メルセデス・ベンツS580 4MATICロング(4WD/9AT)
すべての席が特等席 2022.03.30 試乗記 「メルセデス・ベンツSクラス」の最上級グレード「S580 4MATICロング」が上陸。48Vマイルドハイブリッドが組み込まれたV8ツインターボや、路面状況を先読みし1000分の1秒単位で姿勢を制御するハイテクシャシーの仕上がりを、ロングドライブに連れ出し確かめた。シュッとしたインテリア
2021年の秋にメルセデス・ベンツの新型「Cクラス」に試乗した時に、「もうSクラスはなくてもいいのではないか」と思った。Cクラスだって十分以上に快適だし、日本で乗るならCクラスぐらいのサイズのほうが取り回しもいい。カッコだって、CとSで大差ない。
でも、Sクラスのラインナップに新たに加わった4リッターV8ツインターボエンジン搭載のS580 4MATICロングに試乗して、参りました。Sクラスはいらないなんて、勘違いも甚だしかった。
どこに参ったのかを記す前に、現行Sクラスのラインナップを整理しておきたい。
2021年の年初に、8年ぶりのフルモデルチェンジを受けた新型Sクラスのデリバリーが始まった。パワートレインは3リッター直6ディーゼルターボと、3リッター直6ガソリンターボにモーター兼ジェネレーター(ISG)を組み合わせたマイルドハイブリッドの2種。前者が「S400d」、後者が「S500」というグレード名で、それぞれに標準仕様のほかにロングホイールベース仕様の「ロング」が用意される。驚いたのは全モデルが4輪駆動の4MATICだったことで、今回試乗したS580も4輪駆動となる。
内外装のデザインについては新型Sクラスが登場した時に語り尽くされた感があるので繰り返したくはないけれど、ふたつだけ。
鋭利なキャラクターラインやパキパキの面構成で主張するのではなく、シンプルに美しさを表現するメルセデスのデザイン手法「Sensual Purity(官能的純粋)」は、Sクラスでこそ魅力を発揮していると感じる。ゆったりとした面の抑揚で優雅さを表現するやり方なので、やはりキャンバスはデカいほうが描きやすいのだろう。
また、メーターパネルとタッチスクリーンの2つの液晶パネルを主役にしたインテリアもシンプルかつ上品にまとまっており、エクステリアの世界観とシームレスにつながっている。
エバっている人ではなくシュッとしている人こそいまの時代はかっこいい、というのがメルセデス・ベンツのメッセージか、と感じながら、パワートレインを起動する。
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路面のつなぎ目を完全攻略
恒例にのっとり、走り慣れた首都高速に入り、これまた恒例にのっとって路面のつなぎ目から伝わるショックの大小で乗り心地をチェックする。ここで、驚くべき事態が起こった。
これまでも「路面のつなぎ目からのショックをよく和らげているな」というクルマはあった。ごくまれにではあるけれど、衝撃がほとんど気にならない、というクルマもあった。ところがどうでしょう、このS580 4MATICロングは気にならないを通り越して、ちょっと心地よいとさえ思えるのだ。
タン、タン、タン、タタン、というつなぎ目を越える時のショックは小さいうえに角の取れた丸いもので、文章に打たれる句読点のように、ポップミュージックのパーカッションのように、ドライビングのアクセントになっているのだ。これにはたまげた。まさか、自分が生きているうちに、首都高の難敵、路面のつなぎ目をこんな感じで攻略するクルマが登場するとは。まさか、つなぎ目からの連続ショックをリズミカルだと感じてしまう日が来るとは。
ちなみに、路面の不整をふんわりと乗り越える感じではない。感覚としては、柔らかくて温かいお団子や粘土を、ムニューっとつぶすように乗り越える。ネコ足というよりはもっと重厚で懐が深い感じがするから、今年の干支(えと)にちなんでトラ足といったところか。
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総身に知恵が回る大巨人
この極上の乗り心地は、標準装備されるエアサスペンション「エアマチック」と、オプションで装備されていたアクティブサスペンション「Eアクティブボディーコントロール」の組み合わせで実現したものだ。その連携プレーは、実に高度だ。
まず、ロードサーフェススキャンが、ステレオカメラで路面のコンディションをチェックして、「こんな感じの凸凹が来るよ」と伝える。その情報をもとに、4輪それぞれのサスペンションが電子制御で減衰力を変えて、凸凹に備える。準備万端だから、凸凹とのファーストコンタクトの瞬間から、そこで受ける衝撃を上屋に伝えないように機能する……という凝った仕組みが作動しているのだ。
