ホンダN-BOXスラッシュ Xターボパッケージ(FF/CVT)/N-BOXスラッシュ X(FF/CVT)
豊かな成熟 2015.01.29 試乗記 クーペスタイルの軽トールワゴン? ホンダが生んだ新種の軽乗用車「N-BOXスラッシュ」に、軽自動車文化の成熟を見た。「N-BOX」をベースにしたチョップトップ
今年の初め、テレビ番組での女性タレントの発言がプチ炎上する騒ぎがあった。同窓会に夫が軽自動車で迎えにくるのは恥ずかしいという声に対し、「軽で迎えにくるなら見えないところに来るべきで、ベンツなら自慢できるから目の前に乗りつけてほしい」と反応したのだ。ツイッター上では「何さま?」と非難の声が湧き上がって、ネットニュースになった。まあ、どうでもいい浅はかな騒動である。
ただ、「軽自動車が安っぽい」ということを前提として話題が進行していることにはあきれてしまう。昨今の軽自動車がどれほど質感の高いものになっているのか、まったく知らないのだろう。炎上した女性タレントには、ぜひN-BOXスラッシュに一度乗ってみてもらいたいものである。間違いなく軽自動車のイメージが変わるはずだ。「ホンダNシリーズ」第5弾となるこのモデルは、日本の誇る軽自動車というジャンルに新しい可能性をもたらした。
背高スペース系の軽自動車の屋根を切り落としてクーペライクに仕立てるという発想には、意表を突かれた。エコなイメージのハイブリッドをスポーティーなモデルに仕立てた「CR-Z」という前例もあるが、正反対の要素を組み合わせて新たなフィールドを作り出すというのはホンダのお家芸なんだろうか。
今回は、軽自動車の業界地図を塗り替えたといわれるほど売れている「N-BOX」をベースにして、アメリカ車のカスタマイズでよく使われる「チョップトップ」の手法を用いた。いってみれば軽のスペシャリティーなのだが、それ自体は発明ではない。古い話だが、1960年発売の「マツダR360クーペ」は、実質2名乗車という割り切りでデザインを優先したモデルだった。その後のパワー競争もあり、スポーティーなイメージの軽には常に一定の需要があった。
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その提案はファンキーか?
今から10年ほど前にも、軽スペシャリティーが増殖する現象があった。「スバルR1」「ダイハツ・ソニカ」「スズキ・セルボ」という一群のモデルが現れ、瞬く間に消えていった。デザイン性と爽快な走りをアピールしたものの、ユーザーの心には響かなかったようだ。すでに時代はトールワゴンが軽自動車のスタンダードとなっていて、室内の狭さは受け入れがたいものになっていた。
N-BOXスラッシュは、その点ではまったく心配がいらない。ベースになっているのは広さが売りのN-BOXなのだから、多少屋根を低くしたところでスペースは十分に残っている。N-BOXの全高は1780mmで、110mm削ったN-BOXスラッシュは1670mmである(4WD車は1685mm)。1610mmの「N-ONE」より、60mmも高い。
それにしても、一体どこからこんなクルマのアイデアが生まれたのか。Nシリーズは順調に売り上げを伸ばしていたが、他メーカーも続々と新機軸を打ち出してきたため、新規顧客を開拓するためのニューモデルが欲しかった。ただ、それがN-BOXや「N-WGN」などと食い合うようでは意味がない。
模索している時に、デザイナーたちが提案したのがN-BOXの上部を削った奇妙なモデルだった。N-ONEに続いて今回の開発を指揮した浅木泰昭さんは、面白いとは思ったもののショーモデルで終わると考えていた。しかし、彼が知らないうちにモックアップまでできていたのだという。
それを鈴鹿工場に持っていくと、やたらに評判がいい。トントン拍子に話が進み、カスタムの本場アメリカに出張してトレンドを探ることになった。現場を目の当たりにすると、ああもしたい、こうもしたいとぶっ飛んだ考えが次々に湧いてくる。それを取捨選択するたったひとつの基準が、“その提案はファンキーか?”という問いだったという。
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懐かしくも新しいビニールレザー
開発責任者の浅木さんの顔が妙に輝いていると思ったら、そういう理由だったのだ。N-ONEの発表の時は様子が違っていた。まだ円高だった頃で、「ニッポンの雇用を守る」なんて悲壮な決意を語ってくれたのだ。今回は一転して、楽しくて仕方がないという空気が伝わってきた。そんな雰囲気の中で作られたことが、実際にできたクルマにも反映されている。
エクステリアは、とにかくこれまでの軽自動車では見たことのないものだ。アメリカ車のエッセンスも感じるが、「レンジローバー イヴォーク」のようなスタイルにも通じる。背の高さはさほど感じられず、軽らしからぬワイド感のほうが印象に残った。
それにも増して異彩を放っているのがインテリアだ。黒やベージュのファブリックを使ったおとなしめのモデルもあるのだが、オプションとして用意される「インテリアカラーパッケージ」のセンスが突き抜けていた。名前からして、「ダイナー スタイル」「グライド スタイル」「セッション スタイル」である。そう言われても、何だかわからない。それぞれ『アメリカン・グラフィティ』の世界、ハワイの空と海、テネシーの酒場を表現しているらしいのだが、万人受けは狙っていないことがよくわかる。
ダイナー スタイルは鮮やかな赤と白にチェッカー模様をあしらっていて、アメリカの要素だけでなく、60年代のレーシングメイト的なオシャレ感も見え隠れする。グライド スタイルは上品なブルーと淡いベージュのコンビネーションで、これはかつてのアメリカ車でよく使われていた色調だ。セッション スタイルは、黒と茶でシックに仕立てられているから、年配の人でも抵抗感は薄いだろう。
シートやトリムに使われている素材が、なんとも懐かしかった。いわゆるビニールレザーなのだ。最近見かけることが少なくなっていたので、逆に新鮮である。合成皮革の質感は進歩が著しく、「トヨタ・エスクァイア」のシートなどは上質ですてきな風合いに感心した。それとはまったく逆を行き、チープさをあえて隠さない。若い女性などは、見たことがないものだから安っぽいとは感じるはずもなく、ポジティブな反応を示すそうだ。
それでもまだ足りないという向きには、ディーラーオプションとして「バービー」とコラボしたアクセサリーが用意されている。ダッシュボードのパネルやシートを真っピンクに染め上げ、車内はさながらドールハウスだ。これが予想以上の売れ行きなんだとか。今どきは、男だけでクルマを作ってはいけない。N-BOXスラッシュは、もともと女性需要の多い軽自動車の中でも、平均よりかなり女性比率が高いそうだ。
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デートカーになれるか?
