スズキ・スーパーキャリイX(FR/5MT)
働くクルマにも安全と快適を 2018.08.06 試乗記 スズキの軽トラック「キャリイ」に、巨大なキャビンを備えたその名も「スーパーキャリイ」が登場。大幅に便利に、快適になった車内空間の“居心地”は? 比喩表現ではない、本当の意味での“プロのツール”の使用感と、乗用車とは全く違う走りの味をリポートする。女性視点で軽トラが変わる
“農業女子”という言葉があるそうだ。何でも女子を付ければいいというものじゃないと思うけれど、農業に従事する女性が増えているのは事実らしい。米作りや野菜作り、酪農などに新しい風が吹いているという。キツいとか泥まみれとかというイメージは、これからどんどん変わっていくのだろう。作業するときの服装だって、オシャレなものがいい。作物を運んだりするのに欠かせないトラックにも、快適性と安全性が求められる。この5月に発売されたスズキ・スーパーキャリイは、そういう要請に応えられる軽トラックなのではないかと思う。
農業だけでなく、建設業や運送業などさまざまな業種で女性が活躍している。男たちだけでおざなりにしてきた習慣も、女性視点で見直すと変化が生まれるはずだ。軽トラはプロ用途に徹したスパルタンな商用車というイメージがあったが、乗り心地や運転しやすさは向上したほうがいいに決まっている。スーパーキャリイは、従来型のキャリイよりもキャビンを拡大し、室内空間を広げたモデルだ。“永遠のライバル”たる「ダイハツ・ハイゼット トラック」には1983年からロングキャビンの「ジャンボ」があったが、スズキもこのジャンルの将来性を無視できなくなったのだろう。
普通、軽トラの座席はとても簡易な仕立てで、シートバックはほぼ直角に立っている。ヘッドレストは背面の壁に固定された状態だ。キャリイの運転席も前後に140mmスライドするものの、リラックスした姿勢はとれない。しかし、スーパーキャリイはキャビンを後方に拡大することで、広々とした室内空間を実現した。運転席のシートスライド量は180mm。助手席も100mmスライドする。リクライニング機構も付いており、運転席は最大40°、助手席は24°倒すことができる。ちょっとした荷物なら背後に置けるようになったのも大きなメリットだ。
一方で、軽自動車ゆえ全長は伸ばせないから、キャビンの分だけ荷台は割を食った。荷台長はキャリイの1940mmにはるかに及ばない1410mmだ。ただ、キャビンの下側をえぐることで、フロア長はキャリイの2030mmに迫る1975mmを確保した。おかげで脚立などの長尺物もはみ出さずに積載することができる。
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いたるところに収納スペース
一昔前までは、軽トラは白かシルバーというのが常識だったが、スーパーキャリイは5色から選べる。試乗車のボディーカラーは「ガーデニングアクアメタリック」だった。ドアミラーはボディー同色で、側面にはオプションのデカールがあしらわれたオシャレ仕様である。室内は簡素な設えだが、収納スペースの充実ぶりは見事だ。助手席側のインパネトレーやセンターのアンダーポケットをはじめ、フロアやドアなどのいたるところに大小さまざまなものを置けるようになっている。
ハイルーフ仕様なので、頭上にはオーバーヘッドシェルフも装備。何を入れるのかと思ったら、カタログを見ると仕事で使うファイルやノート、ボックスティッシュなどの収納が想定されているらしい。シートバックの裏にもポケットが備えられている。
エンジンは自然吸気のみ。ターボの設定はない。最高出力が50psというのは、軽乗用車に比べると控えめなチューンだ。農地や街なかで使われることが多いので、低速での使い勝手が重視されているのだろう。エンジンが選べないかわりに、駆動系はバリエーション豊か。駆動方式にはFRと4WDがあり、トランスミッションも5段MT、3段AT、5段AGSの3種類が用意されている。
試乗車はFRのMT仕様だった。エンジンの始動は、古式ゆかしきキーシリンダー式。アイドリングはことのほか静かだ。回転計が付いていないから、エンジンがかかっているかどうか不安になる。クラッチペダルとブレーキペダルの間にはステアリングシャフトが通っているので、3つのペダルがかなり離れているように感じた。踏みごたえは少々頼りなく、ブレーキペダルの位置も高いのでヒール&トウには適していないが、長靴や地下足袋(たび)で運転するには、この方がいいのかもしれない。
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市街地走行でもすぐ5速に
週末をまたいでの試乗では、いつものように箱根に向かった。このクルマの用途にはふさわしくないコースであることはわかっているが、乗用車と同じルートを走ることで違いを確かめようと考えたのだ。クラッチのつながりはスムーズで、それほど回転を上げなくてもストールを心配することなく発進できる。1速を使うのはほんのひと転がしだけ。すぐに吹けきってしまうので、20km/hを超えたあたりでシフトアップするが、2速もふた転がしぐらい。ぽん、ぽんとギアを上げていき、流れに乗る頃には5速に入れたくなる。
信号待ちから軽トラが発進するのを見ていて、やたらにエンジンを吹かしているなあと思っていたのだが、あれは必要があってやっていたのだとわかった。取扱説明書に、各ギアの上限速度が書いてある。1速が25km/h、2速が40km/h、3速が70km/h、4速が105km/hである。ストップ&ゴーを繰り返すことの多い軽トラの使われ方に合わせた設定なのだ。
