フォルクスワーゲン・ゴルフ ブルー e モーション プロトタイプ(FF/1AT)【試乗記】
未来はそれほど遠くない 2012.06.12 試乗記 フォルクスワーゲン・ゴルフ ブルー e モーション プロトタイプ(FF/1AT)「フォルクスワーゲン・ゴルフ」ベースの電気自動車が日本にやってきた。2013年の本国発売を前にして、その仕上がり具合はいかに?
航続距離は150km
「フォルクスワーゲン・ゴルフ」の電気自動車、「フォルクスワーゲン・ゴルフ ブルー e モーション」に乗る機会を得た。同車を使った国際的な体験ツアーが企画され、ドイツ、イギリス、オランダなど西欧8カ国に加え、日本でも試乗会が開催されたのだ。体験ツアーに用意された合計24台のゴルフ e モーションのうち、5台が日本にやってきた。
ゴルフ e モーションは、ゴルフVIの後席および荷室床下にリチウムイオンバッテリーを搭載し、フロントに搭載されたモーターを駆動するピュア電気自動車(EV)である。ノーマルゴルフとの外観上の違いはあまりないが、注意深く観察すると、ノーズの黒いグリルがダミーになり、後ろ姿ではテールにパイプがないことに気がつくかもしれない。そのほか、ルーフにはソーラーパネルが装着される。ここで発電した電気は、車両の電装システムと換気システムに用いられる。
充電口は、フロントの「VW」マークと右Cピラーの旧給油口に設けられる。欧州工業規格に準じた三相400VのAC電源と、家庭用220/230V電源に対応。後者では、5時間ほどでフル充電可能だという。
フォルクスワーゲンが支持する充電方式は、「コンボ充電システム」と呼ばれるタイプで、先行する日本の「CHAdeMO(チャデモ)」に対抗して、ドイツおよびアメリカの自動車メーカーが推奨する方式だ。充電口が一つですみ、コストを抑えられるのがウリ。もちろん、充電器とクルマ間の通信プロトコルもチャデモ方式とは異なる。
充電を受ける側、ゴルフ e モーションのバッテリー容量は26.5kWh。リチウムイオンバッテリーを6個ずつ束ねたモジュールを30ユニット集めたもので、総重量は315kgだ。気になる航続距離は、「まだ開発中」との注釈付きで150kmとされる。
ドイツ連邦統計局がまとめた数値によると、就業者の6割が通勤にクルマを使い、うち45.8%が片道10km以下、28.1%が10〜25km、それ以上の距離をクルマで走るユーザーは16.2%にすぎないという。ゴルフ e モーションの航続距離は、もちろんエアコンやヒーターの使用状況にもよるが、日常的な用途には「まず十分」ということだ。
40km/hまではエンジン車の気分
「blue-e-motion」と大書されたゴルフ e モーションのドアを開けて運転席へ。特別な研究車種だけあって、本国同様、左ハンドルのまま。車内の眺めは内燃機ゴルフと大差ないが、例えば、既に市販されている電気自動車「三菱i-MiEV」同様、シフトゲート「D」の手前は「B」になっている。回生率最大で、その結果強くかかるブレーキの「B」である。
鍵穴にキーを差し込んで捻ると、メーターナセル内の液晶に「READY」の文字。向かって左、通常なら回転計がある位置に、電気の瞬間消費/回生を示すバッテリーレベル計が配置され、メーター内の小メーターは予想走行可能距離を示す。バッテリー残量は、隣にある速度計内の小メーターで確認できる。センターコンソールの大きなディスプレイには、「トヨタ・プリウス」などでおなじみの、エネルギーの流れを示す絵が表示される。言うまでもなく、エンジンは登場しないが。
室内はほぼ無音。パーキングブレーキを解除してスロットルペダル、というか電気ペダルを踏み込む。すると、ゴルフ e モーションはEV状態のプリウスのようにタイヤの転がり音だけを残して静かに動き始める……と思いきや、さにあらず。周囲を歩く歩行者の安全を考慮して擬似的なエンジン音が発せられるので、車内外ともなかなかにぎやか。ゴルフ e モーションは、40km/hまでは内燃機関車の気分が味わえる、近未来の電気自動車である。
フロントに搭載される電気モーターの出力は、通常出力50kW(68ps)、最高出力85kW(115ps)。さして目をひくスペックではないが、EVならではの特典(!?)として、回転開始直後からいきなり最大トルク270Nm(27.5kgm)が湧き出るので、ゴルフ e モーションの出足は力強い。
