最大9社が群雄割拠 1960年代は“軽トラ戦国時代”だった!
2023.07.05 デイリーコラム始まりは三輪トラック
日本、特に地方においては生活に欠かせない存在となって久しい軽トラこと軽トラック。現在、6社がラインナップしているが、自社生産しているのは軽市場の二大巨頭であるダイハツとスズキのみ。残り4社は「ダイハツ・ハイゼット」または「スズキ・キャリイ」のOEMモデルを販売している。軽トラではなく、その兄弟である軽バンの話ではあるが、去る5月に発表された商用軽バン電気自動車(EV)のプロトタイプはダイハツ、スズキ、トヨタの共同開発となった。となれば、将来的に軽トラもEV化される際には、基本的には共通設計の単一モデルとなってしまうかもしれない。
そのことの是非をここで論じるつもりはないが、大変な時代になったものだと思う。筆者が思うに、現在に続く軽トラ市場の原形が形成されたのは1960年代。当時は現存するメーカーに加えて、今では消えてしまったメーカーも市場に参入しており、もちろん各社が軽トラを自社開発/生産していた。そして市場では、各社から送り出された個性的なモデルが覇を競っていたのだ。いわば「軽トラ戦国時代」。ここではそんな時代の市場の状況とモデルを考察していこう。
軽規格のトラックという意味で、最初に量産され市場を形成したのは三輪トラックだった。1950年代前半から現れはじめ、最大のヒット作は1957年に登場した「ダイハツ・ミゼット」。「マツダK360」や「三菱レオ」などがライバルとして存在した。
続いて四輪トラックが登場したが、初期の主流はボンネット型だった。現在は日産グループのパワートレインメーカーだが、かつては「コニー」ブランドで軽自動車を製造販売していた愛知機械工業の「コニー360」(1959年)あたりを皮切りに、ダイハツ・ハイゼット(1960年)や「三菱360」(1961年)、「マツダB360」(1961年)などが続いた。60年以上の歴史を誇る軽トラ界の一方の雄であるハイゼットも、当初はボンネットトラックだったのである。
ボンネットトラックと前後して、今日の軽トラの原形といっていいキャブオーバー型トラックも出現した。パイオニアは日産グループのエンジンメーカーである日産工機の前身、東急くろがね工業の「くろがね・ベビー」(1960年)。現在もブランドは残っている「スバル・サンバー」(1961年)がそれに続いた。くろがね・ベビーは水冷4ストローク2気筒、サンバーは空冷2ストローク2気筒と形式は違えども、レイアウトはエンジンを車体後端に積むリアエンジン・リアドライブ(RR)だった。加えて荷台は低床式だったため、車体後端にはエンジンを収める出っ張りがあり、荷物の積み下ろしは楽だが荷台面積は限られた。
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今日に通じるキャブオーバー型はホープ自動車から
ここまで読んで、ダイハツと並ぶ軽トラの二大メーカーであるスズキの名が出てこないことを不思議に思うかもしれないが、スズキが門外漢だったわけではない。スズキは1955年に自身初の軽自動車としてリリースした「スズライトSS」(セダン)のバリエーションとして、ボンネット型ピックアップの「スズライトSP」もラインナップしていたのだ。
スズキ初の軽トラともいえるこれは短命に終わり、スズキはしばしボンネット型軽バンに専念するが、1961年になって今日まで続くキャリイの名を冠した軽トラックが登場する。正式には「スズライト・キャリイ」を名乗るこれは、シート下に空冷2ストローク2気筒エンジンを置くレイアウトだが、ボディーは短いノーズを備えたセミキャブオーバー型。それでも当時軽最大の荷台面積をうたっていた。
翌1962年には荷台長を最大限にとれる、今日の軽トラと同じ本格的なキャブオーバー型も登場した。軽商用車専門の小メーカーだったホープ自動車の「ホープスターOV型」である。翌1963年に改良された「OV-2型」には、従来の低床一方開き式のほかに高床三方開き式も用意されていた。
1970年に登場した軽四輪駆動車の初代「スズキ・ジムニー」は、ホープ自動車が開発した「ホープスターON型」の製造権をスズキが買い取って生まれた。その事実は今ではだいぶ知られるようになったが、現代の軽トラの常識である完全にフラットな荷台を持つキャブオーバー型のパイオニアも、実はホープ自動車だったのである。
1963年にホンダ初の市販四輪車として登場した「T360」は、キャリイと似たようなセミキャブオーバー型だった。ただしよく知られているように、シート下に収められていたエンジンは、4連キャブレターを備えた総アルミ製の水冷4ストローク4気筒DOHCというとんでもないスペックだった。当時ホンダが置かれていた、一刻も早く四輪車を市販化したいが、かといってスポーツカーの「Sシリーズ」用と別系統のエンジンを開発する余裕はないという特殊な事情から生まれたモデルだが、いい悪いはさておきユニークさではピカイチだった。
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役者がそろった
