【F1 2020】圧巻の勝利でタイトルを決めたハミルトンの8冠への意欲
2020.11.16 自動車ニュース![]() |
2020年11月15日、トルコのイスタンブール・パークで行われたF1世界選手権第14戦トルコGP。名コースの呼び声高いイスタンブール・パークは再舗装され滑りやすい路面となり、さらに雨が加わって、週末のレースは予想外の展開となった。
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チャンピオン決定戦はティルケの最高傑作で
ヘルマン・ティルケといえば、1990年代後半から新たに建造、あるいは改修されたF1サーキットのほとんどを手がけてきた、おそらく世界で一番有名であろうサーキットデザイナー。マレーシアのセパンや中国の上海、リニューアルされた日本の富士スピードウェイなど、彼と彼の建築会社によるコースは枚挙にいとまがない。
こうした“ティルケ・サーキット”は、広大なアスファルトのランオフエリアや、ストレート後の急ターンなど共通する特徴があり、ありきたりでつまらないといった否定的な見方を集めがちである。しかし、今日のF1に必要とされるオーバーテイクのしやすさやエンターテインメント性、高い安全性、近代的で個性的な施設などを総合的に勘案すれば、結果的に似たような個性に落ち着いてしまうというのは仕方がないこと。問題はティルケではなく、“ティルケ一辺倒”となったF1側の判断というべきだろう。
2020年はコロナ禍で変則的なカレンダーとなり、前戦のイモラをはじめ、新顔のポルティマオやムジェッロといった、ささいなミスすら許されない古いタイプの“非ティルケ・コース”の魅力を再発見することとなった。
では、ティルケのコースが駄作ばかりかといえば、もちろんそうではない。トルコのイスタンブール・パークは、ティルケの最高傑作といわれる名サーキットであり、左、左、左と強烈な横Gを受けながら高速で駆け抜ける複合の「ターン8」は、スパ・フランコルシャンの「オールージュ」や鈴鹿サーキットの「130R」と並び称される名物コーナーとして知られる。アップ&ダウンの連続する地形に張り付いた5.3kmのコースでは、2005年の初開催から7年間にわたり数々の名勝負が繰り広げられてきた。
9年ぶりにカムバックしたイスタンブール・パークでの第14戦トルコGPは、ルイス・ハミルトンにとってタイトルがかかった一戦。13戦して282点を獲得していたポイントリーダーのハミルトンは、ランキング2位のバルテリ・ボッタスに85点の差をつけていた。トルコGPの後は3戦を残すだけとなり、このギャップが78点以上であれば、今年最多勝ドライバーとなるハミルトンの、7度目の戴冠となる計算だった。
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ストロールが衝撃の初ポール メルセデス勢は6位と9位
名コースとの評判に期待してトルコ入りしたドライバーは、たった2週間前に再舗装されたばかりという路面に翻弄(ほんろう)されることになる。よりによってピレリが持ち込んだタイヤが一番硬めのセットということもあり、初日の金曜日は極端なローグリップでスピンが多発。さらに土曜日には雨が降ったことで、まともな走行ができないまま予選を迎えることとなった。
全20台出走のQ1は、途中から雨脚が強まるなどして2度も赤旗中断。その後は徐々にコンディションが回復し、Q2、そしてトップ10グリッドを決めるQ3へと進んでいったが、最後のセッションで番狂わせが起きた。
レッドブルのマックス・フェルスタッペンが、フルウエットタイヤで各セクター最速となっていたものの、状況から浅溝のインターミディエイトタイヤが最適と判断しアタックを中断、ピットでインターに交換した。その間にインターでトップを取っていたのがレーシングポイントのセルジオ・ペレス。残り数分、フェルスタッペンが必死に追い上げるも、やはりインターを装着していたレーシングポイントのランス・ストロールが最速タイムを更新し、ここで時間切れとなった。
雨と荒れたコンディションに強いストロールが、F1キャリア4年目にして自身初、史上101人目のポールシッターとなった。また3回のフリー走行すべてでトップだったフェルスタッペンは、0.290秒足りず惜しくも2位。3位ペレス、4位にレッドブルのアレクサンダー・アルボン、5位にルノーのダニエル・リカルドと、トップ5にメルセデスが1台もいないという珍しいグリッドとなった。
昨季最終戦から続いた連続ポールが14で止まったメルセデスは、ハミルトンが6位、ボッタス9位。週末を通じて滑りやすい路面に消極的で、特にハミルトンは精彩を欠くドライビングに終始していた。ルノーのエステバン・オコンは7位。初めて2台そろってQ3に出たアルファ・ロメオは、キミ・ライコネン8位、アントニオ・ジョビナッツィ10位と好位置を得た。
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スタートからレーシングポイント1-2 ハミルトンの苦戦続く
しっかりと走り込みができず不確定要素が多いまま迎えたレースデーは、スタート前にまたしても雨が降り、全車フルウエットタイヤを装着して58周レースは始まった。
