フェラーリ・デイトナSP3(MR/7AT)
伝説は終わらない 2022.08.01 試乗記 往年のスポーツプロトタイプをモチーフとした大胆な意匠をまとう「フェラーリ・デイトナSP3」。一部の好事家のためだけに用意された特別な跳ね馬は、歴史的車名を冠するに足る存在なのか。かのスパ・フランコルシャンが位置するベルギー・リエージュで確かめた。ただのレトロモダンではない
世界限定わずかに599台。正式発表されるや完売御礼となった“Icona(イーコナ)シリーズ”の第3弾、その名もデイトナSP3については、クルマ好きの読者諸兄ならすでにその存在をご存じのことだろう。今回、幸運にも国際試乗会にてそのステアリングホイールを握ることができたのだが、試乗会そのもののコンセプトも実にユニークだった。
1950~1960年代における、フェラーリのスポーツカーレースにゆかりのあるサーキット、つまりルマン、ゾルダー、スパ・フランコルシャン、ホッケンハイム、ニュルブルクリンクを巡り、世界のメディアがリレー形式でサーキットとその周辺をテストドライブする、というまれにみる趣向だったのだ。筆者の担当は“オールージュ”で有名なスパ。果たしてデイトナSP3の印象やいかに?
本題に入る前にイーコナシリーズについて簡単に振り返っておこう。フェラーリにおける現在の市販モデルラインナップには、大きく分けて4つの流れがある。ひとつは2シーターのスポーツカーシリーズで、フラッグシップの「SF90」シリーズと大黒柱の「296GT」シリーズがある。さらに「スペチアーレ」と呼ばれる限定モデルのシリーズが存在する。3つ目が「ポルトフィーノM」と「ローマ」で構成される、GTシリーズと呼ばれるモデル群だ。
2018年、マラネッロはそこに新たなシリーズを加えた。その名も「ICONA(イーコナ)」だ。英語で言えば“アイコン”。そのデザインモチーフをマラネッロの豊富なヘリテージモデルに求め、単なるレトロモダンではない新たなデザイン解釈と、今日的なパフォーマンスを実現する限定車セグメントとして企画された。ちなみに、マラネッロは5つ目のシリーズとして、この2022年9月にSUVシリーズを発表する予定である。
イーコナ立ち上げの第1、第2弾モデルとして発表されたのは、世界500台限定の「SP1/SP2モンツァ」だった。「812」シリーズをベースとしたシングルシーター(SP1)もしくは2シーター(SP2)のトップレスモデル。これが世界中で大評判となった。そのためマラネッロは、すぐさま第3弾を企画。それが今回の主役、デイトナSP3だ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
モチーフは往年のスポーツプロトタイプ
それにしても、あの“デイトナ”の名前をこう使ってくるとは。多くのクルマ好きがデイトナといえばこの形ではなく、ロングノーズ&ショートデッキのベルリネッタを思い描いたはず。しかし、実はというとマラネッロがその名をオフィシャルに車名として使うのは、今回が初めてだ。SP3のエクステリアデザインが、1967年のデイトナにおける1−2−3フィニッシュを絶頂とする、1960年代の「Pシリーズ」“すべて”からインスピレーションを得たという説明を聞いた後では、同じ年にデビューしたというだけでいつしかニックネームが本名のようになってしまった2シーターFR、すなわち「365GTB4」よりも、こちらのほうがデイトナを名乗るにふさわしいとさえ思えてくる。
スタイリングが魅力のすべてを物語るイーコナシリーズとはいえ、リアミドに搭載されたV12自然吸気エンジンも注目に値するパートだ。「812コンペティツィオーネ」用の「F140HB」がベースで、これをリアミド搭載用に再設計。圧縮比の変更や吸排気系のさらなる見直しによって840PSもの最高出力を得るに至り、あわせて型式名も「F140HC」とした。
カーボンシャシーは、基本的に「ラ フェラーリ アペルタ」用のモノコックを開発の出発点としている。とはいえ、ドアまわりをはじめとする各所のデザイン変更や、最新のマテリアルへのグレードアップなどが施されており、その実はほとんど新設計に等しい。新たなインパクトテストを回避できたことで、コストの抑制に成功しているとのことだ。ハイブリッドのラ フェラーリに比べるとパワートレインのシステム総合スペックこそ見劣りするものの、軽量化や空力性能向上で、同じくタルガトップのアペルタと同等の動的パフォーマンスを達成しているという。ちなみにタルガトップの屋根はカーボン製で、重さはわずかに8kg。ソフトロールトップがフロントブートに収納されていた。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
思わず語りたくなるディテールの数々
筆者に与えられたテスト車両は、2021年11月にフィレンツェで行われた発表会で展示されていた、レッドメタリックの個体だった。間近で見ると、ラ フェラーリよりも全体的に小さく見える。いかにも1960年代のプロトタイプスポーツカーがデザインモチーフらしい、ふくよかなフロントフェンダーやラウンドしたフロントウィンドウなどがそう見せている。なかでもリアからの眺めは圧巻で、現代によみがえった「P5」だ。加えてフロントライトのギミックが面白い。半開きのヘッドランプはハイビーム時にまぶたがスライド収納される。先の例えになぞらえれば、現代によみがえったリトラクタブルライトだろう。
