まだまだ勝負はこれから!
エアレースパイロット室屋義秀の真のすごさとは?
2018.06.01
デイリーコラム
わずかな違いが命取りに
バーチカルターンからシケインに入った室屋義秀は、突然高度を上げてレーストラックから離脱した。
その瞬間、幕張の会場に訪れた観客がどよめいた。強敵、マット・ホールのタイムにせまる勢いで飛んでいたし、パイロンヒットのペナルティーもなかった。なにが起こったのかとっさに理解できない。次の瞬間、モニターに映し出されたのは、“オーバーG”によるDNF(Do not finish)の文字。会場中からは、悲鳴のような声が上がった――
2018年5月27日、千葉・幕張で開催された「レッドブル・エアレース千葉2018」。世界のレースパイロットが飛行技術を競うこのレッドブル・エアレースは、旋回中の重力加速度が12Gを超えた場合、即座にタイムアタックを中止しレーストラックから離脱しなければいけないルールになっている。室屋は勝負どころのひとつであるバーチカルターンできつくターンしすぎ、12Gを超えてしまったのだった。
一対一の勝ち抜き戦を繰り返すレッドブル・エアレースで、決勝の第1回戦となる「ラウンド・オブ14」。7組が戦い、勝ち残った7人と敗者の中で最速タイムを記録した1人が、次の「ラウンド・オブ8」へとコマを進める。仮にマット・ホールに負けたとしても、7人の中で最速になっていれば室屋は次のラウンドに進めるはずだった。2017年に続き今年もチャンピオンになるためには確実にポイントを取ることが重要で、ラウンド・オブ14では、着実に上に進む飛び方をしなければならなかった。
室屋もそれを理解してはいたが、先行して飛んだマット・ホールのタイムが予想していたより1秒近く速かったために、焦りが出てしまった。前日まで使っていたスモールテールと呼ばれる小型の尾翼から通常の尾翼に戻したため、操縦感覚にわずかな差が生じていたかもしれないと、レース後に室屋は語っている。超高速で飛ぶレッドブル・エアレースでは、このわずかな差が命取りになってしまうのだ。
大事なレースでの致命的なミス。しかし、室屋がこれで調子を落としていくことはないだろうと筆者は考えている。
非凡なまでの“コツコツ型”
室屋はなぜ、2017年の世界チャンピオンになることができたのか? 先日も、二輪・四輪のレース関係者に「飛行機を飛ばす環境も整っておらず、競技らしい競技もほとんど行われていなかった日本から、いったいどうすればエアレースの世界チャンピオンが生まれるのか、まったく想像ができない」と言われた。
実はそれこそ、室屋の本当にすごいところだ。ライバルたちは10代の頃から飛行機に慣れ親しみ、空軍のパイロットやエアロバティックスチームの代表として厳しい訓練を受けてきた。いわば英才教育を受けてきたエリートたちである。
しかし室屋は大学時代にグライダーに乗るようになり、自費で渡米して免許を取得。その後も働いて費用を捻出しながら練習を重ねた。国内で機体を購入して維持していくにも、まずスポンサー探しから始めている。水泳に例えるなら、小さい頃から英才教育を受けてきたオリンピック選手に対し、大学時代になってから土を掘り、水を入れてプールを作ってから練習を始めるほどの違いがある。
しかも、そうやって必死の思いで参戦にまでこぎ着けたエアロバティックス世界選手権でも成績は低迷した。そこから諦めずに少しずつ自分をみがき、レベルアップさせ、レッドブル・エアレースのパイロットに抜てきされるまでになったのだ。
エアレース参戦当初も成績は下位をさまよっていた。けれど室屋はそこで腐ったり焦ったりはしなかった。「今は無理しても勝てない。だから目標を決めて一歩ずつステップアップしていく」 そう言って、目の前の目標を着実にこなしていった。そして機体が新しくなった時、「そろそろ勝ちを狙っていく」と口にして表彰台に登った。その後はチャンピオンを狙うチーム体制を整え、本当にチャンピオンになった。2009年にエアレースに正式参戦してから、長い長い階段を上ってきたのである。
勝つために何をすればいいか考え、努力してきた。だから室屋と室屋のチームには勝つための引き出しがたくさんある。もうすでにチームは、日本戦での失敗を念頭に今後の対策に入っている。ノーポイントに終わったとはいえ、シリーズランキングは3位。勝負はまだこれからだ。
(文=後藤 武/写真=レッドブル/編集=関 顕也)
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後藤 武
ライター/エディター。航空誌『シュナイダー』や二輪専門誌『CLUBMAN』『2ストマガジン』などの編集長を経てフリーランスに。エアロバティックスパイロットだった経験を生かしてエアレースの解説なども担当。二輪旧車、V8、複葉機をこよなく愛す。
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