第558回:時代を先取りした皮肉が込められていた!?
ボンドカーをしのぐ人気の“お笑い劇中車”
2018.06.15
マッキナ あらモーダ!
エルヴィスゆかりのBMWも
欧米にコンクール・デレガンスの季節到来を告げるコンコルソ・デレガンツァ・ヴィラ・デステが、2018年5月26日、27日の両日、イタリア・コモ湖畔で催された。
今年リストに並んだヒストリック車両は51台。全体テーマは「ハリウッド・オン・ザ・レイク」だった。8つに分けられたカテゴリーのひとつにも同名のものが用意されており、スターや映画にちなんだクルマ6台が並んだ。
その一部を紹介すると、映画『ピンクパンサー』のクルーゾー警部役で知られる俳優ピーター・セラーズの愛車であった金色の「フェラーリ500スーパーファスト」、リタ・ヘイワースが夫からプレゼントされたというギアボディーの「キャデラック・シリーズ62」といった顔ぶれだ。
エルヴィス・プレスリーゆかりの1958年「BMW 507」もやってきた。といっても、彼が兵役時代にドイツで購入し、近年レストアされて話題となった個体とは別のクルマである。
エルヴィスは、恋人で初期のボンドガールとしても知られるスイス人女優ウルスラ・アンドレスに当初キャデラックをプレゼントしようとしていた。しかし「キャデラックは嫌」と彼女が言いだした。そこで代わりにエルヴィスはこの507を贈ったのだという。
イベントの名司会者サイモン・キッドストンによると、エルヴィスが彼女にプレゼントしたこの507は、なんと中古車だったという。「セコいぞ、エルヴィス!」と声を浴びせたいところだが、話は続く。その後アンドレスが売却すると、ハリウッドのカスタマイズ王ジョージ・バリスが手に入れ、映画の劇中車として使われたという。
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20年前のリモコンパーキング搭載車!?
隣接している「ヴィラ・エルバ」が一般公開会場となっており、こちらには、スポンサーであるBMWグループクラシックによって、さまざまな映画で活躍したBMW、MINIそしてロールス・ロイスが展示された。
もちろん『007』シリーズにBMWがボンドカーを提供していた時代のモデルも並ぶ。屋外にも展示が続いていて、そこに飾られた1997年「750iL」は、第18作『トゥモロー・ネバー・ダイ』に登場したものだ。エイビスレンタカーの貸出車の1台としてカムフラージュされた750iLをピアース・ブロスナン演じるボンドが営業所から借り出す。
このクルマ、最大の秘密兵器は“リモコン”であった。カーチェイスシーンでボンドは後席に伏したまま、エリクソン製パームコンピューターのタッチパッドを操って750iLを“運転”する。そして敵の包囲網を突破する。
2016年にBMWがリリースした「BMWリモート・コントロール・パーキング」を20年近く前に予告していたのではないか? と想像をたくましくさせてしまうシーンだ。
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Mr.ビーンのMINIも
いっぽう、会場出口付近に展示されていたのは、シトロングリーンの「オリジナルMINI」だ。コメディーテレビドラマ『Mr.ビーン』シリーズのMINIである。それも『Do-it-yourself Mr.Bean』と名付けられた回で、「年明けセール」と題された巻に登場する仕様である。
ローワン・アトキンソン演じるMr.ビーンは、ついセール品を買い込みすぎて、小さなMINIの車内に自身が乗れなくなってしまう。一計を案じたMr.ビーンは、同じく購入しルーフにくくり付けてあった一人掛けソファに座る。そこからモップを介してペダルを操作し、ステアリングホイールに掛けたひもを繰って家を目指す、という話だ。(Mr.ビーン 公式YouTubeチャンネルはこちら)
他のテレビ版Mr.ビーン同様、わずか5分弱のショートコメディーだが、そのMINIの姿とともにシリーズの代表的シーンとして人々の記憶に焼き付いたようだ。
それに応えるように、2009年の英国におけるヒストリックカーイベント、グッドウッド・リバイバルでは、アトキンソンが映画と同様MINIのルーフ上に乗ったまま、サーキット走行を披露している。
BMWグループクラシックのマンフレート・グリュネルト氏に尋ねると、内部にスタントマンが巧みに乗り込み、操縦していたのだと教えてくれた。確かに当日のオフィシャル写真には白いカバー状のものが見えるので、その中にスタントマンが隠れていたのであろう。しかしながら、それを詮索(せんさく)するのは「手品の種明かしをしてくれ」と乞うくらい野暮(やぼ)なことなのでやめておいた。
バイワイヤ技術への抵抗?
それ以上に思いを巡らせたくなるのは、アトキンソンの頭の中である。
年明けセールが発表されたのは1994年だ。自動車でアクセラレーションをメカニカルリンケージではなく電子を介して制御する「スロットルバイワイヤ」はすでに実現していた。
同時に次の段階として、ドライバーによるさまざまな操作を機械式リンケージから解放し、究極はステアリング操作までそれに替えようという「ドライブバイワイヤ」が積極的に模索されていた時期だった。
アトキンソンが大学で電子工学を専攻していたことは有名だ。ドライブバイワイヤの情報が耳に入っていたことは想像に難くない。
しかしながら人間は、目に訴えかけてくるメカニカルなリンケージに心揺さぶられる。それはたとえ古いテクノロジーであろうと同じだ。蒸気機関車の外側に付いたピストンがクロスヘッドと呼ばれる機構を介して主連棒に伝えられ、巨大な動輪を回すさまは、リニアモーターカーが実現した今日においても多くの人々の目を楽しませる。身近なところでは、スケルトンのケースをもつ機械式時計も同じだ。
今回の特別展示で、最も多くの一般客がスマートフォンのカメラを向け、また代わりばんこで記念撮影を楽しんでいたのは、歴代ボンドカーではなく、実はこのMINIだった。
エレクトロニクスを学んだ自身の経験を暗示するように、劇中のMr.ビーンは、たびたび電気製品や配線を自分で直そうとする姿を演じている。
同時に、アトキンソンはヒストリックカーイベント、ミッレミリア出場歴もあるほどのクルマ好きである。
屋根上からモップとひもでMINIを操るシーンは、彼のバイワイヤ時代に対するアンチのメッセージが含まれていたと筆者は読んだのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、BMW/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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