第384回:オリベッティと、カシオと、カラオケラウンジ!?
2015.02.06 マッキナ あらモーダ!イタリア製品の代表だったオリベッティ
日本では数年前から、大手家電メーカーの業績低迷がクローズアップされ、そのたび「モノづくりを忘れた末」といった解説がなされてきた。この「モノづくりを忘れた」の部分、ボクは遠くイタリアで、おぼろげに予想していた。なぜならオリベッティの例を目の当たりにしたからである。
20世紀初頭に高速で打てるタイプライターで成功した製造会社「Olivetti(オリベッティ)」は、いち早く計算機に進出した。第2次大戦後は回復する国内経済と好調な輸出という双方の波に乗り、オリベッティは、フィアットやアルファ・ロメオとともにイタリア製品の代名詞的存在になった。
1960年代以降は、マリオ・ベリーニ、エットーレ・ソットサスなど、さまざまな工業デザイナーを起用した斬新なデザインの製品で、さらに世界の注目を浴びるところとなった。
イタリアに移り住む前、ボクのオリベッティに関する知識はここまでで、「栄光のオリベッティ」がいまだどこかに残っているだろうと、勝手に信じていたものだ。
イタリアの轍を踏む日本家電メーカー
しかし現実のオリベッティは違っていた。
コンピューターの時代に乗り遅れたことがきっかけで数度の経営不振に見舞われ、部門売却や業務・資本提携が行われていた。そしてボクがイタリアに移り住んだ1996年、オリベッティに関することで話題になっていたものといえば、卓越したデザインのプロダクトではなく、同年に設立した「オムニテル」という携帯通信会社だった。
さらに1999年、オリベッティは旧公社系電信電話会社「テレコムイタリア」の公開株式買い付けに打って出る。幸いそのオペレーションに成功。数年後にはオリベッティを、今度はテレコムイタリアグループ傘下の一企業というかたちに改編した。この時点でオリベッティは、「モノづくり」中心の企業から、完全に脱したのである。
テレコムイタリア傘下のオリベッティは戦略的に競争が激しい一般用市場向けから、オフィス用に比重を傾けていった。以来、身近なオリベッティ製品といえば、郵便局のカウンターで使われている各種電子事務機くらいになった。
ところが数年後、商品構成の見直しでファクスなど家庭用機器が復活。しかし往年のブランドイメージにはほど遠く、よくディスカウントスーパーの特売コーナーに置かれていたものである。
また2011年、今度は民生用のiPadに似たタブレットPC「オリパッド」を発売する。こちらもやはり市場に大歓迎されることはなく、今日取りあえず第3世代まで進化しているものの、一般の店頭で遭遇するのはイタリア人の言い回しを借りれば「ローマ教皇の葬儀くらい」まれである。
日本では、本業の傍らでグループ内の金融・保険部門に注力するAV企業について議論されるようになって久しい。最近は民生機器から業務用機器に比重を移すかと思うと、まだ民生用機器で妙に気合の入ったモデルを出したり、ハイエンド機に特化するのかと思えば、スーパーマーケットと組んだ格安モデルの計画を発表したり、といったニュースも耳にする。そのたび、オリベッティの轍(てつ)を思い出して、「きたきたーっ!」と声をあげてしまうボクなのである。
意外に奮闘しているカシオ
イタリアでも日本の家電ブランドは、残念ながら存在感が年々薄くなっているというのは、本欄で過去に記したとおりである。そうしたなか日本で考えられている以上に、日本ブランド信仰が定着しているジャンルがある。それは腕時計だ。
「セイコー」や「シチズン」は、そこそこのグレードのスイス製時計ブランドと並べられていることが少なくない。中古品もしかりだ。ボクが住むシエナのリサイクルショップでも価格はそれなりなものの、ちょっとした別格扱いで、商品タグには「SEIKO」「CITIZEN」と誇らしげに特記されている。
ちなみに知り合いのイタリア人たちは、ボクにたびたび「日本人なら、セイコーとかシチズンとか巻いてなきゃダメだよ」と諭す。
カシオも、かなり人気がある。それも「Gショック」とかではない。こういってはなんだが、日本では今や中学生が進学祝いにもらっても喜ばないであろう、基本的なモデルである。
日本で1000円以下の値札が付いていることが多い「A158」というベーシックなモデルは、イタリアで25~30ユーロ(約3300円~4000円)といったところだ。
実際には盗難防止ということもあるのだが、そうしたモデルがショーケースの中にうやうやしく入れられ、店頭を飾っているのは、あっぱれである。また、豪邸に住むイタリア人の大地主が、袖もとを見ればカシオの地味な時計を巻いていたりする。こうしたシーンに遭遇するたび、「日本ブランドも捨てたもんじゃない」と思うのである。
日本ブランドの強みを今も
カシオのウェブサイトで調べてみると、同社がチューリッヒに欧州オフィスを初めて開設したのは、1967年にさかのぼる。そして1975年に販社をロンドンに設置している。
決してカシオをよいしょする気はないが、新興国メーカーに追い上げられながらも、「適正価格で良い品」という日本メーカーが最も強みとしてきたところを地道に守っているところが、イタリア人から支持を得ているゆえんであることは間違いない。
それで思い出したが、ヨーロッパに住んでいると、日本が欧州市場へ果敢に進出していた頃をしのばせる風景にたびたび出会う。少し前に見かけたのは、デュッセルドルフにある日系ホテルのロビー階で発見した、カラオケラウンジの看板(最後の写真)である。その“ちょいレトロなムード”が泣かせる。
慣れないビジネス環境に戸惑いながら、ここで望郷の念を抱いて歌い明かした日本人企業戦士は、これまでどれだけいたのだろうか。思わず想像を巡らせてしまったボクであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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