第688回:失って1年で気づいたモーターショーの大切さ
2021.01.07 マッキナ あらモーダ!ショーが離れていった
元号とは縁遠いイタリア生活だが、気がつけば令和も3年である。
日本のメディアでは引き続き「若者の○○離れ」といった企画でにぎわっている。
該当する業界には、収益の減少や関連産業の衰退といった由々しき問題が起こるのも事実だ。だが「離れ」の内容は、酒やタバコ、テレビ、ゲーム、ゴルフ、ギャンブル、カラオケ……と、筆者個人としてはなくても困らないものが大半である。新型コロナ以前から居酒屋離れも一部で起きていると聞いた。学生時代から多人数で集い、用もなく酒を飲むのが苦手で、社会人になってからも忘年会の良心的参加拒否を繰り返していた筆者である。「時代が自身に追いついた」と勝手な解釈をしている。
ついでに言えば「クルマの運転」も、人から見てさっそうと操縦できなくなる前に“離れ”ようと今から決めている。
いっぽう昨2020年に筆者が意図することなく、向こうから離れていったものといえば、モーターショーであった。新型コロナウイルス感染対策のため、ジュネーブとパリのショーが開催中止となった。4月に予定されていた北京の場合は、10月に延期されると同時に、入場制限などを設けたうえでの開催となった。そのため国際ショーのムードは大幅に後退し、筆者もついぞ行けなかった。
モーターショーだけではない。日本でも同様の動きがあるとおり、ヨーロッパでもクルマの売り方が変化した。新しく登場した代表的なものがインターネットを通じた販売である。
イタリアでもネット販売シフトが進む
2020年12月3日、FCA系の自動車リース会社、リーシスが運営するクリッカーが、個人向けの中古車インターネットオークションの運営を開始した。
原則として1時間に1台が出品されるという、生きのよさを売りにしている。
彼らのウェブサイトを訪問してみる。年末年始は出品ペースが若干落ちていたが、大みそかが迫ったイタリア時間12月29日の午前中でも7台が出品されていた。「2021年1月6日までは名義変更手数料が無料」と盛り上げる。
競りは前日の18時開始で、翌日の16時に終了するというタイムテーブルである。
出品車の一例を紹介すると、赤の2019年式「フィアット500」の1.2リッターエンジン・MT仕様(走行約6万8000km)が最低入札価格9000ユーロ(約114万円)で出品されている。同じく2019年式「ジープ・レネゲード」の1.6リッターマルチジェットエンジン・MT仕様(走行3万5000km)は、1万6320ユーロ(約207万円)からである。
100ユーロ単位で入札価格を上げられるルールだ。
前日に出品された車両の一部も紹介されている。あえて注文をつければ、著名なオークションハウスの高級車のように、相場の参考となるよう過去の落札価格が表示されれば、より顧客の関心を引きつけることだろう。また、2020年12月現在で実車の受け渡しポイントが国内20カ所のみにとどまるのも要改良点だ。
いっぽうオークションではないが、身近な自動車販売店、特に中古車販売店も日本同様、よりインターネット展開に力を入れるようになっている。
ただし日本と比較すると今もなお音声でのコミュニケーションを重視するイタリアでは、中古車の問い合わせも、まず「ネットで見る」、その後に「電話で問い合わせる」というユーザーが多い。
したがって、セールスパーソンも音声での対応が少なくない。
第665回の動画で熱演してくれたシエナのシュコダ販売店で働くマッシミリアーノ氏の店を例に挙げると、新車ショールーム脇のもう1棟は、かつてトヨタ販売店として用いられていたが、今日では中古車がびっしりと何重もの列をなしておさめられている。
実際、取材中もたびたび問い合わせの電話がかかってきて、そのたび実車のところまでスマートフォンを持って行き、「リアバンパー左側コーナーに、数本のかすり傷があります」といったように対応していた。
「誠実かつ正直な説明で、中古車サイト上で5つ星評価を獲得すれば、次のお客さんの信頼につながるのだ」とマッシミリアーノさんは語る。
しかしながら、モーターショーの衰退やインターネット販売の普及は、実車をじっくりと見る機会が減少することを意味する。
そのため、個人的には困惑しているのも事実である。
クルマとの出会いは人と同じ
それは車両、特に室内における細かなニュアンスが極めて把握しにくいためである。
具体的に言えば、内装材の肌触りといった、いわゆるマティエール(素材)からくる感覚だ。そこに匂いの好みやグローブボックスのダンパーの加減、バニティーミラーを開閉するときの固さ、ドアの開閉音、シートベルト未着用やライト消し忘れアラームの音色も加わる。
インターネットでは確認できないファクターが多すぎるのである。安くない買い物なのだから、やはりそれらは自分の目と手で確かめたい。
