メルセデス・ベンツS300hエクスクルーシブ(FR/7AT)
これぞSクラスの決定版 2015.11.09 試乗記 「Sクラス」のエントリーモデルにして、日本市場初のディーゼルハイブリッド車「メルセデス・ベンツS300h」に試乗。ディーゼルエンジンとモーターが織りなす走りは、最上級サルーンにふさわしいパワーとマナーを備えているのだろうか?今やハイブリッドが“買い得グレード”に
新しいS300hの末尾“h”がハイブリッドを意味するのは、レクサスと同じ命名ロジックである。
先代Sクラスに用意されていたハイブリッドの車名は「HYBRID」といういかにも長ったらしい表記だった。性能的にもヒエラルキー的にも、どことなく実験的なニッチモデルの雰囲気を醸し出していた。現行「Eクラス」にもハイブリッドがあるが、車名のわずらわしさや実験的(というか様子見的)な性格が否定できないのは先代Sクラス同様である。
しかし、新しいSクラスでは、ハイブリッドであることをことさらに強調しない。末尾の小文字アルファベットで素性をシレッと表現するだけ。大切なのは車格を示す「300」という3ケタ数字のほうである。
というわけで、今回の主題であるS300hはハイブリッドであると同時に、その数字からイメージされるとおり、新しいSクラスのエントリーモデルでもある。そのひとつ上に位置づけられるのが、先に発売された「S400h」だ。今のSクラスのラインナップはこうして、ハイブリッドがなに食わぬ顔(?)で、買い得グレードとして座るようになった。
ちなみにS300hはドイツをはじめとするEU市場でも、同じくSクラスのエントリーモデルとして販売される。先代Sクラスにハイブリッドが登場したときなどは「ドイツもとうとうハイブリッドの軍門に下ったか!?」だの「いや、欧州人はハイブリッドなど認めていない。ただのポーズだ」と賛否両論うずまいたものだが、時代も変わったものである。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
モーターのみでスルリと発進
「300」という数字が今やエンジン排気量を想像するヒントにすらならないのはご承知のとおりで、S300hに搭載される内燃機関は2.15リッター4気筒ターボディーゼルだ。現行メルセデスの多くの機種で「220d」と呼称されるアレである。
エンジン単体でも51.0kgmという「5リッターなみ」と表現される最大トルクを供出するのだから、「S220d」でもいいのでは……と私のようなシロートは思いがちだが、実際には日常の柔軟性や燃費面などで、さすがにキツいものがあるのだろう。そこでSクラスでは、そこに電動モーターをアシスト役にプラスして「300」を名乗るわけだ。
そのアシストモーターのスペックは27ps/25.5kgm。ドイツ車情報に敏感な向きはすでにお気づきだろうが、その基本システムは現在のS400hや「E400ハイブリッド」、および先代「Sクラス ハイブリッド」などと共通である。これは独ボッシュ社が供給する汎用(はんよう)性の高いハイブリッド機構で、他のドイツ車メーカーも好んで使っているものだ。
S300hのパワートレインの作動感も、既存のボッシュ系ハイブリッドと酷似する。リチウムイオンに十分な電力があれば、発進時は電気でスルリと転がり出して、しかる後にディーゼルが目覚める。その後も電気だけで縦横無尽に走るほどのスペックはもたされていないが、必要とあらば、走行中にも頻繁にエンジンを停止させる。とくに100km/hレベルの高速時になると、積極的に電気走行やコースティング(=タイヤと動力システムを切断しての惰性走行)を選ぶのは、いかにもドイツ車らしいセッティングともいえる。
静かで上品
トータルの動力性能は「300」という数字から想像するよりも確実に活発だ。60~70km/hからの追い越し加速では、身体がシートバックに押しつけられる程度のパンチもある。さすがに上り勾配でスロットルを深く踏み込む領域での速さは「400」や「500」にかなうべくもないが、トータルでは「意外なほど力強い」というのが正直な印象だ。
新しいS300hは、日本初のディーゼルハイブリッドであると同時に、ディーゼルそのものも、Sクラスとしては数十年ぶりの正規輸入モデルでもある。
ときおり耳に届く音はたしかにディーゼルだが、さすがはSクラス、はるか遠くから漏れ聞こえてくるにすぎない。しかも、「アイドルストップからの再始動」「加速で回転が上がったとき」「大トルクに起因する変速ショック」……といったディーゼルのネガが出がちなシーンでは、ことごとくハイブリッドのメリットが発揮されるのだ。
