第305回:ホンダの歩行訓練機器「Honda 歩行アシスト」を体験
2015.07.24 エディターから一言 ![]() |
本田技研工業が、ヒューマノイドロボット「ASIMO」で培った歩行理論をもとに研究・開発した歩行訓練機器「Honda 歩行アシスト」。その発表体験会に、ノンフィクションライター矢貫 隆が参加した。
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新鮮な体験
なに、これ!?
Honda 歩行アシスト(以下、歩行アシスト)を装着して歩きだした瞬間、思わず口を突いてでた言葉だった。
すごいね、これ。
歩行アシストは歩行訓練の必要がある人のための装置ではあるけれど、健常者が使用してもエネルギー効率に明らかな改善が起こると確かめられているという。最大速度で歩いても、あるいは快適速度で歩いても酸素消費、心拍が下るというのだ。その数値は実感できないにしても、これを装着して歩く感覚は、とにかく新鮮だった。
ふ~ん、ASIMOの技術って、こんなふうにも使われてもいるんだなァ……。
感心しきりの私だったが、次の瞬間、唐突に朝野礼子の言葉が浮かんできた。
朝野礼子というのは、つい最近、四十数年ぶりのクラス会で再会した中学校時代の同級生である。アイドルタレント顔負けの美少女だった朝野礼子。世間が「ババア」と呼ぶ年齢になったいまも、私の目に映る彼女は、卒業式の日に笑顔で手を振っていた15歳のかれんな少女のままであり、私の永遠のアイドルでもある。
「思い切って言うわ……」
「やぬき君、私……」
「私、膝が痛いの」
「膝が痛くて歩くの大変なの」
コンドロイチンもヒアルロン酸も私の膝を助けてくれないと、消え入りそうな声でつぶやいた朝野礼子、加齢って容赦がないのよ、と悟ったように言う朝野礼子。こう続けた。
「歩行アシストって、な~に?」――と。
歩行アシストの発表会が実施されたのは、歩くのに難儀している朝野礼子の打ち明け話を聞いた数日後のこと。秩父宮ラグビー場のとなり、北青山のTEPIA 先端技術館で、だった。
ホンダが、ASIMOにも応用されている歩行理論(=倒立振子モデルという二足歩行理論)をもとに1999年から研究を続けてきた歩行アシスト。すでに2年前から全国50ほどの病院・施設で実験的に使われていたが、病院やリハビリテーション施設を対象に、2015年11月からリース販売を開始することになり、それに先駆けての発表会である。
本体は軽いのに、力強くアシスト
発表会場には雑誌やら新聞やらテレビやら、もちろんウェブサイトも含め、とにかく多数のメディアが詰めかけていて、歩行アシストの注目度の高さを感じさせていた。
60人とか70人とか、それくらい集まった記者の半分くらいが一斉に移動した先は、炎天下の、歩道に面した撮影スペースである。歩行アシストを装着したモデルが行ったり来たりの様子をカメラが狙い、平日午前の北青山の歩道を行き交う人たちが「いったい何事?」とばかりに取材の様子をのぞき込んでいた。
歩行アシストを装着して、私も実際に歩いてみた。
制御コンピューターやバッテリーを内蔵した「腰フレーム」を腰ベルトで固定し、それから「大腿(だいたい)フレーム」を固定すれば装着は完了。実験をスタートさせたばかりの時期、最初に作ったモデルは重さが16kgもあったというが、その後、改良を重ね、バッテリー込みで約2.7kgにまで軽量化された歩行アシスト。何らかの事情で歩行に障害がある高齢者が装着したとき、彼らがどんな感想を抱くかは想像もつかないが、少なくとも、病気もけがもない、やや高齢の私は、この重量を“重い”とはまるで感じなかった。
あとはスイッチONで歩きだすだけだ。
じゃあ、階段の昇り降りを体験してみるよ、と歩き始めてすぐの、びっくり、だった。
なに、これ?!
撮影用のモデルが歩く姿を見ても何も伝わってくるものはなかったけれど、いざ自分が体験すると、びっくり、なのである。
感覚としては、大腿フレームが私の大腿を引っ張り上げるような、そんな動きと言ったらいいだろうか。私が歩く力の5~8%しかアシストしていないのだというが、もっと大きな力で手伝ってくれているように感じた瞬間、電動アシスト付き自転車を連想したけれど、いや、それはたとえが違う。事前に、開発者が「パワーアシストではありません」と言っていたのを思いだした。
歩行アシストの特徴
歩行アシストは、歩きだした私の、最初の2歩か3歩で私の歩き方を学習し、歩幅とか歩行タイミングを制御してモーターを駆動することで、歩行のきっかけとかリズムを与えてくれている、そういう機構になっているのだと聞いた。つまり……。
つまり?
朝野礼子ほどでないにしても膝痛を抱える私だが、それを除けば私の歩きは健常者のそれである。歩行アシストは、その私の歩き方を分析して私に適したリズムでモーターを駆動したわけだから、装着者が、たとえば大腿骨を骨折し、術後のリハビリ中だとすると、彼の、その時点での歩き方に同調したリズムを刻むことになる(=歩行動作の誘導=追従モード)。これが歩行アシストの第1の特徴。
ほかに、装着者の歩行パターンをもとに左右の脚の屈曲、伸展のタイミングが対称になるように誘導(=対称モード)したり、もうひとつは、歩行中の重心移動をスムーズに行うロッカーファンクション(=かかと→足裏→つま先と重心移動をスムーズに行う脚部の動作)の機能回復のためのステップ誘導(=ステップモード)をしたりする。この3つを主な特徴とする歩行アシスト。
つまり?
歩行アシストは、たとえば脳卒中とか股関節の術後とか、大腿骨の骨折の術後であるとか、そういった状況下でリハビリテーションとしての歩行訓練が必要な人、およそ40万人いるだろうといわれている、そうした人たちを対象とした装置、なのである。そして、歩行アシストを使用した際に表れる顕著な成果は、過去2年間の実験的な使用で確認されているのだという。
全国の病院やリハビリテーション施設などを対象に、初年度450台をリース販売(2015年11月販売開始予定)する計画で、価格は1台あたり月額4万5000円、3年間のリース契約。
かつて、埼玉県所沢市にある国立リハビリテーションセンターで長期の取材を続けた時期がある。
あの頃、毎日のように通った理学療法室、そこで見た歩行訓練。ずいぶん重度な障害を負った人たちのリハビリテーションだった印象があるけれど、そう遠くない将来、あれと同じようなリハビリテーションの現場で、歩行アシストを使っての歩行訓練が日常的な風景になるのかもしれない。
私の頭のなかで、そんなシーンが広がった。
(文=矢貫 隆/写真=webCG)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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