シトロエン・グランドC4ピカソ セダクション(FF/6AT)
ミニバンのシトロエン的転回 2015.02.23 試乗記 退屈なミニバンも、シトロエンが手がけるとこんなに楽しくなる。小田急ロマンスカーもかくやの前席視界を備え、シトロエン的発想に満ちた「グランドC4ピカソ」でショートツーリングに出かけた。7人乗りの「グランド」が主役
今度は最初から5人乗りと7人乗りの両方を取りそろえてきたのが、新型「C4ピカソ」シリーズだ。先代モデルでは7人乗りのみの輸入だったが、新たにショートボディーの5人乗りも入ることになった。
だが、ミニバンの国で売るには、やはりメインは7人乗りの「グランド」であるらしく、「エクスクルーシブ」のみのC4ピカソ(364万1000円)に対して、グランドは「セダクション」(試乗車)を加えた2グレード体制をとる。セダクションでよければ、C4ピカソより約10万円安く、エクスクルーシブ同士で比べても、グランドとC4ピカソの差は20万円ほど。7人乗りのほうが買いやすい設定になっている。
日本ではシトロエンのなかにあってもマイナーな存在だが、ピカソはヨーロッパでは人気モデルである。最初にこの名前が登場したのは1999年の「クサラ ピカソ」。2006年のモデルチェンジでファミリーネームがC4に変わってからも、パブロ・ピカソ自筆のサインから起こしたエンブレムを引き継ぐ。
しかし、こんな名前のクルマが出てくるところをみると、やはりフランスという国は日常生活と芸術との距離が近いのかなと思う。画家の名をクルマにつけるマインドは、日本人にはないだろう。だって、「トヨタ・オカモト(太郎)」とか、「ホンダ・イケダ(満寿夫)」とか、「レクサス・ヨコヤマ(大観)」ってことでしょ。ただし、ピカソもあくまでサブネームで、「シトロエン・ピカソ」のように単独では使えない。遺族との契約らしい。
特等席は最前席
凡百のミニバンがどこでもドアならぬ「どこでも家」なら、C4ピカソは「どこでも小田急ロマンスカーの最前席」である。
屋根の鉄板がはげ上がったように後退し、そこへフロントウィンドウが大きく食い込んでいる。加えて、左右のフロントピラー類はぎりぎりまで細い。前、横、上、三方ガラス張りみたいな前席のサプライズシートは先代からの特徴だが、ピラーのデザインが変わって、ますます明るさに磨きがかかった。
自慢じゃないが、筆者は競争激甚な小田急ロマンスカー最前席に座ったことがある。あまつさえ、そこで駅弁も食べたことがある。だが、ロマンスカーの先頭だって、こんなに真上の空までは見えない。このクルマなら、うっかり停止線をオーバーしても、上の信号が見えないなんてことはない。そうとう近づいても、富士山が山頂まで拝める。東京湾アクアラインの海上道路を走りながら、羽田へ向かって高度を下げてゆく旅客機がずっと追えた。もちろん、前を見るのが安全運転の基本ではあるが、前方視界を全体の一部に感じさせるほどの広大な視野はC4ピカソ標準装備の楽しさである。
ただし、暑い季節になると、前席乗員は上からの直射日光に焼かれる。そのため、サンバイザーは16cm前方にスライドし、そこでパタンとめくれば、全部で36cmの日よけを出すことができる。
ルーフにはパノラミックガラスルーフも標準装備される。2列目以降の人に恩恵をもたらすガラス屋根だ。しかし、前席の開放感にはかなわない。2列目シートは15cmスライドするが、いちばん後ろに引いても、だだっぴろいというほど広くない。荷室床下からポップアップするサードシートは、体育座りの姿勢をしいられて、大人には窮屈だ。なんとしても最前席を取りたいミニバンである。
「C5」よりハイドロっぽい
最前席のなかでも、このクルマの特等席はドライバーズシートである。ミニバンなのに、ドライバーズカーとしても楽しいからだ。
C4ピカソよりホイールベースで8cm、全長で17cm長いグランドの魅力は、なまめかしいほど滑らかな乗り心地だ。足まわりは基本、「プジョー5008」と同じはずだが、おうように揺れる身のこなしは、ハイドロニューマチックの「C5」よりもむしろハイドロっぽさを感じさせる。
しかも、ワインディングロードで攻めの走りをすれば、人が変わったように低く構えて、フレンチコンパクトのように振る舞う。ボディーがむやみに大きくないのも効いている。4600mmの全長や1670mmの全高は、7人乗りミニバンとしては控えめだ。
エンジンは165psの1.6リッター4気筒ターボ。BMWと共同開発したおなじみの直噴ユニットだ。グランドは5人乗りより70kg重いが、パワーに不満はない。
変速機はアイシンAWの6段ATに刷新された。先代のロボタイズドMTもワルくはなかったが、変速マナーの滑らかさにはさらに磨きがかかった。往年の「シトロエンDS」にオマージュをささげたハンドル右側に突き出す細いシフトレバーは受け継がれている。