本来はエンジン再始動で盛大にブルッとくるはずの発進時も、S300hは多くの場合でモーターで走りだして、その後に回転を合わせるかようにスルンとディーゼルが始動する。また、日本の日常走行では、ディーゼルが高回転まで引っ張られるケースはほとんどない。変速マナーにどれだけハイブリッドが効いているかは不明だが、少なくとも、このS300hの変速は驚くほどスムーズである。
最新鋭ディーゼルにして、しかも最新のSクラスをつかまえて「静かだ、スムーズだ」と書いたところで、いまさら……としかいえない。しかし、S300hは本当に静かで上品なクルマである。ディーゼル本来の中低速の力強さや柔軟性が、ハイブリッドでさらに上乗せされている。スロットルをことさら踏みこむ必要もないので、無意識のうちに上品な運転になるのもいい。
その親和性は想像以上
S300hはトータルパッケージとしても、滋味あふれる素晴らしいSクラスである。ディーゼルエンジン自体は軽くはないのだが、それでもV6ガソリンベースのS400hと大きくは変わらず、走っていてもノーズは軽い。
内輪ネタになってしまうが、今回のS300hのロケ撮影は、先日報告した「フォード・フォーカス」と同じ日の同じ場所でおこなった。コーナリング写真の撮影では2台をとっかえひっかえ乗ることになるが、フォーカスからいきなりSクラスに乗り換えても、もてあますどころか、この大柄な車体でも一発目から正確なクリッピングをねらえて、ピタリと安定して駆け抜けたのには驚いた。
撮影時はフルロックでのUターンや切り返しも何度となく余儀なくされるが、取り回しも小さなフォーカスとまったく同じ……どころか、車両感覚のつかみやすいSクラスのほうがラクだったくらいである(諸元表の最小回転半径はともに5.5m)。
そんなこんなで走り回ったS300hの総合燃費は12km/リッター強。山坂道ではあまりの楽しさに踏みまくってしまったので、一般的な走りかたなら14km/リッターはカタそうだ。日本でなじみ深いマツダのディーゼルにたとえれば、カタログ燃費でもリアルな実燃費でも、「CX-5」より優秀で「CX-3」にせまる勢いである。Sクラスにしてこの燃費とは、純粋にすごい。
ディーゼルとハイブリッド……うわさには聞いていたが、その親和性は想像以上だった。あらゆるものを取りそろえたハイエンド乗用車のSクラスゆえに、そこに求めるキャラは人それぞれだろうが、個人的にはS300hこそ、新しいSクラスの決定版といいたい。
(文=佐野弘宗/写真=小河原認)
テスト車のデータ
メルセデス・ベンツS300hエクスクルーシブ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5150×1915×1495mm
ホイールベース:3035mm
車重:2170kg
駆動方式:FR
エンジン:2.1リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:7AT
エンジン最高出力:204ps(150kW)/3800rpm
エンジン最大トルク:51.0kgm(500Nm)/1600-1800rpm
モーター最高出力:27ps(20kW)
モーター最大トルク:25.5kgm(250Nm)
タイヤ:(前)245/45R19 102Y/(後)275/40R19 101Y(ブリヂストン・ポテンザS001)
燃費:20.7km/リッター(JC08モード)
価格:1270万円/テスト車=1270万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2015年型
テスト開始時の走行距離:4093km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:263.0km
使用燃料:21.4リッター(軽油)
参考燃費:12.3km/リッター(満タン法)/12.0km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
ルノー・カングー(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.6 「ルノー・カングー」のマイナーチェンジモデルが日本に上陸。最も象徴的なのはラインナップの整理によって無塗装の黒いバンパーが選べなくなったことだ。これを喪失とみるか、あるいは洗練とみるか。カングーの立ち位置も時代とともに移り変わっていく。
-
NEW
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか?