第142回:パリは萌えているか! 魅惑の、路上「売りたし」車ウォッチング
2010.05.15 マッキナ あらモーダ!第142回:パリは萌えているか!魅惑の、路上「売りたし」車ウォッチング
貼り紙に注目
パリの街でボクが楽しみにしていることのひとつに、路上に駐車しているクルマのウォッチングがある。1987年に初めてその地を訪れたとき、まだ「ルノーR4」がたくさん生息していたのはもちろん、モンマルトルの裏通りを曲がると突然「シトロエンDS」がたたずんでいたりして、それはそれはシビれたものだ。といっても、今がつまらなくなったわけではない。
最近めっきり見る機会が少なくなった「シトロエンBX」や「ルノー25」あたりを発見すると、足元に犬の落し物があるのも気が付かず、不審者と思われるくらいグルグルと眺めてしまう。
路上駐車されたクルマには、さらに楽しみがある。「売りたし」と貼り紙された車両が多いことだ。
こちらでは、日本の「ガリバー」のような買い取りサービスがあまり普及していないから、古いクルマを売りたい場合は基本的にディーラーに下取りに出す。
ただし下取りだと、こちらの自動車雑誌の巻末によく載っている残存価格目安表より1500〜5000ユーロ(18〜60万円)も安くなってしまう。そうしたことから多くのユーザーが試みるのは、地元新聞の売買情報欄で告知をしたり、知り合いの商店のレジ脇などに「車売ります」と書いた紙を貼らせてもらうことだ。
しかし大都市になると、適当な地元新聞もなければ、懇意の商店がない人もたくさんいる。そこで、クルマそのものに携帯電話番号など連絡先を書いた「A VENDRE(売り)」の紙を貼って路上駐車しておくのである。
クルマを買うほうも、ディーラーの中古車だとかかる19.6%という高額な付加価値税を払わなくてすむというメリットがあるのだ。
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クルマいろいろ、オーナーもいろいろ
今回紹介するのは、ここ2〜3年でボクがパリで発見した、路上「売りたし」中古車である。したがって、たとえ読者の皆さんが場所を特定できて、すたこら出かけていっても、すでに消えうせてしまった可能性が十二分にあることをお断りしておく。
また走行距離やコンディションは、日本の中古車からすると失神しそうな域に達している。だが、フランスやイタリアの中古車というのは、おしなべてこういうものである。走行距離が浅いのに格安な日本のほうがむしろ珍しい国なわけで、それこそが中東やロシアの中古車バイヤーを魅了している理由なのだ。
まず「写真1」は、セーヌ左岸15区で発見した1987年「プジョー505」である。走行17万4000km。価格は2500ユーロ(約30万円)だ。2色刷りのプリンター出力した貼り紙がユーザーの律義さと販売意欲をうかがわせる。
次の「写真2」は、505からワンブロック歩いたところにあった1996年「シトロエンZX ターボディーゼル」である。走行19万8000kmで、価格は2000ユーロ(約24万円)だ。
「Controle technique OK」は「車検問題なし」の意味だから無視していいが、注目すべきは「6CV」と書かれていることだ。少ない課税馬力はセールスポイントになる。また「エアコン付き」と記してあるのは、この頃までカタログにエアコンなし仕様が残っていたのを思い出させてくれるフレーズだ。
「シトロエンXM」(写真3)は、ペリフェリーク(外環道路)脇で発見した。詳細は記し忘れたが1800ユーロ(約21万円)だった。ボク自身はデビュー以来このクルマのファンだが、ここ数年の燃料価格高騰以降、こうした高級モデルは残念ながらなかなか買い手がつかないのも事実。オーナーは藁にもすがる思いで置いたに違いない。
いっぽう、そのコンパクトさから過密都市パリで大人気の「スマート」(写真4)もあった。走行5万1000kmで5800ユーロ(約69万円)。ボクにいわせれば、今回紹介するうち、いちばん手堅い選択であろう。
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もちろん、フランス車以外もある。「写真5」の1998年「アルファ・ロメオ146 1.6」は2400ユーロ(約29万円)だ。アルファ・ロメオがプレミアム化してしまった昨今、こうしたちょい乗りできるアルファは貴重かもしれない。
「写真6」は懐かしい2代目「フォルクスワーゲン・シロッコ」。価格は特価としか記されていなかった。
「準コレクターズもの」も時折ある。
「写真7」は1970年代の「フォード・タウヌス ギア」だ。当時流行した黒いレザートップが泣かせる。
そして「写真8」はフランスを代表する懐かしの原付「ソレックス」である。価格はお手ごろな270ユーロ(約3万2000円)。ちなみにこれはソレックスのエキスパートによるもの。パリの国際会議場「パレ・デ・コングレ」前にモデルを替えながら常設展示? されるようになって久しい。
ちなみに多くのクルマは現オーナーが今でも“アシ”として乗っているものなので、ステッカー、ティッシュ、シートカバーなどがそのまま残されている。それを見て、オーナーの年齢やセンスを想像するのも、かなり萌える。
「売りたしグルマ」が語りかける
実はボクもイタリアで、路上「売りたし」中古車を買ったことがある。今をさかのぼること11年前、1999年のことだ。走行12万8000kmの「ランチア・デルタ」だった。価格は270万リラ。当時の邦貨換算で約24万円だった。
幸いオーナーは近所のタイヤ屋さんのおじさんで、とてもいい人だった。もしネットオークションだったら、「気持ちよいお取引ができました。またよろしくお願いします」と書き込んでいたに違いない。
おじさん夫婦と待ち合わせし、名義変更するため初めてイタリアの代書屋さんの門をくぐったのはいい思い出だし、今でもおじさんとは道で会うとあいさつを交わす習慣が続いている。
そして何より、そのボロボロのデルタとの生活は、後年「イタリア式クルマ生活術」という本になった。
トラブルも付きものといわれるクルマの個人売買だが、今考えると、イタリア語がまだつたなかった段階に異国で、それも人生初めてやってしまったわけだ。ビンボーの反動ということもあるが、何にも考えずに行動できた時代だった。
だからボクは今も街角で「売りたし」と貼られたクルマと出会うたび、「あの頃の勇気、忘れてないか?」という声が天から聞こえてきて仕方ないのである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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