派手な内外装に目が行ってしまうが、Nシリーズが生まれて3年以上が経過しただけに、基本性能も正常な進化を遂げている。“1.3リッター並みの走り”との触れ込みで登場したターボエンジンは、今もやはり魅力的だ。首都高と市街地を走っただけだが、ストレスを感じさせないトルクのおかげで無理に高回転域を使う必要がないのがうれしい。自然吸気も悪くはないけれど、この素晴らしいターボユニットを選ばないのはもったいないと思う。背の高さを感じさせないしっかりしたハンドリングも、相変わらず保たれている。リアのダンパー径を拡大するなどの工夫で、サスペンションの強化が図られているそうだ。
新機能もいくつか取り入れられている。パーキングブレーキは、電子制御のボタン式になった。ヒルスタートアシスト機能もついて、運転の苦手な初心者も安心だ。ステアリングの手応えを変える機構も装備される。インパネのスイッチでパワーステアリングのアシスト量を切り替える仕組みだ。軽い設定にすると運転時にはフワフワしすぎるが、非力な女性は駐車の際に重宝するかもしれない。
そして、最も高いアピールポイントは「サウンドマッピングシステム」である。8スピーカーにサブウーファーを加えて、重低音を利かせた迫力のある音が楽しめるという。トランクがないため軽自動車では重低音の再現が難しかったが、背面にホーン部を設けることでメガホン効果を利用し、空気振動を増幅するという凝った機構である。試してみると、確かに臨場感のあるサウンドである。
ホンダは、デートカーとしてこのクルマを買ってほしいようだ。“恋愛仕様”の「S-MX」再びというわけでもないだろうが、音質のよさで若者を引き寄せられるかどうかはよくわからない。上級グレードにオプションをいくつか乗せれば、乗り出し200万円はすぐに超えてしまう。それでも好調な受注状況だというから、軽自動車のイメージはずいぶん変わったのだ。安っぽくないし、安くもない。プチ炎上した女性タレントは、世の中の流れから遅れている。
最近の軽自動車では真っ先に取り上げられる燃費のことに、まだ触れていなかった。最も良好な数字でも25.8km/リッターと、至って平凡である。トレンドになっている自動ブレーキも、最新の機能ではない。求めるものが違うのだ。国内の乗用車販売のうち4割が軽自動車になった今、バリエーションが広がるのは必然である。こういう奇想天外なモデルが現れるということが、日本の軽自動車文化の豊かな成熟を示している。
(文=鈴木真人/写真=河野敦樹)
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テスト車のデータ
ホンダN-BOXスラッシュ X・ターボパッケージ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1670mm
ホイールベース:2520mm
車重:950kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:CVT
最高出力:64ps(47kW)/6000rpm
最大トルク:10.6kgm(104Nm)/2600rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ブリヂストンB250)
燃費:23.0km/リッター(JC08モード)
価格:176万円/テスト車=217万400円
オプション装備:ボディーカラー<プレミアムホワイトパールII×レッド>(8万1000円)インテリアカラーパッケージ<ダイナースタイル>(8万6400円) ※以下、販売店オプション/ピュアサウンドブース<エンブレム付き>(3万8880円)/フロアカーペットマット(1万5120円)/Gathersナビ<VRM-155VFi>(18万9000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:1192km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:----km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター
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ホンダN-BOXスラッシュ X
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1670mm
ホイールベース:2520mm
車重:930kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:58ps(43kW)/7300rpm
最大トルク:6.6kgm(65Nm)/4700rpm
タイヤ:(前)155/65R14 75S/(後)155/65R14 75S(ダンロップ・エナセーブEC300)
燃費:25.8km/リッター(JC08モード)
価格:165万円/テスト車=206万400円
オプション装備:ボディーカラー<プレミアムイエローパールII×ホワイト>(8万1000円)インテリアカラーパッケージ<グライドスタイル>(8万6400円) ※以下、販売店オプション/ピュアサウンドブース<エンブレム付き>(3万8880円)/フロアカーペットマット(1万5120円)/Gathersナビ<VRM-155VFi>(18万9000円)
テスト車の年式:2015年型
テスト車開始時の走行距離:1014km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:----km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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