ポルシェ・カイエンS(6AT)【短評(前編)】
流転しないもの(前編) 2003.06.19 試乗記 ポルシェ・カイエンS(6AT) ……955.0万円 ポルシェ第3の柱として、世界中の注目を浴びて登場したスーパーSUV「カイエン」。ついに日本上陸を果たした同モデルに、『webCG』記者が試乗した。
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SUVを主張する
「SUVのポルシェ」
この言葉が比喩としてではなく、つまり“ポルシェみたいにスポーティなSUV”という意味ではなく、ズバリ“ポルシェのSUV”そのものを指す日がやってこようとは、夢にも思わなんだ。ポルシェが絶不調だった1990年前後、さかんにスクープされた−−多くの場合かなり不格好だった−−“フル4シーターポルシェ”が、大柄なクロカン(5人乗り)のカタチで実現するとは、まさに“君子豹変す”というか“3日会わざれば刮目して……”というか、なにはともあれ“万物は流転する”のである。
「世情に合わせて変化する経営主体に対して、“ポルシェ”というブランドは普遍性をもつのか?」。本稿の主旨をカッチョよく表現すると、そうなる。
「ポルシェ・カイエン」は、遅れてきた……失礼、ニュージェネレーションの北米向けSUVである。だから東京において、駐車場から出して狭い一方通行の道を行くのに、路肩に停まったクルマと反対側に立つ電柱との間を通る際に「非常に気を遣う!」などと箱庭的評価を下すのは間違っている。4782mmの全長、1920mmの全幅は、“SUVのロースルロイス”と形容される「レンジローバー」と、SAV(Sports Activity Vehicle)を標榜する「BMW X5」の中間の大きさだ。1699mmの全高は、3車のなかで一番低い。
見まがうことのない最近のポルシェ顔、ヘッドライトからリアに続くサイドのショルダーライン、そして力強く張り出したフェンダー。グラフィカルな表現に頼りにくいリアビューを含め、カイエンは上手に“ポルシェらしさ”を表現している。
ただ、ひとたび車内に乗り込むと、かつてキザなクルマ好きが“ポルシェを着る”なんて表現したタイトな雰囲気は、ない。ガランと広い。Aピラー付け根に設置されたドアミラー調整スイッチには、上体まで伸ばさないと手が届かない。助手席との間に設けられた、頑丈な逆V字型の握りが、無言でオフロードでの性能を主張する。
ブランドの神様
ポルシェ・カイエンは、4.5リッターV8をツインターボ(450ps!!)で過給する「カイエンターボ」(1250.0万円)と、NA(自然吸気/340ps!)バージョン「カイエンS」(860.0万円)に大別される。いずれもステアリングホイールの位置は左右からえらべ、いまのところトランスミッションは6段ATの「ティプトロニックS」のみとなる(6段MTがカイエンSに加わることがアナウンスされている)。
また、“ターボ”と“S”があるので、いずれノーマル(?)カイエンが登場するのだろう。普及版は、2種類の高性能モデルでカイエンの評価が確定してから、ということだ。
そもそも年間5万台規模のスポーツカーメーカーが新たに8気筒エンジンを開発できたのは、プラットフォームをフォルクスワーゲンと共同開発して、全体のコストを抑えられたからである。914(と924)の苦い思い出をもつポルシェが、スーパーSUVたるカイエンをリリースするにあたり、細心の注意を払って従姉妹車「VWトゥアレグ」との差別化を図るのは当然のことといえる。
ポルシェ・カイエンSに乗った。できるだけバリエーションを見せたい広報車の都合か、スペアタイヤを背負っている。カイエンのテールゲートは、ハッチ全体のほか、リアウィンドウだけでも開閉できる便利なものだから、「リアマウントスペアタイヤホルダー」でその機能を殺してしまうのは、ちょっともったいない気がする。
インパネまわりは、もちろん意図的にだが、従来のポルシェ車そっくり。テスト車は、贅沢なレザー内装。硬めの座り心地と前後にたっぷりした座面は他の一族と同じだが、しかし、背中を左右から羽交い締めにするようなバックレストのサポート感はグッと薄れた。シートは、「スライド」「リクライニング」「ハイト」に加え、背もたれの一部を盛り上げる「ランバーサポートの位置」も電動で調整できる。オモシロイので、出っ張る量を最大にしてバックレスト内を上下に動かしながら、「これならマッサージ機能も追加できる」と悪い冗談を考える。……悪い冗談ならいいのだが。
試乗車は左ハンドル。ポルシェの流儀通り、キーを左手に持ち替えてエンジンをかける。ブランドの神は、以前にも増して、細部に宿るのである。
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ポルシェのよう
90度のバンク角ももつオールアルミの4.5リッターV8は、340psの最高出力を6000rpmで発生。吸気側バルブの可変タイミング機構「ヴァリオカム」の恩恵で、2500から5500rpmの広範囲にわたって、42.8kgmの最大トルクを得る。排気量でまさる8気筒のアウトプットは、911の3.6リッターフラット6のそれ(320ps、37.7kgm)を優に上まわる。
気楽に流していてもハミングが聞こえる存在感のあるエンジンは、ひとたびスロットルペダルを踏み込めば、わずか7.2秒で2トン超のボディを100km/hにもちこむ。これは、「ホンダNSX-T」の加速に、0.3秒遅れるだけだ(『CG』計測値)。8本のシリンダー、32枚のバルブを精緻に、かつ軽やかに動かしながら、6600rpmのレッドゾーンに向かって駆け上がるさまは、カイエンに乗っていてなんだが、SUVに積んでおくのが惜しい感じである。余談だが、エンジン開発の投資対効果を考えて、「ニュー928」というべきスポーツカーが登場するのではないか、とのウワサが盛んにささやかれる。
試乗に供されたカイエンSは、オプションのエアサスペンションではなく、コンベンショナルな「コイルスプリング+ダンパー」のサスペンションをもつ。シュアなステアリング、ボディの高い剛性感、しっかりした足まわり。カイエンのステアリングホイールを握っていると、“まるでポルシェを運転しているようだ”。911の運転席を地上から高い位置に置いただけ、というのは褒めすぎだが、自己を模倣したかのインテリアによる幻惑を差し引いても、ポルシェらしい乗り味にすべく、ヴァイザッハのエンジニアはそうとう頑張ったに違いない。印象的なのはロールが少ないことで、首都高速のカーブを曲がるたび、“視線の高いポルシェ”感が、リポーターのココロのなかで高まる。
ただ、255/55R18と大きく重いタイヤを履くこともあってか、舗装の継ぎ目がひどい場所ではハーシュを抑えきれず、特にリアからの突き上げが気になることがあった。まだ、日本向けのセッティングに、余地が残っているのだろう。市販車をローンチしたあとも地道に改良を続けるジャーマンメーカーのことだから、順次、背の低いファミリーの“フラットライド”が移植されることと思う。(後編につづく)
(文=webCGアオキ/写真=峰 昌宏/2003年6月)
・ポルシェ・カイエンS(6AT)【短評(後編)】
http://www.webcg.net/WEBCG/impressions/000013434.html

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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