TSIユニットに替わって搭載される電気モーターは、1段の“ギアボックス”やディファレンシャルと一体化されたもので、重量は80kgに抑えられる。一方、バッテリー搭載による重量増は315kg。TDIエンジン搭載車(日本未導入)と比較した場合、ゴルフのEV化による増加重量は205kgで、試乗車のウェイトは1545kgだという。動力性能は、「パサート」にV6を積んだようなものだろうか。これは多くの電気自動車に共通する感覚だが、ゴルフ e モーションのドライブフィールも、サイズと見かけのわりに重厚で高級感がある。
EVでも運転の楽しさを忘れない
ゴルフ ブルー e モーションの走行モードには、85kWのパワーをフルに使える「ノーマル」、70kWに抑えられる「エコ」、パワーの上限が40kWになり、エアコンも止められる「レンジ」が用意される。ノーマルとエコは、普通に走っているかぎり体感上の違いはほとんどないから、むしろエコをノーマルにして、「スポーツ」「ノーマル」「ケチ」とでもしたほうがいいかもしれない。
ゴルフ e モーションの加速力は、0-100km/hが11.8秒と、このクラスとしては順当なところ。おもしろいのは減速方向で、ステアリングホイール奥のパドルを引くと、回生ブレーキの強さが変わる。あたかもエンジンブレーキの効きが変わるよう。パドルで3段階、およびシフトゲート「B」1段階の、計4段階から強弱を選べる。EVでも運転の楽しさを忘れない! というより、エンジニアの試行錯誤がそのまま搭載されているようで興味深かった。
フォルクスワーゲンは、2013年に「ポロ」より小さな「up!」の電気自動車版「e-up!」と、今回のゴルフ ブルー e モーションを本国で販売する予定だ。短い試乗時間だったが、ゴルフ e モーションは、そのままディーラーのショールームに並べてもなんら問題ない完成度に思われた。
しかしクルマ単体の「デキのよさ」を論じても、あまり意味がないのかもしれない。電気自動車がスムーズでスマートで扱いやすいことは、19世紀末から20世紀初頭の自動車黎明(れいめい)期から、すでに「当たり前のこと」だったからだ。
2013年は多様化元年
社会的なインフラと近未来車の関係は鶏と卵のようなもの。未来のモータリゼーションに関して依然として決定打が見いだせないので、なかなか本格的な投資をしづらい。どちらも手探りで進んでいる状態だ。
自動車メーカーとしてのフォルクスワーゲンは、近場には電気スクーターやピュアEV、郊外へはプラグインハイブリッドやレンジエクステンダー(発電機)を積んだEV、日常的に遠距離を走るユーザーには各種ハイブリッドや高効率エンジン搭載車といった枠組みを考えている。
しかし、一人が何台も所有することは現実的でない。また、日常の90%以上をカバーできるからといって、一般的なユーザーがEVを買うかというと、いまのところそうもなっていない。数ある選択肢のなかで、どの動力系が有望で、技術的なブレークスルーが起こるのがどこの分野か。まったく新しい選択肢が登場する可能性は? ここでも鶏と卵の関係が生じている。
フルラインメーカーのフォルクスワーゲンは、近未来自動車に関しても、あらゆる種類をカバーするつもりでいる。ゴルフVIIを含む、次世代モデル用プラットフォーム「MQB(モジュラー・トランスバース・マトリックス)」は、ボディーサイズの大小にとどまらず、グループ内のブランドで横断的に使えるフレキシブルな車台である。
フォルクスワーゲンは、動力源も各種コンポーネンツをモジュール化して、ガソリン、ディーゼル、天然ガス、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、ピュアEV、燃料電池……と、さまざまなタイプに柔軟に対応することを計画している。ゴルフ ブルー e モーションを市場投入する2013年は、フォルクスワーゲンにとってのEV元年であるだけでなく、動力多様化本格スタートの年でもあるのだ。
(文=青木禎之/写真=高橋信宏)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。
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