トヨタ躍進の起爆剤となるか 新型コンパクトSUV「ヤリスクロス」の“強み”に迫る
2020.05.13 デイリーコラムありそうでなかったクルマ
トヨタが先日発表した「ヤリスクロス」は、まったく新しいクロスオーバーSUVである。その車名はまさに「名は体を表す」で、このクルマも先日デビューした新型「ヤリス」に続いてトヨタの新世代Bセグメント用プラットフォーム「GA-B」を土台に構築される。このクルマ、無理にこじつければ「イスト」(欧州名「アーバンクルーザー」)の再来といえなくもないが、イストは2016年(アーバンクルーザーは2012年ころ)には生産終了しているから、実際の商品企画としての継続性は皆無と考えていい。
ヤリスクロスは、本来であれば2020年春開催のジュネーブショーで世界初公開されるはずだった。生産拠点は日本とフランス。日本生産分はこの2020年秋から国内で、フランス生産分は2021年半ばから欧州で販売される予定という。現時点では、それ以外の市場での販売計画は明かされていない。将来的に日欧以外でも売られる可能性はあろうが、商品企画としては明らかに日欧市場に特化したコンセプトである。その点も新型ヤリスと同じだ。
そんなヤリスクロスは、日本でいうと“コンパクトSUV”の一種ということになろう。コンパクトSUVという表現そのものは、ほぼ世界共通語である。ただ、その定義というか、そこから想起されるイメージには地域差がある。
日本の場合、ヤリスなどのBセグハッチバックが“コンパクトカー”と通称されることもあって、コンパクトSUVというと、そのBセグ用プラットフォームをベースとした全長4.1~4.3mのクロスオーバーSUVというイメージが強い。その背景には、初代「日産ジューク」が日本におけるコンパクトSUVの火つけ役だった影響もある。初代ジュークもBセグベースで、その全長は4135mmだった。
狙うは成長を続ける“欧州B-SUV”市場
いっぽう、世界2大市場(北米と中国)を筆頭に、もうちょっと立派なクルマまでコンパクトSUVと呼ぶ地域のほうが世界的には多い。日本車だと「トヨタC-HR」を筆頭に「マツダCX-30」「三菱エクリプス クロス」といった面々がそれにあたり、全長4.3~4.5mにおさまるサイズ感で、多くの場合はひとクラス上のCセグ用プラットフォームを土台とする。ちなみに、日本でも人気の「ホンダ・ヴェゼル」はBセグ由来の骨格設計でありながら、車体サイズ(全長4330mm)はC-HRやCX-30に近い。そういう微妙(あるいは絶妙)なポジショニングがヴェゼル独自の商品力になっている。
話を戻すと、北米や中国などの市場に対し、欧州市場におけるクルマのサイズ感や好みは、日本のそれに近い。コンパクトSUV=Bセグベースというイメージも日本と同様で、欧州で同セグメントは“B-SUV”と称されており、そのシェアは日本以上に大きい。考えてみれば、欧州でコンパクトSUV市場を開拓したのも初代ジューク(や初代「MINIクロスオーバー」)だった……。
欧州B-SUVにおける現在の一番人気は「ルノー・キャプチャー」で、同じルノー系の「ダチア・ダスター」、そして「フォルクスワーゲンTロック」「プジョー2008」「フォード・エコスポーツ」「シトロエンC3エアクロス」「フォルクスワーゲンTクロス」らがそれに続く。全長ではC3エアクロスより大きく、Tロックや「アウディQ2」よりは小さいヤリスクロスは、この市場に真正面から挑むことになる。
トヨタが欧州メディア向けに広報した資料によると「ヤリスクロスはフランス工場で年間15万台以上を生産して、欧州B-SUVセグメントでのシェア8%以上を目指す」のだそうだ。そこから単純計算すると、欧州B-SUV市場は年間200万台ほどの規模となる。対して、欧州Bセグハッチバックの市場規模は250~300万台といわれている。現時点ではまだBセグハッチバック市場のほうが大きいが、B-SUV市場が毎年2ケタ%増の勢いで成長してきたのに対して、Bセグハッチバックのそれは縮小気味。新型コロナ禍の下ではなにもかも予測しづらいが、これまでの傾向が続くとすれば、欧州では1~2年内にB-SUV市場のほうが、Bセグハッチバックのそれより大きくなる可能性がある。
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フルハイブリッドの先駆者ならではの強み
このように市場規模を見るだけでもヤリスクロスの欧州における重要性はうかがえるが、もうひとつ注目すべきはヤリスクロスのCO2排出量だ。現時点では詳細がすべて判明しているわけではないが、欧州で販売されるヤリスクロスは基本的にハイブリッドで、そのCO2排出量はFF車で90g/km以下、4WD車で100g/km以下(ともにNEDCモード値)という。
知っている人も多いように、欧州(EU)では自動車全体の平均CO2排出量を95g/km以下とすることが目標とされており、それを達成できなかったメーカーは2021年から巨額の罰金が科せられる。厳密には生産台数や商品構成によってメーカーごとの目標値が異なったり、エンジンを積んでいてもプラグインハイブリッド車だけは少し優遇されたり……など複雑な要素はあるものの、EU域内でビジネスをする大量生産メーカーグループは、おおむね平均100g/km以下のCO2排出量達成が求められている。ただ、それを達成するための具体的な欧州での商品戦略や展望が、いまだにはっきりしないメーカーも少なくない。
こうして考えると、非プラグインのクロスオーバーSUVでありながら90g/km以下……というヤリスクロスのCO2排出量はトヨタ以外ではまだ例がない。これは素直にスゴい! しかも、ハッチバックのヤリスハイブリッド(の欧州仕様)のCO2排出量はさらに少ない64g/kmだ。これまたスゴい!!
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日本のSUV市場はトヨタに独占される?
このように、使い勝手でも価格でも“即戦力”の大量販売モデルが、なんの条件もなくCO2排出目標をクリアするとなると、トヨタにとってこのうえない強みとなる。ヤリスクロス(とヤリス)が売れるほど、トヨタは欧州で、より高性能な高額商品(=CO2排出量が多く、利益率が高い)をたくさん売れるのだ。
日本でもこの2020年度からメーカー平均の燃費基準が導入されるが、EUのそれほどは厳しくなく、また表向きは罰則もない。ただ、ヤリスクロスは前出の従来型ジュークや「CX-3」「スズキ・エスクード」、あるいは近日国内発売予定の「日産キックス」、そしてヴェゼル(の一部)の顧客を、根こそぎかっさらう(?)ポテンシャルを秘める。しかも、このクルマの登場でトヨタの国内SUVラインナップは、ダイハツ供給の「ライズ」から(ヤリスクロスをはさんでの)C-HR、そして「RAV4」「ハリアー」と、水も漏らさぬ布陣が完成する。
このままだと、日本でのトヨタひとり勝ち状態はさらに進行するだろう。そして、トヨタが唯一なかなか勝てなかった欧州市場でも、彼らのシェアが爆上がりする可能性が高い。ヤリスクロスは、いかにも昨今のトヨタの強さを象徴する一台である。というわけで、トヨタ以外、みんな頑張れ(笑)。
(文=佐野弘宗/編集=堀田剛資)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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