ドアを開けて乗り込む。クラシックスポーツカーの定番、青い生地を張ったバケットシートに喜ぶ。着座位置は凄(すさ)まじく低いけれども視界はすこぶる良好で、ドライブを始めるにあたっての緊張をほぐしてくれる。フェンダーの峰が美しく見えているのはフェラーリの伝統的な美点で、ミラーの高さが左右で違う理由も座って見ればわかる。フロントウィンドウのフレームに邪魔されない位置(左右で違うのは当然だ)に置かれているからだ。シート位置は固定で、サイズは2種類あるという。バック角は若干調整できるが、こちらも決めたらそこで固定だ。代わりにペダルボックスが前後に動く。シート下のつまみを引き上げると油圧で動く仕掛けになっていた。
いよいよドライブに出かける時がきた。とんでもなくレーシーなスタイリングをしているけれども、気負うことなくスタートできる。視界がいいことに加えて、車体が明らかに軽く、また微妙なスロットルにも適切に反応する柔軟さをパワートレインが備えているからだ。コピーの「330P4」やラ フェラーリを駆った時よりも緊張感は小さい。微速域から得られるクルマとの一体感も、プラスに働いている。ラ フェラーリとほぼ同じ大きさ(つまりかなり幅広い)にもかかわらず、小さな村の中をさほど気にせず抜けて行けた。途中、いきなりGoogleマップが途切れて慌てたけれども、それでもまだ地図を目で追って走る余裕があった。安心感を醸成するポテンシャルはこの手のハイパーカーにとって今や重要なポイントのひとつだ。
このエンジンをずっと味わっていたい
高速道路に出、まずは加速フィールを確かめてみる。「マネッティーノ」(ドライブモードセレクター)を「RACE」にしてアクセルペダルを踏み込むと、ムチ打たれた跳ね馬の大腿(だいたい)が瞬時に反応して加速モードへ。しかし車体の安定感は凄まじく、後輪がわずかにスリップした後でも視線がほとんど揺らがない。回転数はあっという間に9000rpm近くまで達するが、その間、V12エンジンは苦しそうなそぶりを一切見せなかった。サウンドという意味では全域これまさに官能だったが、なかでも6000~7000rpm付近がおいしい!
専用のプログラムが組まれた7段DCTの変速もまた、ドライバーの意欲を盛り立てる。ダイレクトかつ瞬間的であると同時に、エンジンをカットする切れ味がたまらなく鋭い。一瞬前までほとばしるように回転していたのに、スパーンと途切れたかと思うと鋭く2000rpmほど落としてまた加速の続きが始まる。あっという間に200km/hを超えてしまった。
高速ドライブ中の乗り心地もまた悪くなかった。GT的に使える「WET」モードを試すと、ステアリングフィールもしっとり落ち着く。いつもならこのまま高速を流すのだけれども、今回ばかりは我慢しきれずRACEモードにすぐさま戻してしまった。劇的な加速が忘れられなかったのと、大排気量自然吸気12気筒の存在をずっと感じていたいと思ったからだ。アシはRACEモードであってもさほど硬いとは思わない。本当に強靱(きょうじん)なカーボンシャシーがよく働いているからこその調律だろう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
サーキットで注がれる熱い視線
高速道路を降りて、ワインディングロードを攻める。小雨がぱらつき、キャノピーについた水滴を、ワンアームのワイパーが面倒くさそうに拭ってくれる。少しぬれたアスファルト、しかも新しそうな舗装にミドシップのハイパワーモデルとなれば怖(お)じ気づいても仕方ないシチュエーションだけれども、半時間ほどの高速ドライブでマシンに対する信頼がすっかり醸成されていた。念のため、モードだけは「SPORTS」に変えて突き進む。
音的に最もおいしい回転域、先に述べた6000~7000rpmを使いながら、見知らぬカントリーロードを踊るように走る。ダンスとはまさにこのことだ。制御とバランスがもたらす絶大なる安心感のもと、V12を髄までむさぼるように右へ左へとリズミカルにマシンを向けて先へ進む。ステアリングは“行き”も“戻り”も驚くほど正確で、常に前輪の様子を手応えとして伝えてくれるうえ、急なブレーキングでもマシンの動きはドライバーの思いを裏切ることがない。知らず知らずのうちにペースアップし、小1時間もドライブすれば驚くような速さで駆け抜けるようになっていた。
たどり着いたスパ・フランコルシャンでは多くのアマチュアドライバーが愛機を持ち込んで走り込んでいた。走り屋にとっても、そして歴史的にみても、モータースポーツの聖地のひとつ。降臨したデイトナSP3の姿はおそらく、まぶしいくらいに光り輝いていたことだろう。もっとも、筆者にはその様子を確かめる術(すべ)はなかった。なぜなら私も一緒に四方八方からの熱い視線を浴びていたのだから。
歴史は今なお未来に向けてつくり続けられている。この事実こそ、イーコナシリーズの神髄だということをデイトナSP3は教えてくれたのだった。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
フェラーリ・デイトナSP3
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4686×2050×1142mm
ホイールベース:2651mm