レーシングポイントのストロールとペレスが1-2でスタート。フェルスタッペンが出遅れ5位に落ちる一方、ハミルトンは3位、11番グリッドから出たフェラーリのセバスチャン・ベッテルは4位までジャンプアップを果たしていた。またボッタスとオコンはターン1でスピンして最後尾まで脱落。その後ボッタスはスピンを繰り返し、終盤には周回遅れにされ、ポイント圏外の14位でレースを終えることになる。
3つポジションを上げたハミルトンだったが、この時点ではまだ苦戦が続いており、フェルスタッペン、アルボンに瞬く間に抜かれ6位に戻ってしまった。一方、先頭を走るストロールはファステストラップを刻みながら快調なペースで飛ばしていた。ストロールとハミルトンの立場が逆転するには、タイヤ交換を終えてレースが中盤を迎えるころまで待たなければならなかった。
ラインは徐々に乾き始め、7周目にフェラーリのシャルル・ルクレールがインターミディエイトタイヤにスイッチすると各車続々とこの動きにならった。レッドブル勢は上位勢で最も遅く、12周目にフェスルタッペンをピットに呼んだ。これでトップ3は、1位ストロール、2位ペレス、3位フェルスタッペン。ハミルトンはといえば、ベッテルに抜かれ4位から5位に落ち、まだくすぶっている状態だった。
フェルスタッペンが優勝争いから脱落したのは18周目のこと。ストレートで2位ペレスに並びかけるもコースオフしスピン。タイヤにフラットスポットを作ってしまい緊急ピットインの後、8位までポジションダウンしてしまう。次にレーシングポイントに果敢に勝負を挑んだのはアルボンで、ペレスに1秒以下の僅差まで迫るも、タイヤの摩耗が進むと勢いを失い、34周目、痛恨のスピンで表彰台圏内から脱落した。
結局、この日のレッドブルは主役にはなれず、フェルスタッペン6位、アルボンは7位でチェッカードフラッグを受けることとなった。
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ハミルトン、インターを50周も持たせ圧巻の勝利
レースは折り返し地点を過ぎ、路面が乾きドライタイヤへスイッチするのが早いか、インターミディエイトが音を上げるのが早いかの我慢比べの様相を呈した。こうなると、タイヤマネジメントにたけたドライバーが強さを発揮する。そう、ハミルトンの出番である。
アルボンのスピンで3位に上がったハミルトンは、インターミディエイトで周回を重ねれば重ねるほど安定して速いタイムを出せるようになり、すぐさま2.6秒前のペレスに照準を合わせた。逆に首位を走り続けていたストロールはインターで苦しむようになり、37周目になるとたまらずピットイン。新たなインターを与えられ4位でコースに復帰したものの、その後はひどいグレーニングに悩まされ次々と抜かれ、9位フィニッシュという惨めな結果に終わったのだった。
ストロールのピットインと同じ周には、ハミルトンがペレスに襲いかかり、豪快な追い抜きを披露してついにトップに躍り出た。1位ハミルトン、2位ペレスと、タイヤを持たせることが上手な2人の後ろには、2ストップでフレッシュなインターを履き追い上げてきていたルクレール。彼のフェラーリは勢いそのまま、タイヤが限界を迎えていた2位ペレスを追い回し、ファイナルラップで抜きにかかるも失敗、僚友ベッテルに今季初表彰台をプレゼントしてしまった。
ハミルトンは、インターミディエイトタイヤを50周も酷使しながら、2位ペレスに31秒ものリードを築き圧巻の勝利を飾った。これで文句なしのドライバーズチャンピオンシップ決定。第12戦ポルトガルGPでミハエル・シューマッハーの史上最多勝記録を抜いたハミルトンは、シューマッハーの最多タイトル7冠に肩を並べることとなった。
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7冠王者が語った来季への意欲
チェッカードフラッグを受けた後のハミルトンは、感涙にむせびながらチームや家族への感謝の言葉を語り、そして来季への思いを話し始めた。「何か“始まったばかり”という不思議な感じなんだ。今季は身体的には問題なくとも、精神的にはどのように臨んだらいいか分からない状態だった」
「そんな状況でも、周囲の素晴らしい人々やチーム、自らを応援してくれる“チームLH”のおかげで、集中して戦うことができたんだ。来季もより良いシーズンになるだろうと期待している」
ハミルトンとメルセデスは来シーズンの契約をまだ締結しておらず、トルコGP前までは「引退もあり得るのでは」との臆測も流れていた。フィジカルも記録も大事だが、湧き上がるモチベーションがなければ戦い続けることはできないのだ。
2021年も続投する意欲を示したハミルトンは、自身の中で何をつかんだのだろうか。それは、F1を通して成し遂げたいことがはっきりしたということだ。コロナ禍に加え人種差別問題が世界的にクローズアップされた2020年、ハミルトンは声高に人権問題を訴え、時に表彰台で人種差別反対のTシャツを着て物議を醸すこともあった。「F1のスポーツとしての責任を果たすこと、世界各国の人権問題から目をそむけないこと」という彼の政治的なメッセージは、勝ち続けることで世界に広まっていく。そのことの自覚が覚悟へと昇格したことで、彼は来年も走ることを公にしたのだ。つまり、前人未到の8冠も、決して夢ではなくなってきたということである。
両チャンピオンも決まり、今季も3戦を残すのみ。第15戦バーレーンGPは、11月29日に決勝が行われる。
(文=bg)