アストンマーティンDB11 V8(FR/8AT)
生き生きとしたGT 2018.03.26 試乗記 アストンマーティンの主力モデル「DB11」に仲間入りした、V8エンジン搭載車に試乗。メルセデスAMGの手になるパワーユニットを与えられた新型は、この英国ブランドの将来性を感じさせるエネルギーに満ちあふれていた。走る前から興奮
夜半から台風のような強風まじりの土砂降りの雨が続いていて、やむ気配がまるでなかった。あと数時間で朝になる。中止だな。アストンマーティンの新型DB11 V8モデルに試乗できるというのに、なんてついてないんだろう、と筆者は思った。それなのに……朝になったら、ピタリとやんだ。人生はそう悲観するものでもないです。
晴れて筆者はwebCG編集部の地下駐車場から純白のボディーと黒いルーフを持つDB11に乗り込み、路上へと躍り出た。思い出すなぁ、スターターボタンを押した時のガルルルッという咆哮(ほうこう)を。ちなみにスターターは、センターコンソールに並んだ5つの丸型のスイッチのうちの、ひときわ大きな直径のそれがそれだ。左側2個にはPとR、右の2個にはNとDとそれぞれ大書してある。ZFの8段オートマチックのセレクターのボタンがそうやって並ぶのはいまや伝統といってよかった。
これまでの「DB9」とは異なり、メーターまわりはごくシンプルになっている。というようなことはすでに読者諸兄はご存じかもしれない。内装ではV12モデルとの違いはないはずである。「はずである」というのは正直に申し上げて、筆者は乗ってことがないから、資料に頼っているのです。申し訳ないことである。
ステアリングホイールの根元にはいわゆる固定式のパドルシフトがついている。右がアップで、左がダウン。スポークの3時の位置にドライブモードの切り替えスイッチがついており、エンジンとギアボックスのプログラムを3段階で変えることができる。左、9時の位置には可変ダンピングシステムの切り替えスイッチがあって、足の硬さを同様に3段階、エンジン、ギアボックスのモードとは独立して選ぶことができる。「GT」「スポーツ」、それに「スポーツ+」という3つのモードはV12モデルと同じはずだ。
いかにも現代的なつくり
フロントに搭載される4リッターV8ツインターボは、技術提携先のメルセデスAMG製と基本的には同じだけれど、専用のECUソフトを新たに開発し、アストンマーティンにふさわしいプログラムに変更しているほか、独自の吸排気システムを装着している。オイルの循環システムもウエットサンプながら、重心を下げるべく、エンジンマウントとともにスリムな専用を奢っている。AMGユニットそのままではない。
最高出力510psは6000rpmで、最大トルの675Nmは2000-5000rpmで得る。単独だと非現実的数字にすぎないけれど、「メルセデスAMG GT」と比較するとわかることが出てくる。AMG GTは476ps/6000rpmと630Nm/1700-5000rpmで、その高性能版の「AMG GT S」は522ps/6000rpmと670Nm/1800-5000rpm。DB11はAMG GTとAMG GT Sの中間で、ややトルク重視のセッティングということが推測できる。だからなんだ、ということではありますが、幸いにして筆者は先般「AMG GT C ロードスター」(557ps、680Nm)の試乗経験がある。
じつのところDB11 V8モデルを箱根方面へと走らせながら、これはAMG GTのスキンチェンジ版ではないのか、と一瞬思った。それほどデキがよかった。それまでのアストンマーティンがイギリス伝統のバックヤードの高級版であるかのようであったのに対して、DB11はよくできた量産品のような気配があった。いくら同じトランスアクスルのフロントエンジンとはいえ、まさか……ね。少し冷静になれば、これが邪推であることは明白だった。AMG GTは純粋2シーターで、DB11は2+2。あちらのホイールベースは2630mmで、こちらは2805mm。20cm近い開きがある。
いや、そういう問題ではなくて、そもそもDB11はDB9以降のアストンが得意とするアルミ押し出し材を接着剤でくっつけてスペースフレームを構成するVHプラットフォームの新型を使っている。2017年秋に発表された新型「ヴァンテージ」はもちろん、今後登場するSUV等も伸ばしたり縮めたりして使うことになる。メルセデスAMGと同じであるはずはない。
そういえば、サウンドも異なることに気づいた。AMG製4リッターV8ツインターボは、AMG独特の打楽器系の息吹を特徴とするけれど、DB11のそれはごく控えめで、デロデロが強調されていない。排気音もメカニカルノイズも調律しなおされている。アフリカンな原始のリズムがブリティッシュジェントルマン的に抑制されている。
内に秘めた野性味
ドライブモードをGTからスポーツにすると、液晶内のコンピューターグラフィックスであるところの眼前のタコメーターが瞬時に右に傾き、高回転での使用に備える。上まで回したときに、視認しやすいようにエンジン回転のリミットである7200rpmが12時あたりの位置にくるのだ。オッと思う演出である。
さらにスポーツ+にすると、回転計が赤く発光する。でもって、AMG GTならアクセルオフで排気系がゴボゴボせきこむようなサウンドを発し、時にバックファイアのような爆裂音を聴かせてドライバーを高揚させるのだけれど、DB11はその点、もう少しクールに同じことを遂行する。トム・フォードの高級スーツをまとったダニエル・クレイグの007が眉ひとつ動かさずにボコボコに敵スパイをぶん殴るように、野蛮さを紳士の皮で覆っている。これはこれでクールだ。ひとたびアクセルペダルを踏み込む右足に力を込めると、耳を澄まさずとも、ゴボゴボ、パンパン、レーシーないななきが聞こえてきて、サラブレッドは野性味あふれるその本性をドライバーに訴えてくる。だけど、それは1回味わうと、もういいや、という気分になることもまた確かである。
