第15回:自転車――改正道交法が語る“意味”(その4)
大人げなかった話(前編)
2015.07.16
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
シートベルトの効果を大々批判
ああ、俺もずいぶん大人になったものだ、と、改正道交法が語る意味に思いを巡らせながら実感する私なのだった。あの頃は、確かに大人げなかったな、と。
“あの頃”というのは30年近くも前、「第2次交通戦争」と呼ばれた時代の初期、このままでは交通事故死者数が1万人を超えてしまうのも時間の問題と言われていた頃である。
そんなある日、『月刊交通』(警察庁・交通局編)なる雑誌に「シートベルト――その歩みと展望」という記事が唐突に掲載された。
おやッ、と思うわけである。
このタイミングでシートベルト問題。しかも、記事を読み進めてみると、シートベルトを着用することによる劇的な安全効果がそこに書いてあるではないか。
で、ピンとくるわけだ。
警察は、シートベルト着用を義務化するつもりだな――と。
記事には「昭和58年の交通事故統計に基づく、シートベルト着用による被害軽減に関する定量的推計」が紹介されており、こんなふうに続いていた。
「……以上の統計数値に基づき、四輪車単独事故および四輪車相互事故における、前席乗車中の者の交通事故死者、重傷者、軽症者の数が、シートベルトの着用率の向上によって、どの程度減少するかに関する推計を行ってみた結果は表の通りである」
数学とか統計とか、その類いの分野にはまるで疎い文科系の私である。掲載された計算式を見ても初めのうちは「ふ~ん」の感想しか浮かばなかった。けれど、やがて、え~ッ、ちょっと話がおかしいんじゃないの、となった。
おかしいよ、これ――と。
計算式(注・省略)の基になった数字は第2次交通戦争の時代に突入する直前、交通事故死者数が9520人に達した1983年(昭和58年)のもので、自動車乗車中のうちの前席乗車中に死亡した「3077人」について検討していた。シートベルトの着用率が上ると、この3077人という数はどのように減少していくか、という計算だった。
着用率が50%になれば3077人は2074人にまで減り、60%なら1709人に、90%にまで上れば3077人は615人にまで減る、計算式によるとそうなっていた。シートベルトの絶大な効果を統計学で導きだしたわけである。
で、私は、この記事を大々批判する記事を書いた。
・この計算は、証明できるわけがない「交通安全のお守りの効果」を証明しているのと同じだ。
・シートベルトの着用率が上がっても、この計算どおりに事故死者が減ることは絶対に絶対に絶対に絶対にない。
と、記事の内容を4行要約するとこんな感じだった。
すると……
シートベルト着用の効果は?
記事がでて間もなく、こんどは逆に、全日本交通安全協会の機関誌が、私の記事を名指しで大々々々々々批判する記事を書いた。
シートベルト問題を正面切って批判するジャーナリストがいなかったせいか(いたのかもしれないが、私は見たことがなかった)、私の記事に対する風当たりはすごく強くて、私の周囲の人たちからも批判の言葉が飛んできたものだった。
「シートベルト着用の効果」と「交通安全のお守りの効果」を同一で語るなんて……。
それからしばらくして、案の定、シートベルトの着用が義務化されている。そして、さらに1年が過ぎた。つまり、シートベルト着用の効果のほどがわかる日が到来したわけだ。
結果は?
私は、そこでまた記事を書いた。
「ほら、俺の言ったとおりだったじゃないか」――と。
シートベルトの着用率は、義務化によって90%をはるかに超えていた。計算どおりにコトが運べば、前席乗車中の事故死者は少なくとも2000人以上は減少し、交通事故による死者の総数は大幅に減るはずだった。だが、そうはならず、「減る」どころか事故死者数は増加を続け、揚げ句、1992年(平成4年)には、第2次交通戦争のピークを迎え、死者数は1万1451人にまで達してしまったのだった。
ほら、俺が正しかった。
なぜ?
理由は簡単だった。
(つづく)
(文=矢貫 隆)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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