第650回:新車がない! 試乗もできない! イタリアの自動車雑誌の最新号にはどんな記事が載っているのか
2020.04.10 マッキナ あらモーダ!イタリア版“ドンキ”
イタリアで全土封鎖と外出制限、そして必要最低限の分野を除く生産活動の停止が施行されてから、早くも1カ月が経過しつつある。
そうした状況下で「イタリアの自動車雑誌の最新号はどうなっているのか?」というのが今回の話題である。
その前に、イタリアと筆者の近況報告から。イタリア全土では新型コロナウイルスによる一日あたりの死者数が、2020年3月27日の969人を最高に、4月初旬からは減少傾向が見られるようになった。同様に新規感染者数および集中治療室での対応が必要な患者数の伸びも鈍化した。
しかし、筆者が住む中部トスカーナ州は、先に被害が拡大した北部諸州に次いで感染者が多い地域であることに変わりはない。
本稿を執筆している昨日も今日も、数えてみたら朝から5度にわたり、救急車とドクターカーがサイレンをけたたましく鳴らしながら、わが家のそばを走り去って行った。
イタリアの霊きゅう車といえばあふれんばかりの花を載せるのが習慣だが、衛生上葬儀が禁止されているため、見えるのは棺(ひつぎ)だけだ。
朝のテレビ番組の交通情報で映し出されるのは、閑散としたアウトストラーダ(高速道路)の映像だ。時折現れるのは物流輸送の大型トラックの姿だけで、ほとんど放送している意味がない。
閑散といえば、通勤でやってくる人や近隣のホテル客で満車だったはずの公共駐車場にも、クルマの影がない。そこに残っているのは、ユーザーが捨てたか、盗難車と思われるクルマのみである。外出制限は、図らずも“怪しいクルマ発見器”の役割も果たしている。
いっぽうで、こんなポジティブな発見もあった。
わが家に最も近い小さなスーパーマーケットでは、日ごろから店員の士気がまったくもって低く、覇気も足りなかった。理由は周辺に競合店がないことだ。旧社会主義圏の商店よろしく、競争原理が働かないのである。その上バス停に近く、大きなスーパーにクルマで行けない近隣の高齢者が頼りにする。値段も高い。
大手スーパーの宅配サービスは一日あたりのキャパシティーが少なく、まったく受け付けてもらえない状態が続いている。
そのため筆者は、全土封鎖が発令した後も、やや離れたディスカウントスーパーを利用していた。
しかし、先日その覇気のない近隣のスーパーをのぞいてみた。するとどうだ、23年も住んでいてもなじみがなかったような食べ物や飲料がたくさん見つかるではないか。店員の態度を理由に長らく足が遠のいていたため、商品ラインナップの豊富さを見落としていたようだ。これは思わぬ発見だ。他店に比べて暗い照明と狭苦しい店内も、日本の“ドン・キホーテ”だと思えばいい。
どのような不便な状況も、ゲームと考えればそれなりに過ごせるのである。
試乗もない 新車もない
ところで、筆者の身近でメディアに関わる人たちは、こうした状況下でどのように暮らしているのか。そう思い、連絡してみることにした。
まずは地方テレビ局に勤務するプロデューサーである。彼は長い休暇を海外で過ごして帰ってきたばかりだが、通常勤務に駆り出されていた。
「県内の新型コロナに関する最新状況のほかに、エンターテインメントや文化番組も放映しないといけないから」と教えてくれた。特に高齢者世帯にとって、平常時から地方テレビ局の放送は大切な娯楽である。彼の使命感は強い。
いっぽう、長年トリノで自動車誌のチーフフォトグラファー兼ジャーナリストを務めている人物の話は悲観的だった。
まず彼は「出版社全体がすでに全員リモートワークに入っている」と教えてくれた。
ただし「自動車誌部門は、事実上業務の継続が不可能だ。なぜなら、試乗ができないし、新型車に触れることもできない。元の状態に戻るのには時間を要するだろう。極めて難しい時期だ」とし、目下予定が立たないことを示した。彼がライフワークとして撮影していた国内ラリーも軒並み中止だ。
「今は自分の健康が第一さ」とつぶやく。事実、トリノがあるピエモンテ州は、州別の感染者数で全国3位である(2020年4月6日現在)。苦悩がしのばれる。
参考までに、2020年3月のイタリアの乗用車登録は前年比85.4%減という、恐るべき結果となった。実際の台数にして2万8326台だ(UNRAE調べ)。
日本における同じ月の乗用車販売台数で見ると、ほぼ日産1社だけの販売台数(2万7238台。日本自動車販売協会連合会調べ)にすぎないといえば、どれだけマーケットが危機的な状況かをお分かりいただけるだろう。
感染地帯のサプライヤーをいち早く取材
このように人々の自動車購入マインドが落ち込んでいる2020年4月初旬現在、イタリアの新聞・雑誌スタンドに並んでいる自動車雑誌の最新号はどのような内容なのだろうか。代表的な3誌のサマリーを調べてみた。
『クアトロルオーテ』(5ユーロ:約600円)
