第616回:わずか12台の限定生産車「バカラル」が示唆するベントレーのフューオフモデル戦略
2020.04.02 エディターから一言 拡大 |
本来であれば2020年3月のジュネーブモーターショーで初披露されるはずだった、ベントレーの2シーターオープン「バカラル」。ビスポーク部門マリナーが手がけた限定生産台数12台というこのモデルの開発意図を確かめるべく、英国クルー本社を訪れた。
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ベントレーの歴史を刻むクルー本社
先日、イングランドの田舎町クルーにあるベントレー本社と、それに併設する本社工場を訪ねた。ベントレーはフォルクスワーゲングループへと再編されたことで確かな成功を収めたが、しかしそれで満足することなく常に未来に向かって戦略的なプランを描き続けている。ここを訪れるたびに、ベントレーのそんな静かなる情熱を感じるのだ。
今回まずわれわれを迎えてくれたのは、住所番号に由来して「CW1」と呼ばれる本社内にあるビジターレセプションエリアに展示されていた、創立100周年を記念して製作されたコンセプトカーの「EXP 100 GT」や新型「フライングスパー」、あるいはビスポーク(特別仕様)部門のマリナーが製作した「コンチネンタルGTコンバーチブル」をベースとした「エクストリアンエディション」といったベントレーの今、そして未来に期待を抱かせてくれるモデルであった。
さらにここから自動ドアで別室に入れば、台数はさほど多くはないがベントレーの歴史を物語る、ヒストリックモデルが並ぶコンパクトなミュージアムも設けられている。
本社工場は、このCW1からクルマで5分ほど走った距離に位置する。茶色いレンガ作りの外壁は、初めてこの場を訪れた時から変わっていない。今回見学することができたアッセンブリーラインは、静かに、けれども正確に時間を刻みながら一台一台のベントレーを組み上げていた。
これまでクルー工場のアッセンブリーラインは、コンチネンタルGTとフライングスパー用、「ミュルザンヌ」用、そして「ベンテイガ」用の3本に分けられていたが、ミュルザンヌの生産が終了したことを受けて、今後そのラインはマリナーが使用することになったという。
伝統の職人技とハイテクの融合
マリナーは、「クラシック」「コレクション」「コーチビルド」の各部門を持ち、クラシックはその名のとおりクラシックモデルのレストアを、コレクションはベントレーのプロダクションモデルをベースとした特別仕様車を、そしてコーチビルドはマリナーに独自のワンオフやフューオフといった生産台数が極めて少ない限定生産車を生み出す役割を担う。
当日はコンチネンタルGT、フライングスパーのアッセンブリーラインを見学したが、やはり興味深かったのは、それを終えてから案内されたレザーやウッドのワークショップだった。ベントレーは現行モデルのコンチネンタルGTをデビューさせた頃から「インテリアの美しくそして高品質なフィニッシュは他ブランドに対する大きなアドバンテージである」とアピールしているが、確かにその製作工程や実際に必要とされる時間を見ると、それも間違いではないと納得させられる。
例えばレザーのワークショップでは、まずカスタマーが選択したカラーのレザーを必要な枚数だけ用意することから作業は始まる。2ドアクーペというボディーサイズゆえ最も少ない枚数で済むコンチネンタルGTでも、その枚数、すなわち牛の数は12頭前後を必要とするという。
産地は北部ヨーロッパ。これは牧場に有刺鉄線が張られていないこと、そして蚊がいないことなど、飼育時に傷つけられる可能性が低いということを理由に選ばれているという。だが実際にベントレーに運び込まれるレザー素材をチェックすれば、どの革にも必ずキズは存在する。したがってまずはダメージを確認し、同時にその場所を避けて必要な形に革をカットすることも重要な作業となる。
使用できるレベルに達しない部分を避けて革をパーツの形にカットしていくのは、かつては職人の仕事だったが、現在ではコンピューターとレーザーカッターがそれを担う。それを終えるとシートやステアリング、あるいはトリム類などに、ハンドメイドで職人がその革を加工していくのだ。もちろんカスタマーが希望するとおりの模様やステッチのとおりに。
