第283回:『西部警察』から『ニュー・シネマ・パラダイス』まで、まぶたに浮かぶ劇中車たち
2013.02.15 マッキナ あらモーダ!第283回:『西部警察』から『ニュー・シネマ・パラダイス』まで、 まぶたに浮かぶ劇中車たち
課長のクルマは「日産ガゼール」
ボクが少年時代を過ごした1970年代から80年代初頭にかけて、テレビドラマを見る楽しみのひとつに、「劇中車」があった。特に刑事物は大抵、車両協力しているメーカーのものに統一されていた。
最もわかりやすかったのは『西部警察』シリーズだ。協力は日産自動車で、まずは「ガゼール」(S110型)の未発売オープン仕様が登場して、ボクはシビれたものである。その白いガゼールには、当時珍しかった自動車電話が装備されていて、石原裕次郎扮(ふん)する小暮課長が(今では社会通念上使えるシーンではないが)片手で受話器を持ちながら運転している姿が格好よく映ったものだ。
ファンには釈迦(しゃか)に説法であろうが、同番組は他にも「スカイライン」をベースにした「マシンX」をはじめ、さまざまな日産系改造車が登場し、それは回を重ねるごとにエスカレートしていった。
『太陽にほえろ!』は、車両協力のテロップこそ出なかったが、ボクが熱心に見ていた時代、刑事たちの乗るクルマは基本的にトヨタ車で統一されていた。特に印象に残っているのは、5代目「クラウン」の「ピラードハードトップ」である。
上記2番組ほどメジャーではなかったが、草刈正雄と田中邦衛がコンビを組んだ『華麗なる刑事』というドラマもあった。1977年に放映されたこちらは三菱自動車が車両協力を担当していて、劇中で草刈は赤い「ギャランラムダ」に乗っていた。そしてエンディングタイトルでも、「高速道路を、ゆるやかに〜♪」という草刈の歌とともに、ラムダが疾駆する姿が見られてうれしかったものだ。
クルマから伝わる人物像
イタリアの警察ものドラマに目を向ければ、たとえ一部に車両協力はあっても、前述の日本版刑事物のごとく一部のクルマを目立たせるような演出は残念ながらない。
今日パトロールカーといえば(もちろん例外はあるが)「アルファ・ロメオ159」かフィアットの「ブラーボ」「プント」と相場が決まっているので、ストーリー上で空想を膨らます余地がないのだろう。
いっぽうイタリア映画におけるクルマを観察するのは面白い。一例として、2008年の映画『Scusa ma ti chiamo amore』がある。当代の人気作家フェデリコ・モッチャの小説を映画化したもので、和訳すれば「ごめん、君は恋人」といったところだ。
以前も本欄で短く紹介したことがあるが、恋人と別れたばかりの30代後半のおやじが、バイクに乗る女子高生と接触事故を起こすことから始まる、年の差ラブストーリーである。
女子高生ニキのバイクは「アプリリア・スカラベオ」、人気俳優ラウル・ボーヴァ演じるおやじ広告マンが乗っていたのは「メルセデス・ベンツMLクラス」である。いずれも現代イタリアで、いかにもありそうな取り合わせだ。さらに高校生たちが賭けを行う郊外の脱法スタントカーショーには、「MINI」「日産ミクラ(日本名:マーチ)」「フォードKa」などが登場する。
だがボクにとって最もまぶたに浮かぶイタリア映画のクルマは、日本でも話題になったジュゼッペ・トルナトーレ監督『ニュー・シネマ・パラダイス』のものである。
ストーリー後半、故郷シチリアに戻った主人公は、初恋の女性エレナに再会するため「メルセデス・ベンツ190E」で夜の波止場へと赴く。そこにエレナは、「ランチア・テーマ」の初期型に乗って現れる。再会した2人はテーマに乗り、しばし時を過ごす(なお、バージョンにより、このシーンはカットされている)。
作品が発表されたのは1989年だ。映画産業でそこそこ成功した人物という設定の主人公が乗るクルマとして、190Eはまさに“適役”であった。またエレナは地元の裕福な家の娘ということで、これまたランチアがぴったりだった。
クルマ好きは二度おいしい
『ニュー・シネマ・パラダイス』の成功には及ばないが、ランチアといえば、もうひとつ印象的な映画があった。2003年の『Rocordati di me』である。日本語なら「覚えてる? 私のこと」といった意味だ。
倦怠(けんたい)期に入った夫婦の物語で、女優になる夢を諦めて結婚した妻ジュリアが、勤務先の高校との往復に使う通勤車は、シルバーの初代「フォード・フォーカス」である。いっぽう、若い頃小説家を目指していた夫カルロの前に突如現れる昔のガールフレンドは、作品発表の1年前に発表されたばかりのランチアのミニバン「フェドラ」に乗っている。この役はかのモニカ・ベルッチが演じている。
生活感漂うフォーカスと、たとえミニバンでもどこか妖艶(ようえん)な香りのするランチアというコントラストが絶妙だった。かくもクルマ好きは、たとえ外国映画であっても、その内容を2倍楽しめる。
同時に、iPhoneを見ればわかるように、社会階層による所有物の差がなくなりつつある今日において、スクリーンの中のクルマの役割が、どのように変化してゆくのかも、ボクとしては目が離せない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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