この開放感に慣れてしまうと……
17インチホイールのエクスクルーシブに対して、セダクションは16インチ。そのほか、セダクションでは車間距離警報や車線逸脱警報やアダプティブ・クルーズコントロールなどが省かれ、ヘッドランプがバイキセノンではなく、ハロゲンになる。でも、ピカソの創作テーマは、だれしもアッと驚く前席ビューだから、ノーマルだろうがグランドだろうが、セダクションだろうがエクスクルーシブだろうが、大した違いはない。
計器類はカラー液晶のセンターメーターである。アナログメーターにしたり、ボビン型にしたり、ウインカーの音を変えたり、いろいろ工夫できるのだが、表示も設定も言語は英語で、日本語は出ない。13カ国の言葉が選べるが、いずれもサッカーの強い国ばかりで、日本は入っていないのだ。「欧米かッ!?」である。日本語版のトリセツも、この項目ではかなり放置プレーだ。こうしたオリジナルのインターフェイスを売りにするなら、日本語対応にすべきである。
しかし、アメイジングな前席の視界と、コンフォタブルな乗り心地は、ほかでは得られない魅力である。こんなに浮世離れした、所帯じみていないミニバンも珍しい。ただ、このクルマの視界に慣れてしまうと、次に乗り換えたとき、どんなクルマもチョップトップみたいに窮屈に感じてしまうのではないか。それが最大の欠点かもしれない。
(文=下野康史<かばたやすし>/写真=高橋信宏)
テスト車のデータ
シトロエン・グランドC4ピカソ セダクション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4600×1825×1670mm
ホイールベース:2840mm
車重:1550kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段AT
最高出力:165ps(121kW)/6000rpm
最大トルク:24.5kgm(240Nm)/1400-3500rpm
タイヤ:(前)205/60R16 92H/(後)205/60R16 92H(ミシュラン・エナジーセイバー)
燃費:14.6km/リッター(JC08モード)
価格:353万9000円/テスト車=359万8400円
オプション装備:ボディーカラー<ブルー テレス>(5万9400円)
テスト車の年式:2014年型
テスト開始時の走行距離:1592km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(5)/山岳路(1)
テスト距離:259.2km
使用燃料:30.1リッター
参考燃費:8.6km/リッター(満タン法)/11.3km/リッター(車載燃費計計測値)

下野 康史
自動車ライター。「クルマが自動運転になったらいいなあ」なんて思ったことは一度もないのに、なんでこうなるの!? と思っている自動車ライター。近著に『峠狩り』(八重洲出版)、『ポルシェよりフェラーリよりロードバイクが好き』(講談社文庫)。
-
スズキ・エブリイJリミテッド(MR/CVT)【試乗記】 2025.10.18 「スズキ・エブリイ」にアウトドアテイストをグッと高めた特別仕様車「Jリミテッド」が登場。ボディーカラーとデカールで“フツーの軽バン”ではないことは伝わると思うが、果たしてその内部はどうなっているのだろうか。400km余りをドライブした印象をお届けする。
-
ホンダN-ONE e:L(FWD)【試乗記】 2025.10.17 「N-VAN e:」に続き登場したホンダのフル電動軽自動車「N-ONE e:」。ガソリン車の「N-ONE」をベースにしつつも電気自動車ならではのクリーンなイメージを強調した内外装や、ライバルをしのぐ295kmの一充電走行距離が特徴だ。その走りやいかに。
-
スバル・ソルテラET-HS プロトタイプ(4WD)/ソルテラET-SS プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2025.10.15 スバルとトヨタの協業によって生まれた電気自動車「ソルテラ」と「bZ4X」が、デビューから3年を機に大幅改良。スバル版であるソルテラに試乗し、パワーにドライバビリティー、快適性……と、全方位的に進化したという走りを確かめた。
-
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】 2025.10.14 2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。
-
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】 2025.10.13 BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。