第103回:1984-1997-2017――未来は変えられるのか?
『ターミネーター:新起動/ジェニシス』
2015.07.09
読んでますカー、観てますカー
シュワちゃんもロボットも年をとる
『マッドマックス』に続き、大作がリブートする。1984年の『ターミネーター』、1991年の『ターミネーター2』に続く3作目が『ターミネーター:新起動/ジェニシス』だ。2000年代に入ってから『T3』と『T4』が作られているが、あれは正式になかったことになった。ジェームズ・キャメロンが「私にとってはこれが3作目」と話していたから間違いない。ストーリーも、『T2』から直接つながっている。
驚くべきは、主人公をアーノルド・シュワルツェネッガーが演じていることだ。『マッドマックス』はメル・ギブソンからトム・ハーディに交代したが、シュワちゃんは31年の時を経て同じ人物、いや同じロボットの役をこなしている。第1作はボディービルダーとしての名声が頂点に達したころで、まぶしいほどのマッチョマンだった。今や彼も67歳。州知事をやったり家政婦に子供を産ませたり、いろいろな経験をして顔には深いシワが刻まれている。だいたい、ロボットなんだから年をとるのはおかしいではないか。
しかも、『ジェニシス』には若いころのシュワちゃんも出てくる。どちらも量産型殺人マシンのT-800だ。大量生産されているのに明らかに容貌が違うことには理由があった。中身はメカでも、外皮には生体組織を使っているため経年劣化してしまうのだ。初期の製品なので、そのへんの詰めが甘い。
もともとタイムスリップの話だから込み入っているのだが、今回は“新起動”ということで新たな設定が加わり、さらにわかりにくくなっている。まずは『T1』と『T2』の出来事をおさらいしておこう。
『T1』とは別の1984年が舞台
『T1』は1984年公開で、舞台は同じ年のロサンゼルスだ。2029年の世界では人工知能のスカイネットが反乱を起こして人類が絶滅寸前に追い込まれていたが、英雄ジョン・コナーの活躍で抵抗軍が勢力を盛り返していた。スカイネットはタイムマシンでT-800を1984年に送り、ジョンの母親であるサラ・コナーの殺害を企てた。そうすればジョンは生まれず、人類の反撃を阻止することができる。
抵抗軍はサラを守るために兵士カイル・リースをタイムマシンに乗せた。『T1』では死闘の末にカイルがT-800を破壊する。しかし、『T2』では新型のT-1000がサラとジョンを襲ってきた。液体金属でできていて、一度触れたものなら何にでも変身できる能力を持つ。銃で撃ってもすぐに再生するから厄介だ。超強力なマシンに対抗したのは、敵だったはずのT-800である。未来のジョンがプログラムを変えてサラとジョンを守るように改造して送り込んできたのだ。T-800はT-1000を溶鉱炉に落として始末し、CPUを悪用されないように自らも煮えたぎる鉄の海に沈んでいった。
『ジェニシス』では、抵抗軍がスカイネットを追い詰め、完全勝利を収めようとしていた。しかし、機械軍は機能を停止する寸前にT-800を過去に送り込む。サラを守るために後を追ったのは、もちろんカイル・リースだ。カイルが1984年のロサンゼルスに転送されると、襲ってきたのはT-1000である。危機に陥ったカイルを救ったのはサラだった。『T1』ではカイルがサラを守ったのに、逆の立場になっている。
ジョンは先回りしてサラが9歳の時にT-800を送り込んでいたのだ。サラは父親代わりのT-800に育てられ、屈強な戦士に成長していた。ワルモノのT-800とT-1000を破壊し、サラとカイルは2017年に向かう。『T1』では1997年が「審判の日」だったが、タイムラインが書きかえられてしまったため、スカイネットは2017年に行動を起こすらしい。
日本ではハイソカーが大人気
『T1』公開時には1997年は遠い未来だったが、現在の観客は1997年に何が起きたかを知っている。「審判の日」を先送りしなければ、説得力を持たせるのは難しい。2017年なら、この映画のような事態が発生する可能性が十分にある。『チャッピー』を紹介した時にも触れたが、ホーキング博士やテスラのイーロン・マスクは、人工知能に人類が滅ぼされる恐れについて語っている。
1984年は、ジョージ・オーウェルの『1984』の舞台になった年である。1948年に執筆されたこの小説では、4と8が入れ替わった未来に“ビッグ・ブラザー”による独裁政治が行われる世界を描いた。第2次世界大戦が終わった直後であり、明るい展望を持てるような状況ではなかったのだろう。実際の1984年には、アップルがマッキントッシュを発売している。IBMの中央集権的コンピューターをビッグ・ブラザーになぞらえ、パソコンで個人の自由を取り戻そうと呼びかけた。
日本はバブル前夜の時期で、街には浮かれ気分が漂っていた。テレビでは松田聖子、中森明菜、小泉今日子をはじめとする女性歌手が活躍し、アイドル黄金時代を迎えていた。「三菱ミラージュ」のCMに登場したエリマキトカゲが大人気となったが、クルマの売れ行きはさほど伸びなかった。世の中はハイソカーブームで、8月にフルモデルチェンジして5代目となった「トヨタ・マークII/チェイサー/クレスタ」3兄弟が中心モデルとして脚光を浴びていた。
日本人は“ジャパン・アズ・ナンバーワン”とおだてられて本気にし、明るい未来がやってくることを確信していた。マークII3兄弟には翌年2リッター直6 DOHCツインターボエンジンが追加され、日本初のツインカム・ツインターボエンジンのハイパワーが熱狂的に支持された。『T1』を観た人も、1997年が本当に“審判の日”になることに気づいていなかった。
一筋の光をもたらした「プリウス」
1997年は、バブル崩壊の現実が一気に顕在化した年である。隠し続けていた巨額損失が表面化し、金融機関が相次いで経営危機に陥った。バブルに浮かれた罪に対し、マーケットが審判を下したのだ。北海道拓殖銀行や山一証券が破綻し、野村証券や第一勧業銀行の幹部が不正に関わったとして逮捕された。神戸で起きた連続児童殺傷事件が暗い影を落とし、消費税増税が不景気に拍車をかけた。子どもたちは「たまごっち」にハマり、大人は薄っぺらい官能小説でウサを晴らしていた。
沈滞した社会に一筋の光をもたらしたのは、「トヨタ・プリウス」だった。環境問題が深刻化する中、「21世紀に間に合いました。」というキャッチコピーを掲げて世界初の量産型ハイブリッドカーが登場したのだ。ハイパワーに胸を高鳴らせていた1984年には想像もできなかった未来だが、新世紀に向けて必要とされる価値はまったく別のものになっていた。
『ターミネーター』シリーズが一貫して語っているのは、未来は変えられるという信念である。映画で描かれた1984年と1997年を振り返ってみると、現実の日本では大きく時代が転換していたことがわかる。残念なことにまだタイムマシンが開発されていないので、過去を書き換えることはできない。
『ジェニシス』では、2017年がターニングポイントとなる。戦いを終えた彼らは、「フォードT-350」に乗って平穏な生活に戻っていく。2年後の現実が穏やかで平和なものになるかどうかは、われわれが今いかに行動するかにかかっている。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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