第285回:クルマ史をひもとけば見えてくる? iPhoneの未来
2013.03.01 マッキナ あらモーダ!第285回:クルマ史をひもとけば見えてくる? iPhoneの未来
君もiPhone、われもiPhone
アップル社が腕時計型の端末装置に関する特許申請をしていることが2013年2月21日、アメリカの特許商標庁によって明らかになった。「アップルがブレスレット型コンピューターを開発しているのでは」との情報は、かねて憶測記事が飛び交っていたが、うわさは本当だったことが証明された。その新端末は、同社製のスマートフォン「iPhone」と無線連携する機能が装備されるものと思われる。
それにちなんで、今回はiPhoneの話をしよう。
ボクの場合、1台目が「iPhone 3GS」、2台目が「iPhone 4S」である。ベースモデルを飛ばして「S」を2代続けてしまった。クルマを買うときもそうだが、「マイナーチェンジ後の製品のほうが、品質が安定しているに違いない」というのが表向きの理由。ぐだぐだ考えている間に、ベースモデルから「S」に移行されてしまった、というのが本当の理由である。
最近イタリアでもフランスでも、街を歩いていて気づくのは、iPhoneユーザーの多さである。バスや地下鉄車内で周囲をちょっと見回しただけで、一人といわず数名が必ずiPhoneを操作している。他社製スマートフォン使用者もいるが、やはり目撃率が高いのはiPhoneである。与謝野晶子風に言えば「君もiPhone、われもiPhone」。ついでに灰田勝彦や小林克也が歌っていた「野球小僧」の歌詞「僕のようだね、君のよう〜」を思い出してしまう。
この単一ブランドでの普及率、モノの歴史を振りかえれば、あの「フォードT型」以来ではないだろうか。1908年、量産化に成功したフォードT型は、たちまち路上を埋め尽くし、アメリカで生産されるクルマの2台に1台はフォード、世界でも路上を走るクルマの数台に1台はフォードという時代をもたらした。iPhoneのヒットは、まさに現代のフォードT型といえる。
フォードの轍(てつ)を踏むのか?
しかしながら、iPhoneの異常に高い普及率に、個人的には少なからず違和感を覚えているのも事実である。製品的・デザイン的選択肢が少ないことの息苦しさだ。人と違うものを持ちたくても、差別化できないつらさである。
ボクより感覚が何十倍も鋭いクリエイターと呼ばれる業種の人が、みんなと同じiPhoneを使っていたりすると、「お、お前、それでいいのかよ!」と肩を抱えて揺さぶりたくなる。
もちろん、アンドロイド携帯にしてしまえばよいのだが、いままでのアプリケーションが存分に使えなくなるのに加え、他のアップル製品と連携が難しくなるのがイタい。
電話関連でいえば、その昔NTTとなる前の電電公社時代、黒電話かプッシュホン、もしくは数少ない認定社外品しか設置できなかった時代を思い出す。
選択肢の少なさから、次にボクが思いをはせたのは、東西統一前の東ドイツである。当時、国産車はあの有名な「トラバント」か「ヴァルトブルク」しか選択肢がなかった。
「おいおい、iPhoneは最先端技術の塊。旧東ドイツ車は、疲弊した社会主義の遺物。一緒にするなよ!」という声も承知だが、選択できないつらさは同じだろう。
もちろん、iPhoneもカバーやケースを変えることで、ある程度のカスタマイズはできる。しかし、それはトラバントのエンジンフードをつや消し黒塗装して、ラリーカーを気取っていた旧東ドイツの若者と同じにすぎない。
そうした状況の結末を占う好例として、再び採り上げるべきはフォードT型である。量産効果で年を追うごとに劇的に価格が下がっていったT型は、製造開始後20年近くたつと思いがけない事態に陥った。
ボディーカラーが黒一色で、何年たっても前年モデルと大して代わり映えのしないT型は、次第にアメリカ国民から見放されていった。それはユーザーが他人と違うクルマを求めるようになったからだった。
そうしたT型に対する不満をもったユーザーの心を捉えたのは、ライバルとして台頭してきたGMの「シボレー」だった。シボレーは、斬新なスタイルや豊富なカラーバリエーションでT型の顧客を次々に奪い、やがて自動車業界トップの座さえもフォードから奪う。
そして今、フォードT型役はiPhoneで、シボレー役が欧州でも伸長著しいサムスンやファーウェイになるのではないか? と、しきりに感じるのである。
腕時計の危機がやってくる!?
しかし、フォードT型が人類のモビリティーに偉大な貢献をしたように、iPhoneの果たした役割についてもボクは評価したい。
例えばイタリアでは、携帯電話の普及とともに、固定電話はやめた、という家庭が多い。イタリアの調査機関TLCによると、この国では2011年9月から2012年9月の1年間に約51万4000もの固定電話回線が廃止されたという。
日本のように固定電話回線の所有が、社会的信用を示すバロメーターになっていないことが、やめるのに抵抗がなかった理由のひとつだ。その証拠に、商品袋に堂々と携帯番号だけを印刷しているイタリアの商店は少なくない。同時に、イタリアの携帯電話の中でもかなりの比率をしめるiPhoneが、その高い操作性・利便性で「固定電話アッディーオ(さらば)!」 を後押ししたことは間違いない。ボクの知り合いの眼科医も、自分と夫人用にiPhoneを購入したのを機会に、固定電話をあっさりと解約してしまった。
将来アップルが出す腕時計型デバイスも、iPhoneのごとく多くの人が装着するようになるのか。普通の腕時計の販売が低下するくらい普及したら、これまたすごいゾと、ひそかに期待しているボクである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
拡大
|

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった 2025.12.4 1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。
