リンカーンMKX(4WD/6AT)【試乗速報】
リンカーン世界の21世紀的解釈 2008.10.06 試乗記 リンカーンMKX(4WD/6AT)……650.0万円
リンカーンブランドの日本復活第二弾モデルは「MKX」。セダンの乗り心地とRVの走破性を兼ね備えるというプレミアムSUVに試乗した。
クロスオーバーユーティリティビークル
ちょっと前、アメリカ南部を襲ったハリケーン「グスタフ」から避難する人たちの写真を新聞で見たとき、改めて驚いた。ハイウェイを埋め尽くした数百台のクルマたちの大半が高いルーフを持っていたのだ。つまりSUV、ミニバン、ピックアップであり、通常型の乗用車はほとんど見られなかった。
日本でも郊外の大きなショッピングモールなどでは、非乗用車型が圧倒的多数を占めるが、特に今世紀になってから、アメリカを中心に、クルマのメインストリームが大きく変わってきたのを再確認させられるような写真だった。
そんななかでフォード・ジャパンがリンカーンに再び力を入れようとしたとき、「ナビゲーター」に続いて「MKX」を送り出した意図も理解できる。本国では、リモ用や、古くからの顧客用、あるいはオフィシャル用にサルーン系も一応用意されているが、現代のリンカーンの主力は高級SUV、あるいはピックアップであり、そして今回日本導入が開始された「CUV」とメーカーが称するMKXなのである。
CUVとは「Crossover Utility Vehicle(クロスオーバーユーティリティビークル)」の略。“クロス”ないしは同意語の“X”という言葉がクルマの世界で急に生まれ始めたのは10年ぐらい前のデトロイトショーあたりで、ミニバン、SUVと続いた新ジャンルのブームの後に、特に米ビッグスリーを中心に生まれた概念がクロスである。旧来の乗用車と新しいSUV、ミニバン系の間を結ぶもので、オンロード性能や軽快性を重視したSUV、あるいはやや背を高くして内部スペースとオフロード能力も高めた乗用車の類である。
最初はコンセプトカーとしてあらゆるクロスオーバーコンセプトが試みられたが、やがてアメリカのみならずヨーロッパ、日本も含めて、今や世界的な潮流になっているのは周知のとおりだ。現代リンカーンの主力商品も、もはや高級サルーンではなく、SUVやCUVになっている。
今回のMKXはその中でもっとも新しいモデルで、「マツダ・アテンザ」系や「マツダCX-9」などと同系のフォードCD3プラットフォームで開発され、同じコンセプトで先行した「フォード・エッジ」の高級版として2007年からアメリカで販売開始されている。
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あちこちに生きているリンカーンデザイン
2820mmのホイールベースに載ったボディは4750×1925×1705mmと、同じプラットフォームを持ったマツダCX-9に近いし、「BMW X5」とほとんど同じぐらいのサイズ。日本ではやはり大きく、堂々としているが、ナビゲーターなどの本格的SUVより約200mmは低い。フォードデザインのトップ、J.メイズ好みのID的な機能主義とソフトな面構成が巧みにブレンドされ、強さよりは近代性とエレガンスが演出されている。
そのフロントグリルを見ると、昔のアメリカ車を知っている人は、1960年代にリンカーンが最も輝いていた時代の傑作、63年頃の「コンチネンタル」のフロントを思い出すはずだ。全幅一杯に広がったような特徴的なテールランプ・クラスターもまた、この時代のイメージを追っている。このようにデトロイトは、伝統的な造形言語によって、古くからのマーケットを守ろうとする。
室内に入っても、古いリンカーンの文法は生きている。左右対称のダッシュボードデザインもまた60年代からの引用だし、メーター外枠が正方形になるのも伝統通りで、これらはナビゲーターも共通している。そういえばステアリングホイールの形も何となく懐かしい。
こうやって現代のクルマの中に、昔ながらのリンカーン世界が生きているのがこのクルマの一つの魅力だろうが、フィニッシュや工作水準も昔のままというのがちょっと辛い。懸命になってプレミアム・イメージを与えたかったのは分かるが、パネルの作りもトリムの成形も品質面ではやや時代遅れだし、試乗車の灰皿の蓋はまともに閉まらなかった。
その図体からすると、フロントシートは意外と小振りだ。黒い本革張りでウッドパネルと同色の明るいブラウンのパイピングというデザインや素材は、リンカーンのイメージを大事にしている。アメリカ製のクルマ用革素材は昔から評判がいいが、それを立証するようにフロントシートの作りは良い。サポートはとてもしっかりしているし、むやみにぶかぶかしていなくて心地よい。
これに対してリアシートはかなり劣る。典型的なアメリカンSUVの後席表面だけに革を張ったようなもので、折り畳みするバックレストは平板だし、クッションも見た目ほどは立派ではない。背後の荷室は広大だが、X5や「レンジローバー」などを見慣れた目からするなら、全体の作りも雰囲気も余りにもビジネスライクだ。もっともその分、道具として惜しみなく使えるのは確かである。
いずれにしてもアメリカでクロスはあくまでもドライバーズカー、あるいはカップルカーであって、建前上は「プリウス」に乗っているハリウッドの連中が、実際の生活ではこの種のクルマをご愛用するのも、リアルームはほとんど必要ないからだ。
現代風にリファインされた路上マナー
その路上でのマナーも、まさにクロスの名前どおりだった。この日はナビゲーターも短時間試乗できたが、これと比べるとMKXの性格と開発時期の違いが明瞭になる。V8のトルクを武器に、重いくせにちょっと緩い感じのボディをクルーザーのように漂わせるのが、ナビゲーターが与えるアメリカンSUVの典型ともいうべき乗り味だ。
これに対して、MKXはもっと機械としての新しさとリファインメントを感じさせるし軽快だが、ナビゲーターほどの豪快さや荒々しさはない。乗用車的な剛性感もあるし、ソフトだがフラットな乗り心地が得られ、静粛性も高い。
新設計の3.5リッター、デュラテックV6は、パワーのフィードがリニアでそれなりにスムーズだし、V8のようにドンッとは発進しないが、2トンのボディには十分に豊かなトルクを備えている。シフトゲートを見るとDとLぐらいしか文字が見えないATは、何だかひどく古くさく見えるが、実際は6段のギアがかなり緻密に反応している。この日は市街地での低速ばかりだったからほとんど前輪だけしか回していないようで、実際にスタート時に手元に感じるトルクからも、あたかも純粋なFWD車に感じたほどだが、必要に応じて後輪にもトルクが配されるはずだし、そのときにはSUVとしての能力も期待できることになる。
このクルマをヨーロッパの同系車種と比較する顧客はほとんどないはずで、キャデラックの「SRX」あたりがライバルになるだろう。今の日本でリンカーンの名声がどのくらい効くかわからないが、デトロイトショーのターンテーブル上からそのまま降りてきたようなルックスや、アメリカンSUVグループとしては洗練されたダイナミックな能力を備えているから、それなりにニッチ市場を開拓できるはずである。
ただ、GMジャパンもそうだが、ヨーロッパ製モデルを諦めたり、ニッチ狙いばかりを重視してきた結果、あたかも小さなスパイラルを描くように、アメリカ車の日本におけるプレゼンスが年を追うごとに弱くなっていくのは別の問題である。
(文=大川悠/写真=荒川正幸)

大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。