ちなみに、履いていたタイヤはブリヂストンの「トランザT005」で、サイズはフロントが255/40R20、リアが285/35R20。つなぎ目を乗り越える時だけでなく、タウンスピードでもほんわかした乗り心地で体を包み込んでくれたけれど、これだけ太くて薄いタイヤであれだけ繊細な乗り心地を提供するあたり、さすがだと感服する。
快適性だけでなく、操縦性も一級品だ。コーナーではただ安定して速いだけでなく、外輪が沈み込む際のスピードと量が人間の感性にピタリと一致しているから気持ちがいい。全長5.3m超、ホイールベースも3.2m超の巨体でありながら、ハンドルを握りながら頭に浮かぶのは「人馬一体」という言葉だ。大男ではあるけれど、総身に知恵が回る大巨人なのだった。
さまざまな福音をもたらしてくれるEアクティブボディーコントロールのオプション価格は95万2000円。普通に考えれば十二分に高価であるけれど、車両本体価格1953万円に占める割合は4.8%。比率でいえば、車両本体価格200万円のクルマに9万6000円のオプションを付けるのと同じだ。Sクラスを買う財力がおありの方には、このオプションを強く薦めたい。
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裏方に徹するISG
乗り心地とハンドリングに心を奪われてしまったけれど、パワートレインも素晴らしい。車重2.3tを市街地では静かに走らせ、高速道路では悠然と引っ張る。いついかなるシチュエーションにおいても余裕を感じさせるうえに、回せば快音と硬質な手応えでドライバーを祝福してくれる。
ただ、これは悪いことではまったくないけれど、小排気量エンジンに組み合わされた場合のように、ISGのありがたみを強く感じることはない。なぜなら、4リッターのV8ツインターボエンジンはエンジン単体で最高出力503PSと最大トルク700N・mを発生するので、ISGのアシストが分かりづらいのだ。小排気量エンジンのように、足りない部分をISGが補う、というフィーリングはない。
むしろ、ISGは変速時にモーターとして働き、あるべき回転数に達する時間を短縮することに貢献しているようだ。つまり、後押しをする役割というよりは調整役として、変速を滑らかなものにしている。
といったわけで、シルクのような手触りに魅せられて、ショーファードリブンも想定したロング仕様でありながら、後席を試すことなく試乗終了の時間を迎えてしまった。ハンドルから手を放したくなかったのだ。
このクルマに試乗した数日後、日帰り出張で京都まで新幹線で往復したけれど、シートの出来といい乗り心地といい、Sクラスのほうがはるかに快適だった。Sクラスを買う財力のある方はグリーン車に乗るはずだから、また話は違うのかもしれませんが。
いずれにせよ、このクルマを社用車に選んだ社長さんは、ショーファーのみなさんから尊敬の目で見られるのは間違いないだろう。
(文=サトータケシ/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
メルセデス・ベンツS580 4MATICロング
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=5320×1930×1505mm
ホイールベース:3215mm
車重:2310kg
駆動方式:4WD
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:9段AT
エンジン最高出力: 503PS(370kW)/5500rpm
エンジン最大トルク:700N・m(71.4kgf・m)/2000-4500rpm
モーター最高出力:20PS(15kW)
モーター最大トルク:208N・m(21.2kgf・m)
タイヤ:(前)255/40R20 101Y/(後)285/35R20 104Y(ブリヂストン・トランザT005)
燃費:8.7km/リッター(WLTCモード)
価格:1953万円/テスト車=2297万8000円
オプション装備: AMGライン(103万2000円)/レザーエクスクルーシブパッケージ(90万5000円)/3Dコックピットディスプレイ(13万5000円)/ARヘッドアップディスプレイ(42万4000円)/Eアクティブボディーコントロール(95万2000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:2020km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:309.2km
使用燃料:38.6リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.0km/リッター(満タン法)/9.6km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。
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