ホープスターOV型以降、積載能力に優れるキャブオーバー型が続々と登場する。世間がアジア初開催となる東京オリンピックに沸き立っていた1964年には、ダイハツから「ハイゼットキャブ」が登場。荷台有効スペース、キャビンスペースともに軽トラ最大をうたい、従来のボンネット型のハイゼットと併売された。
翌1965年には愛知機械からも「コニー360ワイド」がデビュー。ボンネット型でも空冷4ストローク水平対向2気筒エンジンを床下に積んだ設計だった旧来からのシャシーにキャブオーバー型の車体を載せたもので、荷台が高いぶんタイヤハウスの出っ張りがなくフルフラットで、これまたクラス最大の広さと主張した。
1966年はさらなるニューモデルラッシュだった。2代目となっていたスズライト・キャリイと併売されるかたちで、スズキ初のキャブオーバー型がスズキ・キャリイを名乗って登場。三菱からも、その名も「ミニキャブ」と名乗る初のキャブオーバートラックが誕生した。さらにスバル・サンバーもフルモデルチェンジして2代目に進化。リアエンジンレイアウトは不変ながら、フラットな荷台を備えた二段広床式を加えてライバルに対抗した。
そして1967年にはホンダから「TN360」が登場する。約半年前に発売され爆発的にヒットした軽乗用車「N360」用をアレンジした空冷4ストローク2気筒SOHCエンジンを積んだキャブオーバー型で、前作のT360に比べたら一般的な設計になった……とは言い難かった。T360を含め軽トラといえば別体式のラダーフレームを持つのが常識だったが、TN360は荷台のフロアをプラットフォームとしてサブフレームで支えるモノコック式だったのだ。
軽トラの場合、パワートレインが前後の車軸間にあるので、駆動方式はミドシップということになるのだろう。TN360も例外ではないのだが、エンジン、トランスミッションに加えデフまでもが一体化したN360のそれをベースとしたため、必然的にパワートレインの位置はより後車軸に近くなった。そのため、一般的なキャブオーバー型の軽トラではシートの座面を外してエンジンを点検するのだが、TN360は荷台フロアに点検孔があったのだ。このように一筋縄でいかないところがホンダらしいというか。ちなみにこのレイアウトは、2021年に生産終了となった最終型の「アクティ トラック」まで基本的に受け継がれた。
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そして淘汰(とうた)の時代へ
こうして各社からキャブオーバー型の軽トラックが出そろったわけだが、となれば市場競争も激しくなる。まさに軽トラ戦国時代で、経営が脆弱(ぜいじゃく)なところは脱落を余儀なくされた。まず1962年に東急くろがね、次いで1965年にはホープ自動車が自動車製造から撤退。先駆者的存在だったくろがね・ベビーやホープスターOV型は市場から消え去った。
1968年にはハイゼットキャブがフルモデルチェンジ。すでにボンネット型のハイゼットに代わって軽乗用車「フェロー」がベースのピックアップとバンが登場していたため、車名からキャブがとれて単にハイゼットとなった。基本構造は先代と変わらないものの、キャブオーバー型の軽トラとしては初めて角形ヘッドライトを採用するなど印象は一新された。
翌1969年にフルモデルチェンジを迎えて4代目となったスズキ・キャリイは、ジウジアーロデザインをまとっていた。おそらくジウジアーロの原案に近いのは前後対称に近いフォルムのバンで、トラックはおまけのような気もするが、先に紹介したハイゼットともども、軽トラもスタイリッシュに変身しつつあったのだ。
この年には、以前からボンネット型軽トラはラインナップしていたものの、キャブオーバー化に関しては1社だけ出遅れていたマツダから「ポーターキャブ」が登場。空冷2ストローク2気筒エンジンをはじめ設計はごくオーソドックスだが、お目目パッチリの愛らしい姿で今も人気の高いモデルである。
1970年初頭には愛知機械が自社ブランドであるコニーシリーズの生産を終了。自動車生産は日産からの委託生産のみとなった。これによって、1970年代を迎えた時点におけるキャブオーバー型軽トラは、スバル・サンバー、ダイハツ・ハイゼット、スズキ・キャリイ、三菱ミニキャブ、ホンダTN360、マツダ・ポーターキャブという現存する6メーカーによる6車種となったのだった。
その後は360ccから550ccへの軽規格改定をはじめさまざまな状況に対応しつつ、市場競争が展開されながらも、1988年にマツダがポーターキャブの生産を終了するまで自社生産(550cc化した1977年から三菱製エンジンを使っていたが)による6社体制は続いたのだった。
そして21世紀に入ってから、スバルが2012年、三菱が2014年、ホンダが2021年に軽トラの生産を終了。ダイハツとスズキの2社だけが残り、現在に至るというわけなのである。
(文=沼田 亨/写真=スズキ、ダイハツ工業、スバル、三菱自動車、本田技研工業、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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