車重:1485kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:6.5リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:7段AT
最高出力:840PS(618kW)/9250rpm
最大トルク:697N・m(71.1kgf・m)/7250rpm
タイヤ:(前)265/30ZR20 94Y/(後)345/30ZR21 111Y(ピレリPゼロ コルサ)
燃費:16.2リッター/100km(約6.2km/リッター)
価格:194万4558ユーロ(約2億6250万円、1ユーロ=135円換算)/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
-
DS N°8エトワールAWD(4WD)【試乗記】 2026.5.28 前衛を身上とするフランスのラグジュアリーブランド、DSオートモビルから、新たなハイエンドモデル「DS N°8(ナンバーエイト)」が登場。当代屈指の性能を誇る電気自動車であり、かの地では大統領専用車にも選ばれる一台の、独創の魅力に触れた。
-
メルセデスAMG GLC53 4MATIC+(4WD/9AT)【海外試乗記】 2026.5.27 「メルセデス・ベンツGLC」にスポーティーな「メルセデスAMG GLC53 4MATIC+」が仲間入り。「43」と「63」の中間、AMGとしては松竹梅の竹にあたるモデルだが、今後はそのポジションの重要性がさらに増すことになるという。本国ドイツでドライブした印象をリポートする。
-
マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R(FR/6MT)【試乗記】 2026.5.26 販売台数わずか200台の限定車「マツダ スピリット レーシング・ロードスター12R」に試乗。スーパー耐久レース参戦をはじめとするマツダのモータースポーツ活動を担うサブブランドが生み出した初の市販コンプリートカーは、いかなる走りをみせるのか。
-
アウディQ6スポーツバックe-tronクワトロ アドバンスト(4WD)【試乗記】 2026.5.25 アウディの電気自動車(BEV)「Q6スポーツバックe-tron」で、東京・渋谷と静岡・裾野を往復。雨のなかでエアコンを効かせ、高速や峠道を遠慮なく走らせるハードユースに、最新のBEVはどう応えてくれたのか? そこで感じた“本音”をリポートする。
-
日産リーフAUTECH B7(FWD)【試乗記】 2026.5.23 新型「日産リーフ」にもおなじみの「AUTECH」が仲間入り。デザインや質感などの上質さを目指した大人のカスタマイズモデルだが、走りの質感がアップしたと評判の新型リーフとは、さぞ相性がいいに違いない。300km余りをドライブした。
-
NEW
つまずきを糧に成功をつかみ取れ! 新型「CX-5」に宿るマツダの変革と覚悟
2026.5.29デイリーコラム既存のマツダ車とは一線を画す乗り味で、メディアをおどろかせた新型「マツダCX-5」。マツダの最量販車種は、なぜ3代目で大転換を迫られたのか? 賛否両論を巻き起こした“あのクルマ”との関係は? 新しくなったCX-5に宿る、マツダの覚悟と変革に迫る。 -
NEW
キャデラック・リリックV(4WD)【試乗記】
2026.5.29試乗記キャデラック初の電気自動車(BEV)「リリック」に、最高出力646PSのハイパフォーマンスモデル「リリックV」が登場。“ブランド史上最速”をうたう豪速SUVだが、実際に乗ってみると、高い動力性能がもたらすゆとりや心地よさにも魅力を感じる一台となっていた。 -
DS N°8エトワールAWD(4WD)【試乗記】
2026.5.28試乗記前衛を身上とするフランスのラグジュアリーブランド、DSオートモビルから、新たなハイエンドモデル「DS N°8(ナンバーエイト)」が登場。当代屈指の性能を誇る電気自動車であり、かの地では大統領専用車にも選ばれる一台の、独創の魅力に触れた。 -
「日産テラノ」がPHEVで復活 往年のビッグネームを継承するSUVの特徴を分析する
2026.5.28デイリーコラム日産自動車が「北京モーターショー2026」で、往年のビッグネームを継承する新型SUV「テラノPHEVコンセプト」を世界初公開した。初代「テラノ」で採用された「3スロット」を想起させる車両のデザインに加え、日産が新型テラノで狙うグローバル戦略に迫る。 -
第963回:ベスパで家族円満! ローカルイベントをのぞいてみた
2026.5.28マッキナ あらモーダ!2026年は「ベスパ」の誕生80周年! 地元イタリアでは、各地で記念イベントが催されている。そのひとつである「キャンティ&ヴェルナッチャ100km」を、現地在住の大矢アキオがリポート。イタリアならでは、ベスパならではのファンの交流に触れた。 -
第871回:今年もグリーンヘルは熱かった! ニュルブルクリンク24時間レース観戦記
2026.5.27エディターから一言“世界一過酷な草レース”として知られ、今年も波乱が巻き起こったニュルブルクリンク24時間レース。F1王者のフェルスタッペンも参戦するとあって、大いに盛り上がったその様子を、世界を飛び回るモータースポーツカメラマンが臨場感満点でリポートする。






















