低速走行を重視しているのだから、高速走行が不得意であることは想像がつく。実際に高速道路を走ってみると、5速では足りないと感じてしまった。タコメーターがないのでエンジンの回転数はわからないが、ものすごくうるさいことは確かだ。騒音を我慢したとしても、飛ばす気にはならない。直進性が悪いので、80km/h程度でも怖いのだ。常にハンドルを修正していなければならない。横風に敏感なので、大きなトラックを抜いた瞬間は注意が必要だ。ハンドルを切ってもすぐに曲がらない感覚には神経を使うし、リアの接地感が薄くて不安になる。
荷台には何も積んでいなかったので、リアに荷重がかかっていないことがマイナスに働いたのかもしれない。あらためて道を走る軽トラを見ていたら、実にさまざまな積み荷がある。ビールケースを満載していたり、背の高い植木を運んでいたり、千差万別だ。不定形な荷物をロープでくくりつけて走っているクルマもあるが、あれなどは素人には計り知れない技術が駆使されているのだろう。軽トラは、プロフェッショナルの仕事を支えるクルマなのだ。
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乗用車とは何もかも違う
普通の乗用車と比べて欠けている装備は、電動ドアミラー、オートライト、ACCぐらいである。上級グレードでは、今やパワーウィンドウや集中ドアロック、エアコンは標準装備。カーナビやブルートゥースオーディオを装着することもできるのだ。さらに、キャリイには軽トラで初めて前後の誤発進抑制機能が採用された。ダイハツのハイゼットトラックにも「スマートアシストIII t」を装備したグレードが追加されていて、軽トラも安全機能が重視される時代になってきたようだ。
西湘バイパスに目地段差が連続する区間がある。乗り心地を試すために作られたような道で、ここを試すとスーパーキャリイの乗員はダイレクトな衝撃にさらされる。横から見ると、シートが前車軸の真上に位置していることがわかるだろう。タイヤは商用車の定番であるハチマル偏平だが、厚いクッションをもってしても入力をいなすことはできない。
無茶だとは知りつつ、ワインディングロードも走ってみた。思ったとおりである。スポーティーな走行に適したクルマではない。3速だとオーバーレブしそうになるし、4速では速度が低下してしまう。コーナーでは姿勢を保持するのに苦労した。サイドサポートがない上に、座面長が短すぎて踏ん張れないのだ。
高速道路や山道は苦手であることは確認できた。しかし、そんなことは乗る前からわかっていたことである。長距離ドライブやレジャーで使われることを前提に作られる乗用車とはそもそも目的が違うのだ。市街地の狭い路地ではドライバーがクルマの前方に位置して高い視点が取れることがアドバンテージになる。車庫入れがしやすいのもありがたい。
クルマを評価する時に、水準器のように扱われるのが「フォルクスワーゲン・ゴルフ」である。高い剛性感をベースに優れたハンドリングと良好な乗り心地を実現し、スペース効率もいい。“比較サンプル”としてはうってつけである。しかし、スーパーキャリイをゴルフと比べても意味はない。目的も価値観も異なるクルマなのだ。荷物の積み下ろしのしやすさや、農道での機動性などの評価ポイントを考慮しなければならないだろう。一介のライターには手に余るミッションだ。まだまだ経験不足だったと、反省しきりである。
(文=鈴木真人/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
スズキ・スーパーキャリイX
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1885mm
ホイールベース:1905mm
車重:770kg
駆動方式:FR
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:5MT
最高出力:50ps(37kW)/5700rpm
最大トルク:63Nm(6.4kgm)/3500rpm
タイヤ:(前)145/80R12 80/78N LT/(後)145/80R12 80/78N LT(ブリヂストン605V RD-605スチール)
燃費:18.8km/リッター(JC08モード)
価格:110万2680円/テスト車=136万1394円
オプション装備:※以下、販売店オプション フロアマット<ジュータン>(5562円)/アッパーメンバーガード(8856円)/荷台マット<5mm>(1万4580円)/スロープ式平シート(1万6200円)/サイドデカール<ネイビー>(3万3480円)/ルーフデカール<ネイビー>(1万5390円)/ETC車載器(2万0628円)/パナソニックスタンダードワイドナビセット(14万4018円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:736km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(4)/高速道路(5)/山岳路(1)
テスト距離:473.0km
使用燃料:28.7リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:16.5km/リッター(満タン法)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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