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湖に浮かぶクルーザーのごとし
ウッドパネルのワークショップにも、同様に手作業の行程が数多く残る。ひとくちにウッドといってもその種類はさまざまで、仕上げ方法までをも含めれば、まさに無限大のフィニッシュがあると言っても過言ではない。産地はヨーロッパをはじめ、北米、中南米、ハワイ、東南アジアなど世界各国に及び、それぞれが独特な色味や模様を有している。
それを原木から薄い紙状へとスライスしてストック。オーダーによってそこから必要なウッドをピックアップし、研磨やラッカー塗装など、こちらも長い時間をかけた完成までのプロセスが待つ。そうした工程を実際に見ると、現在のコンチネンタルGTシリーズやフライングスパーに採用されるローテーションディスプレイの仕上がりやスムーズで美しい動きにも、さらなる価値を感じる。
再びコンチネンタルGTとフライングスパーのアッセンブリーラインに戻ると、静かな工場の中でひときわにぎやかなスペースがあることに気づいた。見れば工場のスタッフがスマートフォンで何かを撮影しているではないか。
その場にあったのは、本来ならば2020年のジュネーブモーターショーでワールドプレミアされる予定だった限定車の「バカラル」。マリナーが中心的存在となってプロジェクトが進められたモデルだ。華々しいデビューの場こそ失ったものの、その美しさは実車への距離が縮まるほどダイレクトに自分の身体へと伝わってくる。ちなみにバカラルとは、メキシコのユカタン半島にある美しい湖の名。今ここにあるバカラルは、まさにその湖に浮かぶ、美しくもスポーティーなクルーザーのようではないか。
共通するパーツはドアハンドルのみ
バカラルは先ほどCW1で見た創立100周年記念のコンセプトカー、EXP 100 GTから多くのデザインコンセプトを継承したバルケッタだとベントレーのデザイン担当役員ステファン・ジーラフ氏は語る。バルケッタとはイタリア語で小舟を意味し、古くから2シーターオープンモデルを表すと同時に、バルケッタそのものが車名として用いられた例も少なくない。
ソフトトップさえも装備されないバカラルは、外からもキャビンデザインをダイレクトに見ることが可能。インテリアのスペースは2シーターとしては十分な広さを持つもので、また各種スイッチのレイアウトなどからも、それが最新のコンチネンタルGTコンバーチブルをベースに製作されたモデルであることが分かる。
エクステリアのデザインは、低くワイドなフォルムが特徴となる実にスポーティーなものだ。特にフロントセクションは大型のグリルやエアインテーク、そしてボンネットの前端で立ち上がったシャープなラインがそのままAピラーまで連続するなど、その第一印象から速さを感じさせるフィニッシュがとても魅力的だ。ボディーサイドを前後に走るラインやリアフェンダー上のラインも同様に美しい。参考までにこのバカラルとベースになったコンチネンタルGTコンバーチブルの両モデルで共通するボディー関連パーツは、左右のドアハンドルのみ。これはキーレスでのエントリーやロックを採用するための選択だったということだ。
フロントに搭載されるエンジンは、フォルクスワーゲングループの象徴ともいえる6リッターのW型12気筒ツインターボで、これもクルー工場で生産される。最高出力は659PS、最大トルクは900N・mにまで強化され、8段デュアルクラッチ式トランスミッションを経て、アクティブ4WDシステムへとトルクは伝達される仕組みだ。シャシーには48Vシステムのダイナミックライドを採用。まさに最新のベントレー像が、このモデルで具現されている。生産台数はわずかに12台。ベントレーによれば、すでにそのすべては売約済みであるという。次なるマリナーのフューオフモデルは何なのか。恒常的な生産ラインの確保によっていっそう存在感が高まったマリナーの未来が楽しみだ。
(文=山崎元裕/写真=ベントレー モーターズ/編集=櫻井健一)
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山崎 元裕
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