イタリアを代表する自動車誌で、320ページ以上というボリュームでありながら、日本円にして約600円。その真面目な筆致を評価する人なら、あまりにバリュー・フォー・マネーな価格といえる。参考までに、同誌のオフィシャルサイトには常勤・契約ライターを含めて25人が名前を連ねていて、根っからの自動車のエキスパートだけでなく、ワイン専門誌や新聞、テレビなどさまざまな分野から集まっている。このあたりも記事内容の深さの秘密といえよう。
今号の巻頭にある編集長のコラムは移動制限が全国に拡大された日、つまり3月10日に記されたもので、自動車業界がこれから直面するであろう事態を予測している。
この雑誌の真面目さは、巻頭特集に表れている。イタリアで最も早く新型コロナ感染の事態が深刻になった人口1万6000人の町コドーニョに赴いている。
訪問しているのは電装品メーカーのMTAだ。1954年創立で、ランボルギーニやアルファ・ロメオ、BMWモトラッドのメーターや、ボルボのセンターディスプレイなどを生産してきた同社が直面した危機を紹介。同時に、イタリアのサプライヤーの操業停止が自動車産業に与える影響について、13ページにわたって展開している。
海外試乗記としては、イタリアの自動車媒体を代表して、アフリカ南部のナミビアで乗った「ランドローバー・ディフェンダー」のインプレッションを掲載している。
世界各地への渡航が急速に困難になる、まさに前夜のリポートといえる。
こうした状況下における彼らの強みは、小さな自社サーキットを所有していることだ。今号でも、早速「フィアット500」と「フィアット・パンダ」のマイルドハイブリッド仕様をテスト。同様に、8代目「フォルクスワーゲン・ゴルフ」もいち早く試している。
ちなみにこのサーキットも、生産活動の休止措置によって使用が難しくなったと思われる。だが制限解除の暁には、いち早いテスト再開に貢献することは確かだ。
生き残りの鍵は「ユーザーに寄り添えるか」
続く2誌の内容も紹介しよう。
『アル・ヴォランテ』(1.5ユーロ:約180円)
その価格もあって、新聞・雑誌スタンドでの手に取りやすさでは随一といえる自動車誌である。
巻頭では急きょ中止となったジュネーブモーターショー2020について解説するとともに、「プジョー208」が欧州カーオブ・ザ・イヤーを受賞したことを伝えている。
読者の自己所有車を基準にした人気車ランキングや「アルファ・ロメオ・ジュリア」と「アウディA4」の中古車評価、新古車情報、ナンバープレートを盗まれた場合どうする? といった実用情報がめじろ押しだ。
同時に、「車いすでの移動の際に乗降が容易なタクシーが少ない」といった社会派記事も収めている。
『アウト』(5ユーロ:約600円)
「ポルシェ911ターボS」が表紙を飾った同誌の最新号は、幻のジュネーブモーターショー2020の展示車を紹介するとともに、これからのモーターショーのあり方を論じている。
元WRCチャンピオンのヴァルター・ロールがテストしているのは「ポルシェ718ケイマンGTS」である。
またeモビリティー特集として、マサチューセッツ工科大学でスマートシティーの研究にあたるイタリア人建築家にインタビュー。関連記事として『クアトロルオーテ』誌と同様、編集部所有のサーキットで「フォルクスワーゲンe-up」などをテストしている。
映画『007』シリーズの新作で、イタリア南部マテーラでロケが行われた『ノー・タイム・トゥ・ダイ』の劇中に登場車両も紹介。さらに、懐かしい「クーペ・フィアット20ヴァルヴォレ ターボ」について解説するなど、カルチャー系読者や熟年読者層へのサービス精神も忘れていない。
結論として、今回の新型コロナ危機に際して3誌の最新号は、広い視点でかつ深く読ませる『クアトロルオーテ』、実用情報で攻める『アル・ヴォランテ』、『クアトロルオーテ』と同様に自前のサーキットを持ちながらカルチャー系読者も取り込もうとする『アウト』というこれまでのキャラクターを、図らずもより強めていたことになる。
実際のところ3誌の最新号の一部には、全土封鎖が行われる前に取材・執筆された記事が含まれている。したがって、屋外取材が許されなくなってから手がけたことになる来月号で、真の実力が明らかになるだろう。
前述した筆者の知人が暗示するとおり、イタリア自動車誌の将来は決して楽観できない。各誌が年間購読やウェブ版を大幅値引きしていることからも、安泰ではないことがうかがえる。
だが彼らは長年、自動車というツールを日本の専門誌と比べて、今回紹介したようにより多角的に観察し、語ってきた。
危機が去っても、クルマがまったく要らない社会になるわけではない。これまで培った能力で、よりユーザーの心理や要望に寄り添う内容を目指せば、この危機を乗り越えることは不可能ではない。そう筆者は思うのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、グループPSA、FCA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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