なんせDB11の乗り心地ときたら、これまでの21世紀以降に送り出されたアストンマーティンのどのモデルよりもリファインされている。4ドアの「ラピード」が最も快適だというのが筆者の見解だけれど、それよりもぜんぜんイイ。足まわりがしなやかに動いている感があって、あまりストローク感がなかったDB9とは一線を画している。
前255/40、後ろ295/35の、いずれもZR20という超偏平の超大径のタイヤには、ブリヂストンの「ポテンザS007」といういわくありげな数字が書いてある。007はアストンマーティンの専用番号かと思ったら、そうではなくて「フェラーリ488」にも標準装着されているらしい。S007だけの仕事ではないにせよ、悪名高き西湘バイパスの目地段差もしなやかかつ快適に通過して、その存在をスパイのように感じさせない。ゴボゴボ、パンパンよりも、エレガントにいきたい。GTモードが一番このクルマには似合う、と思うのである。
峠道で胸がすく
あくまで個人的な印象ながら、シートのデキもこれまでとは異なる。手づくりであることよりもエルゴノミクス重視の量産品をよしとする選択をしている、ように見受けられる。勝手な推測を確かめもせず書いているのは、読者諸兄と筆者の勝手な推測をわかちたいからである。それほどDB11は、先代DB9系とはレベルが違う。
V8の搭載により、自家製のV12を積む旗艦モデルに比してフロントの重量は、4気筒分、115kgも軽量に仕上がっている。車両重量は1760kg。テスト車の車検証では1800kgとなっており、前後重量配分は880:920kgで、49:51とリアヘビーになっている。V12の場合は51:49だから、前後は逆転。V8のほうが曲がりやすくて止まりやすいに違いない。
ちなみにV12は最高出力608ps/6500rm、最大トルク700Nm/1500-5000rpmと一枚上手だ。0-100km/hは3.9秒で、最高速322km/h。V8モデルは4.0秒フラットと300km/hで、数値的には見劣りがするけれど、絶対的にはモーレツに速い。その一方、100km/h巡航は8速トップで1400rpmあまりにすぎず、現代のエンジンだけあって1000rpmでもトロトロ走ることができる。燃費がDB11 V8のアピールポイントであることを実感する。さりとて、右足に力を込めれば、紳士は豹変(ひょうへん)する。
試乗した日は路面がハーフウエットだったから、用賀インターチェンジを通過してからのフル加速で後輪のトラクションコントロールが働くなんてことは朝メシ前。トラコンが働いただけでドキッとするのは筆者が小心者なだけだけれど、そのような小心者であっても、箱根の山道を上ったり下ったりしていると、まったくもって胸がすく。よく曲がるけれど、ピリピリはしない。それでいてビビッドな感覚がある。電動パワーアシストのフィールも上々。V8搭載で足まわりも併せて見直され、全体に軽快かつ生き生きとしたグランドツアラーに仕上がっている。
躍動するアストンマーティン
先般、筆者はメルセデスAMG GT Cロードスターを「2018年のベスト」と書いた者ですけれど、過ちだった。その後、チョイ乗りした「ランボルギーニ・ウラカン ペルフォルマンテ」にも感激したし、今回DB11 V8モデルにも感銘を受けた。ここへきて自動車技術のレベルが全体に上がっている、と見るべきであろう。年産5000台程度の英国の少量生産メーカーでさえ、いささかも後れをとっていない。ミネルヴァのフクロウはナントカという通り、ガソリン自動車のたそがれなればこそだろう。
でもって、この優雅なスタイリングである。アストンマーティンは、アンディ・パーマーCEOが掲げる「次の100年計画」に従い、新型ヴァンテージ、「DB11ヴォランテ」と、休むことなくニューモデルを送り出している。「ラ・フェラーリ」を手がけたアイルランド人エンジニアのマックス・スウェイを2016年に招聘(しょうへい)して技術部門のトップに置くなど、人材集めにも怠りない。誠に楽しみなことである。
DB11 V8モデルは車両本体価格2278万1177円。V12は2524万3177円だから、1割ほどV8は安いことになる。う~む。微妙である。それならV12を、とも思う。どちらを選ぶべきか、V12にも乗ったことのある人に聞いてみたい。という落ちでは本末転倒だけれど、筆者の正直な気持ちです。やりとりのたやすいネット時代ならではですね。
(文=今尾直樹/写真=田村 弥/編集=関 顕也)
テスト車のデータ
アストンマーティンDB11 V8
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4750×1950×1290mm(ドアミラー除く)
ホイールベース:2805mm
車重:1760kg
駆動方式:FR
エンジン:4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:510ps(375kW)/6000rpm
最大トルク:675Nm(68.8kgm)/2000-5000rpm
タイヤ:(前)255/40ZR20 101Y/(後)295/35ZR20 105Y(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:12.1km/リッター(EU複合サイクル)
価格:2278万1177円/テスト車=--円
オプション装備:--
テスト車の年式:2017年型
テスト開始時の走行距離:5544km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:228.0km
使用燃料:38.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.0km/リッター(満タン法)/6.0km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。
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