第88回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(前編) ―スペシャリティークーペのホントの価値ってなんだ?―
2025.10.22 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
いよいよ販売が開始されたホンダのスペシャリティークーペ「プレリュード」。コンセプトモデルの頃から反転したようにも思える世間の評価の理由とは? クルマ好きはスペシャリティークーペになにを求めているのか? カーデザインの専門家と考えた。
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発売で風向きが変わった?
ほった:今回のお題は「ホンダ・プレリュード」でございます。実は以前、2023年のジャパンモビリティショーのコンセプトカーを取り上げたことはあったんですけど(その1、その2)、今回は発売を踏まえて、もう一度取り上げたいと思います。
清水:アクセスが稼げそうだから?(笑)
ほった:左様でございます。やっぱ反響がすごいんですよ。アクセスが稼げるクルマの記事なんて、こんなん、なんぼあってもいいですからね(笑)。
渕野:やはり「プレリュード」の名前の影響ですね。みんなが引かれる。
清水:でも、批判のほうが多いんじゃないの? そうでもなくなってるの?
ほった:今でも悪口言う人は言ってるんでしょうけど、以前とは風向きが変わってきた感じですね。たとえば編集部のサクライなんかは、2023年のジャパンモビリティショーで見たときは「つかみどころがないな」って印象で、やっぱり変な感じがしたらしいんですよ。でも発表会で市販版を見ると、「見慣れてくるとカッコよく見えてきた」そうです。編集部のフジサワも、「思ったより小さくて、ネガティブなイメージが減った」って、横で話してました。
清水:最初の評価がまぁ低かったから、上がるしかないもんね。
ほった:世の空気感が影響しているところも大きいでしょうしね。本当に発売するっていうんで、なんか応援しなきゃ! って空気が醸成されただけかもしれない。とはいえ、それじゃデザインの議論にならないですからね(笑)。今回はその理由を、ちゃんと真面目に考えてみたいと思います。
写真と実車では印象が違う
ほった:ひとつ考えられるのは、いざ発売を迎えて、実車を目にする機会が増えたってことじゃないですかね。写真とか画面越しと現物って、結構印象違いますから。
渕野:私は写真より走っている動画のほうがスタンスいいなと思っていたのですが、やはり実車も同様でした。フェンダーの張り出しとか、タイヤにしっかり力が入っていて。自分は2023年のジャパンモビリティショーでコンセプトモデルを見ているんですけど、あのときはすぐそばでしか見られませんでしたからね。全体のプロポーションを“引き”では見られていなかったんですよ。今回は遠くからもちゃんと観察できたんで、そういう印象になりました。
ほった:なるほど。
渕野:ルーフのピークは、「日産フェアレディZ」みたいにかなり前寄りなんですよ。そこから後ろに流している。加えてフロントのオーバーハングをできるだけ伸びやかに見せようとしています。個人的には、フロントタイヤがもう少し前寄りだったら、さらにプロポーションがよくなったかもと思いますし、伸びやかさの表現が、クルマのパッケージングとちょっと合ってない気もしなくはないです。ただ、いろんな要件があるなかで最大限の表現をやっている感じで、シンプルでいいなと思いました。特にリアまわりは、ボリュームがちゃんと見える。
清水:どんどん評価が上がってますね。
渕野:このプレリュードは、グライダーをモチーフにしたデザインですよね。「プレリュード」という名前は後からついてきただけで、もともとはシンプルに、スペシャリティークーペをやろうというだけだった。だからスポーツカーじゃなくて、かつてのプレリュードのイメージを引きずるでもなくて、ただただ「グライダーのようなクーペ」というのを意識していたんだと思います。コンセプトカーのときは、そういったクルマの出自とみんなが思う「プレリュード」のイメージが、かみ合ってなかったんでしょう。
清水:逆にかみ合ってないからこそ、こうやって盛り上がったんですね。この名前じゃなかったらこんな盛り上がってない。
このクルマの付加価値ってなんだろう?
清水:しかもこれ、前のプレリュードとは全然違うカタチだから、ネオレトロじゃなくてオールニューなんですよね。デートカーは前世紀に完全に絶滅したのに、はやりものにも頼らないで復活した。絶滅した種が需要もないのに復活したことに、われわれデートカー世代はコーフンしてる(笑)。こんなのが今出るんだ! 信じられん!! っていう。
渕野:信じられないのは価格もです(笑)。実車を見たとき、「495万円ぐらいかな?」って勝手に考えてたんですよ。「495万円のプレリュードって、どうなんだろう……」とか。そしたら実際は617万円だった。
ほった:信じられない値段(笑)。
渕野:商売的に難しいんじゃないかと思うんですけど、でもこれぐらいの値段にしないと、成立しないのかな?
