ダイムラーの選択は“いばらの道”か?
EV化するスマートのこれからを考える
2018.10.19
デイリーコラム
圧倒的な「ノー!」の中で
2018年10月14日に幕を閉じたパリのモーターショー。ここで最も意欲的な展示を行ったメルセデス・ベンツは、新型の「Bクラス」や「GLE」といったガソリンエンジンを搭載するニューモデルを発表しつつも、全体としては、これまでどおり電動化への強い意欲を見せ続けた。
まずプレスカンファレンスにて、コンセプトカー「ヴィジョンEQシルバーアロー」を前に、ダイムラーのCEOであるディーター・ツェッチェ氏が「欧州のユーザーに行ったアンケートによると98.3%の人が、今年にEVを購入しないという結果でした」という驚きのスピーチを始めた。
「現状のEVを欲しいという人はいない」という、強烈な皮肉だ。しかしこの後で、「でも、大丈夫。これからリリースするEVである『EQC』は、これまでの普通のメルセデス・ベンツと同じように使えるから」と落とした。セールスに苦戦する現状のEVの状況を鑑みつつも、「自分たちのEVであるEQシリーズなら大丈夫」という強気の姿勢を見せたのだ。
もうひとつの電動化への意欲の象徴がコンセプトカー「スマート・フォーイーズ」だ。もうスマートは“完全なるEVブランド”にするという。スマートからガソリンエンジン車がなくなる――以前から、そのような方針はちらつかせてはいたが、今回は完全に「スマートはEVになる」と言い切った。1998年の初代スマート誕生から20年目の、大きな決断といえるだろう。
しかし、考えてみればスマートのEV化は、今に始まったアイデアではない。というか、20年前の最初のスマートもコンセプトの時点ではEVの可能性が模索されていた。先祖返りというか、ようやく最初のコンセプトを実現できる世の中になったともいえるだろう。
パリでうければ世界でイケる
そしてダイムラーは、EVとなったスマートをカーシェアに大いに利用するという。2008年から展開されている「Car2go(カートゥーゴー)」だ。これはスマートを使ったカーシェアリング事業で、すでに欧米のさまざまな都市で導入されている。フランス・パリでは、EVのスマートを使ったサービスを2019年にスタート。「98.3%の人がEVを買わなくても、カーシェアなら話は別」というわけだ。
とはいえ、パリにおけるEVのカーシェアビジネスは厳しい。これまでもパリには、「Autolib'(オートリブ)」というサービスが存在していた。これはオリジナルの小型EVを使った、官民の共同会社によるカーシェアサービスで、2011年に開始された。パリ市内に1000カ所以上設けられたカーステーションをベースに24時間自由にEVを利用できるというもので、借り出した場所とは別のカーステーションに乗り捨てることも可能であった。ピニンファリーナが担当した専用車両のデザインも、なかなかモダンだった。
このビジネスは世間の話題を集め、上々のスタートをきった。しかし残念ながら、オートリブの利用者は近年になって激減。2018年の夏を前にサービスは終了に追い込まれてしまった。理由のひとつは、ライバルの台頭。自転車シェアリングの利用者が増えているのだ。さらにいえば、いまパリの街中には電動キックスケーターのシェアリング「Lime-S」を利用する人も数多く見られる。電動キックスケーターは、そのまま地下鉄やバスなどの公共交通機関に持ち込むこともできる。意外に使い勝手の良さそうなサービスなのだ。
ウーバーといったライドシェアの普及も痛手だろう。そうした新たなライバルの勢力拡大にEVカーシェアが敗れたというのがパリの実情で、ダイムラーは、そこにスマートEVによるカーシェアで参入しようというのだ。
98.3%がEVを買わないという人たちに向けてEQシリーズをリリースし、さらにカーシェア激戦地であるパリへCar2goを導入する。まさにいばらの道だが、これを乗り越えたならば、その先にはきっと大きな成功がある。メルセデス・ベンツの奮闘に期待しよう。
(文=鈴木ケンイチ/写真=ダイムラー、Lime/編集=関 顕也)

鈴木 ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
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