第700回:【Movie】世界最古!? 大矢アキオが古代ローマの“ブレーキ痕”を見に行く
2021.04.01 マッキナ あらモーダ!戦車がいま通り過ぎたかのごとく
バーチャル旅行なるものが盛んである。当然ながら、観光旅行が自由にできない昨今の情勢を反映した企画だ。
名所旧跡の風景をバーチャルリアリティー(VR)動画で楽しんだり、オンラインで現地の観光ガイドとつながったりと、さまざまな方法が提供されている。
旅行といえば、日本の人は相変わらず「世界遺産」が好きである。その登録数で2019年にイタリアは中国に追いつかれた。目下のところ両国とも55カ所である(出典:ユネスコワールドヘリテージセンター、2019年)。それでもイタリアは、バーチャルツアーにおける人気国であるに違いない。
筆者が在住するシエナの歴史的旧市街は、1995年に世界遺産に登録された。住み始めたのはその翌年だが、「登録されて大フィーバー」といった空気がほとんど感じられなかったのは、中世都市ならではの貫禄だ。
いっぽう、そうした国に住んでいてよくないことは、せっかく歴史的な都市や遺跡があっても「いつでも見られるから」と思って、つい行かないことである。
今回動画で紹介する「Area archeologica di Roselle(ロゼッレ考古学エリア)」も、ついつい行きそびれていた遺跡であった。筆者の住む街から約65km南にある。クルマでおよそ50分だ。
訪れてみると、観光シーズンだというのに混み合っていない。ローカルな遺跡が星の数ほどあるイタリアならではの光景だ。いるのは郷土史ファンばかりとみた。
ロゼッレは紀元前7世紀以前からエトルリア人が住み、その後にローマ人が征服して拡張した丘上都市である。
遺跡内をすべて歩いても約2km。ポンペイのように広大ではないが、東西に伸びる「decumano(デクマーノ)」と、それと交差して南北に走る「cardo maximus(カルド・マクシムス)」という2本の主要道路が通り、周辺に円形競技場と元老院、浴場、聖堂、そしてモザイク床のある住宅が点在する。古代ローマにおける典型的な都市計画が凝縮されている。
浴場は、現代人の視点からすれば、せっかく丘の上にあるのに内陸側の立地なのが面白い。少なくともロゼッレ在住のローマ人は、今で言う「展望露天風呂オーシャンビュー」といったものに、さして興味がなかったことになる。
前述の2本の幹線道路には、馬車の轍(わだち)が残る。
ローマ都市の轍は「チャリオット」のトレッドに合致しているというのは有名な話だ。「Chariot」とは機動力に優れた2頭立ての戦闘用馬車である。
諸説が存在するものの、チャリオットのトレッドは、時代が下がって英国の鉱山用荷車にまで受け継がれたとの説がある。その荷車の軌間が今日にまで続く鉄道の標準軌(1435mm)につながった。
同じ遺跡でもポンペイの道路の一部には、馬車の操縦が楽になるよう意図的につくったガイド溝のような轍が見られる。しかしロゼッレの場合は、車輪(当時は木製車輪の接地面に鉄板を巻きつけたもの)と石畳との摩擦によって自然に生じたとされている。
だが、よく観察すると、ロゼッレの遺跡のなかでも、街路によって轍の深さに違いがあることがわかる。スタッフに聞くと、それは「市内に一方通行が徹底されていたため」だという。
今日でもイタリアの街路はやたらと一方通行が多くてへきえきするが、その萌芽(ほうが)がかくも昔にあったと考えると面白い。
ともかく、上り坂よりも下り坂のほうが制動力を利かせる頻度が高い。つまり、より轍が深く掘られることになる。それが一方通行でさらに顕著になった、というわけだ。
例のトレッドを、実際にいくつかの場所で簡易メジャーを使って測ってみた。いずれもかなり損傷が激しいので、正確な数字を計測するのは困難だ。しかし、限りなく1435mmに近いことがわかる。
筆者が訪れたのは2020年8月のことだった。
あぐらをかいて石畳に座り、轍のくぼみに手を当てると、夏の太陽を受けて石は熱を帯びていた。
それはあたかも、兵士を乗せたチャリオットの御者が手綱を引いて“ブレーキ”をかけ、車輪が石と激しく擦れた直後を思わせた。
観光客がひしめく大遺跡とは異なり、自分なりに歴史との接点を楽しめる。ローカル遺跡の美点である。
ところでチャリオットといえば、かつて三菱自動車が生産していたワンボックスワゴン「シャリオ(=Chariot)」は、欧州市場では「スペースワゴン」と改称されていた。やはり“戦車”ではちょっと困ることがあったのだろう。
【ロゼッレ考古学エリアの遺跡】
(文と写真と動画=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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