人気ユーチューバーのヒカキンは、「iPhone 12」シリーズの側面エッジを、先代モデルである「iPhone 11」シリーズと比較して高く評価している。筆者とは比べ物にならないくらい数々のガジェットを手にしているご本人だから、おそらくかなり正しい見解であろう。しかし、ヒカキンと自分の手の感覚とでは、やはり違う。iPhone 12を買うとしても、いきなりApple Storeの購入ボタンをクリックする勇気は到底ない。自分で実物を手にとって確かめるに違いない。
クルマに話を戻せば、新車・中古車を問わず、そうした大切な要素を極めて容易に確認できるリアルなショールームのありがたさが、いまさらながらわかってきた。
加えて、改善すべき非効率な点が多々あったモーターショーだが、こちらも縁遠くなってみると、複数ブランドのクルマを横断的に確認できる、素晴らしい機会であったことに気づく。
クルマとの出会いにおいて、感覚がいかに重要であるかを知ったのは、当時「MINI」のデザイナーだったゲルト・フォルカー・ヒルデブラント氏(1953年~)が2006年11月に東京で行った講演であった。そのときのメモを繰ってみた。
その晩、彼はクルマとの出会いを、人と人との出会いになぞらえて、こう切り出している。「ディスコで異性と出会ったときは、まず目を見るでしょう?」。MINIのデザインにおいては、クルマの“目”であるヘッドライトに細心の注意を払っているという説明だった。
そのあとに大切なのは“手”だという。「握手したとき、相手の手がじっとりしていると、ちょっと複雑な気持ちになりますよね」。ドアノブをはじめ手で触れる部分の感触や品質も、印象を大きく左右する。まさに筆者が前述したことと同じだ。
参考までに以下も記すと、第3に重要なのは「声です」とヒルデブラント氏は定義している。
「いくらナイスなルックスでも、ヒーヒー声だったら幻滅します」
彼によると、続く第4に大切なことは「香り」だ。実例として、彼は45年前に父親と森で採ったキノコの香りを今でも鮮明に覚えていると話した。つまり車内の香りにも気を配るべきだということである。
第5は、意外にも「ヘッドライトの下のウインカー」だった。ヒルデブラント氏は往年の女優マリリン・モンローを引き合いに出して、チャームポイントのホクロに相当するものだと解説した。実際、MINIのライトまわりは、それをイメージさせるデザインを意図したという。
そして最後は「第六感です」と語っている。つまりクルマのキャラクターを無言のうちに物語る、小さなパーツ類だ。
彼の講演は、あれから約14年たった今日でも、筆者が自動車を評価するときの「メートル原器」のようになっている。
ブランドは食事中も見られている
もちろん、そうしたファクターを重要視しなくてもクルマを買うことは可能である。しかしながら、筆者個人としてはデザイナーが寝る間も惜しんで考えた形状やマテリアルをリスペクトすべく、自分で触って選びたい。
モーターショーは、つくり手から思いをじかに聞ける、展覧会で言うところのヴェルニサージュの役割を果たしていたことも、いまさらながらわかってくる。
毎年印象的な姿を見せてくれたのは、イタリアに生まれてスイス国籍を取得した、コーチビルダーのフランコ・スバッロ氏だ。遠く1970年代からジュネーブショーに最新作を発表するのをライフワークとしていた彼は、大半のメーカー首脳が帰ってしまう一般公開日もブースに待機し、来場者たちと積極的に問答を展開しているのが印象的だった。
だからといって、すべてのつくり手を手放しで称賛するわけではない。モーターショーや関連イベントで、意外にブランドのイメージを左右してしまうものがあった。それは「食べる所作」である。
一部のマナー講師のように、重箱の隅をつつくようなことを、とやかく言うつもりはない。
だが、メーカーの幹部やデザインダイレクターのような立場の人々でも、立食・着席を問わず最低限度の食事作法を心得ていないのを発見したときは、とても残念だった。
特にプレミアムを掲げるブランドのトップの方々の場合、がっかり度は半端でなかった。
ヨーロッパで心ある人は、意外にそういったところを見ている。
いっぽうで、たとえポピュラーブランドに携わる人でも、食事中に上品な振る舞いをする人は出世したし、そういう人が出世する会社は発展した。
ブランドの真の姿を見極められるのも、リアルなショーならではであったのだ。
まあ、椅子の上であぐらをかき、アジア食料品店で手に入れたあんまんを片手に本稿を書いている筆者が言っても、あまり説得力はないのだが。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、リーシス、BMWジャパン/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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