの要望があれば、クルマをより軽便・廉価につくれなくはないことを示しているともいえます。当時はM1Eに準ずる話はまだ出ていませんでしたが、その後、欧州のデマンドがじわじわとスズキの側に歩み寄ってきたと感じるのは、僕だけではないと思います。
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日本車が欧州製BEVの流れを変える刺激になる
今月、『日本経済新聞』が報じた「軽EVを欧州に輸出」という記事について、現時点でスズキはひと言も肯定していません。が、信ぴょう性は高いものといえるでしょう。まもなく市場投入される新型BEVは、割り切ったつくりで重量やコストも落とし、小さな駆動用バッテリーでも長い航続距離を実現していると聞きます。現時点では湖西工場からの輸出ともくろまれていますが、円安も手伝ってM1Eが想定する2万ユーロ帯というハードルも十分クリアできそうです。
仮にその後、域内製造が条件として課されることになったとしても、スズキにはハンガリーに生産拠点があります。そこでBEVを回すとなれば、もちろん改修などの再投資は必要ですが、ゼロからサプライチェーンをつくりあげるより苦労は小さそう。なんなら、バッテリーの調達も現地で可能となるかもしれません。成否はひとまず置いておいたとしても、試してみるための要素は整っています。
長引くインフレに富裕層の内燃機回帰やアメリカの内燃機奨励(苦笑)も相まって、高付加価値・高価格でひと儲けというBEVのビジネススタイルは転換点を迎えようとしています。M1E規格はこの流れを加速させ、社会の負担増を解消する起爆剤となるべきと思うのは、欧州のエンジニアリングに対して期待値が高い僕だけでしょうか。かの地で、もう安くて小さいクルマでは儲けられないといわれてきたのは、クルマをどんどん大きく重く立派にしつらえ続けたことの弊害とされています。BYDが日本の軽自動車に対していい刺激を与えているように、もしスズキがM1E規格において、欧州製BEVの流れを変える刺激になってくれるなら、それもまたよしなのではと思います。
(文=渡辺敏史/写真=フォルクスワーゲン、webCG/編集=堀田剛資)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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