第398回:プリペイドSIMがあれば歩いてゆける、この東京砂漠
2015.05.15 マッキナ あらモーダ!日本滞在中モバイル奮闘記
日本では外国人旅行客増加を背景に、2014年から短期滞在者向けのモバイル用プリペイドSIMカードの販売が活発化してきた。ということで、今回はそのお話。
イタリア在住のボクにとって、出張時のモバイル通信手段は頭の痛い問題だ。ボクが普段イタリアで使っているのは、この地で一般的なプリペイド方式のSIMカードを入れたスマートフォンである。例えば、隣国であるフランスやスイスで使用するには、国境を越えて一歩踏み込んだ途端、ローミング料金が必要となる。音声通話やショートメッセージは、欧州連合(EU)の政策・指導によって以前よりずいぶん安くなった。しかし、インターネットの使用は、格安プランを申し込んでも、いまだにかなり高い。日本での料金は推して知るべしで、えらい高額になる。
思い起こせば1990年代の末、ボクは日本に行くたびポケットベルを契約しては出国時に解約していた。かつて「ポケベルが鳴らなくて」という歌謡曲ができるくらいポケットベルが普及していた時代とは対照的に、すでにオワコン的デバイスだったが仕方なかった。
やがてPHSや、今でいうガラケーを使うようになっても、同様に契約と解約を繰り返した。だが、何年かすると、例の「◯年縛り」および「違約金」の制度が導入され、日本在住の人と同様の契約が困難になってしまった。
そんなボクを救ってくれたのは、一部の移動体通信会社が提供するプリペイド携帯電話だった。ただし、携帯メールやショートメッセージの送受信はできるものの、インターネット接続できないため、普段使っているメールがチェックできない。
仕方ないので、入りたくもないネットカフェで禁煙のマットレス席を選び、パソコンを借りては無料ドリンク片手に基本時間内にメールチェックした。やがて犯罪防止の観点から身分証掲示およびメンバーズカード発行制度が導入され、気がつけば都内各地のネットカフェのメンバーズカードが、お年寄りの財布の診察券のごとくたまっていた。
2年ほど前、ようやくその呪縛から解放してくれたのは、「レンタルWi-Fiルーター」だった。1カ月借りて7000円前後。日本到着前にホテルへ配送しておいてくれるうえ、使用後も空港の郵便ポストからレターパックで返却すればいい。1台持っていればスマートフォン、タブレットからラップトップまで何でも接続できる。そのうえ通信量は無制限。これはいい。ただし、これにもデメリットがあった。常に端末と一緒に持ち歩かなければならないし、バッテリーが丸1日持たないのだ。
身軽なスマートフォン1台で動き回っている人々がいる中で、日本人なのにまともなモバイル生活ができない。内山田洋とクール・ファイブが大都会・東京の冷たさを歌ったムード歌謡「東京砂漠」を思い出した。
使用開始まで、ひと山ふた山
かわって先月のこと、羽田空港に降り立ったら、直結の京浜急行の駅で「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」ののぼりが出ていた。ベーシックアカウントでも国内6万カ所において無料でつながるという。これはいいぞ、ということで、早速キャンペーン要員のお兄さんの説明に従い、自分のiPhoneに空港の無料Wi-Fi経由で専用アプリをダウンロードしてみた。しかし利用できない。理由は即座に判明した。ボクのApp Storeの国設定が「日本」になっているためだった。海外の設定にすればよいのだそうだが、それも面倒である。単にシステム的理由にもかかわらず、「いったいボクはナニ人なんだ?」という、飛躍した不安に駆られてしまった。
幸か不幸か、今回は前述のWi-Fiルーターも予約していなかった。そこで初めて、冒頭の短期滞在者向けプリペイドSIMカードを購入してみることにした。
空港ターミナルでも売っているが「1カ月1GBで税込み4500円」と割高である。そこで空港からその足で、都内の家電量販店に赴いてみた。すると「1カ月3GBで税込み3980円」という商品があった。ところがボクのiPhone用規格であるナノSIM仕様は売り切れ。翌日、別の量販店でようやくそれを見つけた。1カ月2GBで税込み3590円だった。
ところが、次なる試練が待ち構えていた。どのコーナーに行ってもSIMトレイを開けるピン(ダイソンの扇風機のような形をしたやつ)を貸してくれないのだ。アップルのコーナーに行っても「ここは販売のみですから」という、すげない返事。ようやく数人目で「自己責任でお願いします」という冷たい言葉とともに貸してくれた。
こんな風に言われてしまうと「よっしゃ、いっちょ貸してみろ。俺がやってやる」と、責任の所在不明ながら、何でも引き受けてくれるイタリアの店が懐かしくなった。
