「レクサスIS」はなぜフルモデルチェンジしなかったのか?
2020.06.24 デイリーコラム時期的にはフルモデルチェンジでもいいけれど
「レクサスIS」の刷新をめぐっては、そもそもフルモデルチェンジ説とマイナーチェンジ(マイチェン)説が飛び交っていた。実際、レクサス=トヨタ自身が事前告知で「新型」とうたったことから、一部からは「やっぱり、フルモデルチェンジか!?」といった声も上がったものの、結局はマイチェンだった。
こうして姿をあらわした新しいISの内容が、マイチェンとしてはかなり大規模であることは事実だ。プレスリリースで「キャラクターラインにおいて、高精度でよりシャープな造形を実現」したとアピールされているリアフェンダー周辺のヒップサイドのラインはもちろん、写真を見るかぎり、ボンネットやフロントフェンダー、前後ドア、トランクリッドまで変更されているようだ。外板のプレスパネル部品、しかもボンネットやトランクリッドなどのフタモノ以外にまで手をつけるのは、日本車のマイチェンとしては異例である。
また、走行性能の向上のために、車体構造の強化やスポット溶接の増し打ちをしたほか、ホイールハブまで強化されているという。ここまで踏み込んだ内容であれば、わざわざ、「新型」をうたいたくなる気持ちも分からないではない。
それ以前に、現行ISは発売から7年以上が経過しており、とっくにフルチェンジしていてもおかしくない。今回の改良にまつわる情報が冒頭のように錯綜したのも、時期的に「いくらなんでも、そろそろフルチェンジでは?」という相場観があったからでもあろう。
レクサスの主張
「TNGA」を標榜して以降のトヨタ/レクサス車は、明確なプラットフォーム戦略のもとで商品開発されている。そして、これだけ巨大なトヨタですら少量生産にならざるをえないエンジン縦置きFRレイアウトの乗用車は「GA-L」というプラットフォームに統一されるのが基本路線になっている。であれば、このISも「LC」に「LS」、そして「クラウン」に続いて、そろそろGA-Lを土台にフルチェンジするのがスジというもんだろ!?……といった思いを、編集部F君はレクサス広報部に直電でぶつけた。で、そんなF君へのレクサス広報から回答は以下のとおりである。
「ご指摘のとおり、レクサスにはすでに新世代のFRプラットフォーム(=GA-L)がございます。しかしながら、ISがこれまで紡いできたコンパクトなFRスポーツセダンとしての走りを熟成させるには、現行モデルを磨き上げるのがベストという判断になりました。日本導入は2020年秋以降になりますが、ぜひ楽しみにお待ちいただきたいと考えております」
ひとつお断りしておくが、今回のF君は不覚にも、その時の電話を音声録音もメモもしていなかった。F君は「内容はおろか、広報氏の声がかすれた部分まで覚えている」と主張してはいるものの、上記はあくまで「われわれは、そういう趣旨と理解した」という意味の意訳なので、細かい言葉尻に関してはスルーしていただきたい。
それはともかく、このレクサス広報部のコメントを「セダンばなれが叫ばれる昨今、販売台数を見込めず、コスト的にフルチェンジしない(=できない)ことへの弁解」と意地悪に裏読みする向きもあるかもしれない。ただ、私としては少なくとも「コンパクトなFRスポーツセダンとして……現行モデルを磨き上げるのがベスト」という部分に、ウソはないと思う。というのも、GA-Lは大型クーペのLCからスタートしたことからも想像されるように、事実上の量産ハイエンドクラスとなるLセグメントに最適化されたプラットフォームだからだ。
GA-Lは前記のようにクラウンにも使われている。クラウンといえば、生産終了間近の「レクサスGS」、あるいは「BMW 5シリーズ」や「メルセデス・ベンツEクラス」に相当する車格をもつ。その現行クラウンの開発チームにインタビューしたとき、ある担当者は「GA-Lプラットフォームということで性能は飛躍的に向上したのですが、設計当初の見積もりで、そのまま開発を続けては、かなり重くなってしまうことが判明しました。当初はプラットフォーム部分はできるだけ変えないという予定だったのですが、実際には鉄板の厚さまで再検証することになりました」と明かした(これはほぼ正確な口述筆記)。というわけで、クラウンは開発途中に想定外の軽量化対策を強いられているのだが、それでも5シリーズやEクラスと比較すると、車体サイズのわりに重量は重い。
次期ISがあるとするなら
クラウンですらそうなのだから、さらにコンパクトなISをGA-Lでつくるのはむずかしい……。というか、そもそもGA-Lの計画にISは含まれていない可能性が高い。すなわち、このままだと今回のマイチェンはISにとって終活=最後の大規模改良かもしれない……。
となれば「もうひとまわりコンパクトな後輪駆動プラットフォームをつくって、『86』や『スープラ』も自社開発すればいい」と主張するエンスージアストもおられるだろう。
しかし、86やスープラの開発を率いた現GR開発統括部チーフエンジニアの多田哲哉さんの主義は「セダンとプラットフォームを共用したスポーツカーなんぞクソ(これはもちろん筆者による超意訳)」というもので、それゆえのスバルやBMWとの共同開発なのである。よって、少なくとも多田さんの目の黒いうちは、それはありえない(?)。
いずれにしても、ISは兄貴分のGSとは対照的に、フルチェンジと見まがうばかりテコ入れで再出発することになった。今回はマイチェンとしてはかなり高めのコストがかかっているはずなので、現行ISもあと数年は生き永らえるだろう。それ以降の次期型ISの具体計画は存在しないのかもしれない(し、あるかもしれない)。ただ、かりに今はこれが最後の姿としても、新しいISがどこかでバカ売れでもしたら、すぐにでもフルチェンジの検討がはじまるだろう。メーカーの商品企画とはそういうものである。
新しいISの走行性能開発は、2019年4月に愛知県豊田市に建設された新テストコース「トヨタテクニカルセンター下山」で熟成されているのだという。記念すべき下山産レクサス第1号になりそうな新しいISだが、日本の小型FRセダンの火を消さないためにも、いいクルマになっているといいですね。
(文=佐野弘宗/写真=トヨタ自動車/編集=藤沢 勝)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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