清水:私もビックリしましたけど、考えてみると、逆に高いから中高年が食いついてくる可能性もあるんじゃないかと。これはゼイタクなクルマだっていう証明みたいなもので。
渕野:いや、でも付加価値がね……。このクルマの付加価値ってなんなんでしょう? 普通のクルマならハイブリッドってことになるんでしょうが、でも世のクルマ好きが2ドアクーペに求めるのは、たとえばFRであることだったりしますよね。「トヨタ86」「スバルBRZ」「日産フェアレディZ」「トヨタ・スープラ」と、すべてFR。プレリュードの場合、FFのハイブリッドで617万円っていうのを、どう考えるべきか? これは難しいなって思ったんです。
ほった:スープラっていくらだったかな……(ググる)。ああ、直4のが500万~600万で、直6のが700万~800万って感じでしたか。
清水:すごーく安く感じるなぁ(笑)。
渕野:エンジン違いでずいぶんな差額があるけど、FRで直6だっていうんで、クルマ好きはそっちにバーッていくわけでしょ?
清水:普通に考えればそうですよね。プレリュードなんか、FRでV6ターボのZとどっこいなんだから、「狂ったか!?」みたいな商品企画ですよ。
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スペシャリティークーペはカッコが命
清水:でもですよ。僕も実際乗ってみて(参照)……だんだんプレリュードが魅力的に思えてきたんです。こういう、それこそグライダーみたいに滑空するクーペって、ほかにないし。
ほった:清水さんまで? なんか洗脳系のホラー小説みたいですね(笑)。
清水:昔のプレリュードもそういう部分があったじゃない。突き詰めれば「シビック」のほうが全然速いけど、カッコいいからみんな買ってた。今回のは、むしろ“速さ”へのアンチテーゼ的な部分で引かれる中高年がいるのかもしれない。私も含めてね。もうそういうガツガツしたのは卒業したんだよ、みたいな。だからプレリュードの「タイプR」が出ちゃったら、コンセプトが崩壊しちゃう。
ほった:前と言ってることが真逆ですよ(参照)。
渕野:しかし、速さや過剰さではないとすると、皆さんはこういうクーペにどんな魅力を求めているわけですか? スペシャリティークーペに関して。
ほった:それはもう、圧倒的にカッコよさでしょ。
渕野:性能より?
ほった:性能より。スポーツカーですら性能は二の次かなって思いますよ。スポーツカーの価値は7割がデザイン。いわんやスペシャリティークーペをや。
清水:俺もクーペ所有者だけど、やっぱり性能はどうでもよくて、走りの官能性とカッコだね。もはや性能はほぼ無意味。
ほった:逆に、だからこそプレリュードは個人的に引っかかるところがあるんですよ。あのタイヤの位置ですよね。FFだからしょうがないんだけど、上屋に対してタイヤが後ろにズレてくっついている感じがするんですよ。もっとカッコよくなれる余地があったんじゃないかなと。
清水:いやぁ、そんな細かいことはみんな問題にしないよ。タイヤの位置なんて、そんなに厳密に見ないもん。
渕野:カッコが命なんだったら、やっぱりそういうところも見るんじゃないですか?
清水:いやー、見ないです。見ないです。そもそもクルマを真横から見る機会なんてほとんどないですよ。「タイヤが後ろ寄りについててカッコ悪いな」なんて思うのは、デザインの専門家だけです!
ほった:自分は素人ですがね。
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スッゴい美人ではないけれど
清水:それより大事なのは、全体のパッと見の印象でしょ。プレリュードってかなり印象的なんですよね。こういうクーペって、ほかにないし。
渕野:確かに、自分もこのクルマのオリジナリティーは、FFでタイヤが後ろ寄りについてるところだったりすると思うんで、それはそれでいいんですけど。ただ一般の人がどう感じるのかなっていうところです。
ほった:駆動方式がどうこうというより、デザイン的な意味合いでですよね。
渕野:コンセプトモデルの回(参照)でも言いましたけど、このクルマはフロントクオーターで見ると、ビューによってはちょっと顔が高い感じがするんですよ。
ほった:そうなんですよね。でもみんな、「実車はカッコよかった!」って言う。やっぱりショー会場とは、クルマを見る角度や距離が違うからかな。
清水:僕の感想としてはですね、実車も決して、すっごくカッコいいわけではなかったです。ただね、モデルさんってみんなすげえ美人ってわけじゃないけど、確実にスレンダーで手足が長いでしょ。取りあえずプレリュードは、今の世のなかじゃ、すごくスレンダーで手足が長いんですよ。
ほった:みんなズン胴ですからね。SUVとかミニバンとか。
清水:んで、汗臭い感じが全然しない。これがまた珍しい。
ほった:珍しいって、それ「今まで需要がなかった」の裏返しですからね。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=トヨタ自動車、日産自動車、本田技研工業、花村英典、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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