次なる試練は、アクティベートするのに必要な専用アプリのダウンロードだった。店内のどのコーナーに行っても客用のWi-Fiがない。まあ、やってくる顧客に次々つながれては切りがないから仕方がないのだろうが、「スターバックスとかでつないでください」とぶっきらぼうに言われたときは、再び心の中で「東京砂漠」が響いた。
結局ホテルに電車で戻って、客室内Wi-Fiに接続してアプリをダウンロードし、SIMをアクティベートした。日頃はイタリアで使っているモバイルWi-Fiルーターは3G仕様のため、「LTE」の文字がディスプレイ上に出たときは、感激のあまり思わず「ウォーッ!」と独り雄たけびをあげてしまった。
参考までに、後日見つけたのだが、外国人観光客比率が多い六本木には、SIMカードを買えば店内のWi-Fiを使わせてもらえる(即開通できる)店があるので記しておこう。
上海でもトライ
次なるボクの目的地は、中国・上海である。現地で旅行者用のSIMカードを購入すればよいのだろうが、限られた時間にそれも面倒だ。ということで出発前、東京で調べたところ、ある海外スマートフォンショップで購入できることが判明した。「チャイナ・ユニコム」のSIMカードで、価格は税込み2380円だ。通信規格は3Gだがボクが日本で買ったSIMカードとは違い、音声通話付きである。90日80香港ドル(約1300円)分の通信料が含まれている。実際東京の店に赴くと、幸いナノSIM用もあった。
上海到着後、早速そのSIMカードに差し替え、購入時に店頭で伝授してもらった方法でアクティベートを試みる。
まず日本のAPN(アクセスポイントネットワーク)を削除しなければならない。次に説明書に従い、中国用SIMのAPN設定を行う。どうやらボクの操作手順が悪かったらしく、携帯メッセージを通じて、3回も失敗の通知が来た。それも中国語オンリーなので、字面から深刻ムードが増す。
再び説明書をよく読むと、「どこでもよいので1本電話をかければ、開通」という内容だった。Wi-Fi環境必須の日本と対照的な良い方式だが、中国でかける相手がいない。思い切ってイタリアのわが留守宅にかけたら、あっけなく開通を知らせるメッセージが、今度は英語で舞い込んだ。
次にデータ通信のプランを選ぶ。7日300MB/48香港ドルか、1カ月500MB/68香港ドルの2種類で、ボクは後者にした。金額は前述の80香港ドルから差し引かれるかたちだ。
早速ネットサーフィンをする。ちなみに、いつものように自分のフェイスブックのアプリをタップすると、なんと開くではないか。後日知ったことだが、フェイスブックが禁止されている中国でも、上海に限っては一部地域で、すでにその利用が解禁されていたのだ。
「太陽にほえろ!」時代が懐かしい
最後に、ボクが日・中両国でどれくらいの容量を使ったかを記しておこう。
上海では、500MB中、約4割にあたる209MBを使ってしまった。滞在していたアパート式ホテルのWi-Fi通信状況が悪くて、たびたびモバイル通信に頼ったことや、モーターショー取材で丸2日つなげっぱなしにしていたことが背景にあろう。
一方、日本では約半月滞在しても、2GB中536MBしか使わなかった。1日にするとわずか約35MBである。ホテルに帰ったら客室内のWi-Fiに切り替えたのはもちろん、動画視聴もグッとこらえ、果ては都バスに乗れば車内Wi-Fiを使うなど、こつこつ節約したこともあろう。たとえ1GB版を買っても十分足りたことになる。
それにしても、SIMカードとは厄介なものだ。その小ささゆえ、旅行中は紛失しないよう細心の注意が必要だ。間違ったら刺さりそうなピンも携帯しなければいけない。
さらに、中国から再び日本に戻ってきたときは、日本のSIMカード用アプリを再度ダウンロードしなければならない。この先、欧州各国でも短期滞在用SIMカードが充実してきたら、いったい何枚を持ち歩く必要があるかを思うと、先が思いやられる。
「吹けば飛ぶような将棋の駒に」は演歌「王将」の歌いだしだが、「吹けば飛ぶようなナノSIMに」と、思わずこぶしをきかせて歌ってしまった。かねてアップルでは、SIMカードの働きをiPhone本体のソフトウエアに行わせる技術を開発中といううわさがあるが、早く実現してほしいものである。
東京で「webCG」編集部に赴いたあと、ビルの玄関を出ると公衆電話ボックスがあった。思えば往年の刑事ドラマ「太陽にほえろ!」では、小野寺昭演ずる「殿下」も、竜雷太演ずる「ゴリさん」も、石原裕次郎ふんする捜査第一係長への状況報告に、タバコ屋から赤電話を使っていた。固定電話でも、生きてゆけたのだ。
SIMカードに翻弄(ほんろう)されたあと、ダイヤルするだけで誰でも簡単に使えたデバイス(固定電話)が、妙に懐かしくなったボクであった。まあ、自宅生の女子宅に電話をかけたとき、最初に彼女の親を通さなければならなかったのだけはつらかったが。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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