マセラティ・グランカブリオ(FR/6AT)【試乗記】
流して楽しめるスポーツカー 2010.07.09 試乗記 マセラティ・グランカブリオ(FR/6AT)……1957万3000円
ピニンファリーナの手になる「マセラティ・グランカブリオ」が日本上陸。イタリアン4シーターオープンはどんな味付けなのか?
魅惑のオープンスポーツ
オープンカーには「見られる快感」があるというが、少なくとも私にはあてはまらない。プライベートでも所有したことがあるし、仕事で乗る機会も少なくないけれど、快感どころか、気恥ずかしいくらいだ。「マセラティ・グランカブリオ」のように、ひときわ目立つモデルならなおさらのこと。けれども、グランカブリオを駆ってのオープンエアモータリングは、気恥ずかしさを忘れさせるほどの楽しさに満ちあふれていた。
近頃は、「BMW Z4」や「フェラーリ・カリフォルニア」などメタルトップのカブリオレでも、お世辞抜きにカッコいいといえるモデルが登場している。私には、ソフトトップを携えるグランカブリオの破綻(はたん)のないプロポーションが、その何倍も魅力的に見える。
押しの強いフロントマスクと低く流れるようなフォルムが絶妙のバランスをつくりあげている「グラントゥーリズモ」。これがベースのグランカブリオには、クーペとはまた違う優雅さが漂っている。インテリアも実に印象的だ。明るいベージュのレザーシートは、座るのをためらうほど奇麗だった。ダッシュボードはワインレッドとベージュのツートーンで、その境界に置かれた白のウッドパネルが、ぜいたくなインテリアをより上質なものにしている。
4.7リッターV8がほえた!
左ハンドルながら、やや左にオフセットしたブレーキペダルを踏みつけ、イグニッションキーをひねる。すると、グラントゥーリズモのハイパワー版、「グラントゥーリズモSオートマチック」と同じ4.7リッターV8エンジンは、「バフォーン」という派手なサウンドを発して眠りから覚めた。早朝の住宅街では冷や汗をかくくらいの存在感だ。
さっそくシフトレバーをDレンジにたぐると、右足でブレーキペダルを踏んでいるにもかかわらず、クルマがムズムズするほど、力強いクリープが伝わってくる。エレガントな見た目にだまされていたが、中身は正真正銘のアスリートなのだ。
低回転ではトルコンのスリップ感が大きいこともあって、余裕たっぷり、実に悠々と走るグランカブリオ。ただ、キャビンにはくぐもった音が響き、まだ本性を隠しているのがうかがえる。そこで、アクセルペダルを踏み込んでいくと、2000rpmの後半あたりからエンジンのサウンドが急に澄みわたり、みるみるトルクが盛り上がってきた。エンジン回転が上がるほどに加速は鋭くなり、“いななく”ような叫びが耳に届いたときには、回転計の針は8000rpmのレッドゾーンに迫っていた。ああ、至福のひととき。
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梅雨空でも大丈夫
センターコンソールのスイッチを操作してソフトトップを下ろすと、この上ない開放感に、つい目尻が下がる。Aピラーは寝ているように見えるが、ドライバーにフロントウィンドウが迫る感じはない。
風の巻き込みはオープン4シーターとしては並みのレベル。サイドウィンドウを上げても60km/hを超えたあたりから、後席から前席へ流れ込む風が強まってくる。それでも100km/hまでなら十分に心地良く、また、思ったほど髪が乱れないのも快適さにつながっている。もちろん、全身に風を浴びたければサイドウィンドウを下ろせばいいだけの話だ。
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試乗の当日は、梅雨空のもと、蒸し暑い一日だったが、幌の開閉にあわせて制御を変えるエアコンのおかげで、やせガマンすることなく、涼しい顔でオープンドライブを楽しむことができた。幸い突然の雨に見舞われることはなかったが、いざというときには、30km/h以下にスピードを落とせば走行中でもソフトトップを閉じられるのも安心につながっている。
気楽に連れ出せる
幌を上げた状態で不快な部分がないのも、このグランカブリオの魅力である。遮音性に優れたソフトトップは、これまでの常識を打ち破るほど静かなキャビンをもたらしてくれるし、高速道路を法定速度で流す程度なら、風切り音も気にならない。ルーフの内側の仕立てもよく、ソフトトップをかぶっていることをつい忘れてしまう。ただ、後方視界は褒められたものではなく、標準のバックソナーに加えて、リアビューカメラがほしいと思った。
全長4885mm×全幅1915mmは手軽に扱えるサイズではないが、いざ走り出すとひとまわり小さく感じるのがうれしい点。とくにワインディングロードでは、前後バランスの良さが走りに現れ、気持ちのいいハンドリングを楽しむことができる。当然のことながら、クーペに比べるとボディは多少ヤワな感じはするが、カブリオレとしては十分なボディ剛性を確保しており、その証拠にドライバーとの一体感は失われていない。乗り心地はマイルドで、街乗りにも、長距離ドライブにも、積極的に連れ出せる気楽さもいい。
クーペならその性能を満喫するには、それ相応の場所と環境が必要になる。日本では4.7リッターV8のパワーを解き放つチャンスはごく限られるだろう。しかし、実力の何割かで走っていても楽しいのがオープンスポーツの美点。そう考えると、プラス100万円のエクストラコストは、納得のいく投資と言えるのではないだろうか?
(文=生方聡/写真=高橋信宏)

生方 聡
モータージャーナリスト。1964年生まれ。大学卒業後、外資系IT企業に就職したが、クルマに携わる仕事に就く夢が諦めきれず、1992年から『CAR GRAPHIC』記者として、あたらしいキャリアをスタート。現在はフリーのライターとして試乗記やレースレポートなどを寄稿。愛車は「フォルクスワーゲンID.4」。