実は存亡の危機にある!? 検証・日本製リッターカーの過去未来
2021.09.13 デイリーコラムいわば“始まり”のカテゴリー
誰が言い出したのかは知らないが、「リッターカー(Liter Car)」とは排気量1リッター(前後)のエンジンを搭載するコンパクトカーを指す和製英語である。使われ始めたのは1977年デビューの初代「ダイハツ・シャレード」がヒットして以降だと思うが、もちろんそれ以前から排気量1000ccのモデルは存在していた。筆者の見解によれば、戦後日本の小型乗用車はリッターカーから始まったと思うのだ。
日産は戦前から「ダットサン」ブランドで小型車を量産していたが、本格的な戦後型として1955年に登場したモデルが「ダットサン・セダン」(110型)。戦前型から基本設計を受け継ぐ直4サイドバルブ860ccエンジンを搭載した4ドアセダンだが、当時の主たる需要だった小型タクシー用としてヒットした。
それに対抗すべく、1957年にトヨタがリリースしたモデルが初代「トヨペット・コロナ」(ST10)。やはりサイドバルブながら1リッターの直4エンジンを積んだ4ドアセダンである。すると日産はカウンターとして110型のボディーにライセンス生産していた「オースチンA50」用をベースにしたOHVの1リッターエンジンを積んだ「ダットサン1000」(210型)を発売。ここにリッターカー市場が形成されたといえる。
1959年に210型はフルモデルチェンジ。それまでのトラックとの共用シャシーから乗用車専用設計となった初代「ダットサン・ブルーバード」(310型)となった。ブルーバードには210型から受け継いだ1リッターエンジンも載ったが、それはタクシー需要が中心で、この頃から増え始めた自家用向けでは新たに用意された1.2リッターエンジン搭載車が主流となっていく。
後を追うように翌1960年にはコロナも世代交代、先代の途中で換装されたOHVの1リッターエンジンを搭載した2代目(PT20型)となる。だが小型車規格(5ナンバー)の上限が1.5リッターから2リッターに変更され、上級の「クラウン」が1.5リッターから1.9リッターに拡大されたことを受けて、1961年に「コロナ1500」が追加されると、セールスの主力はそちらにシフト。形成されつつあったファミリーカー市場の中心的存在だったブルーバードとコロナがそろって上級移行したことで、リッターカーの存在は希薄になっていった。
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大衆車市場の中心に
1963年、主に小型タクシー向けのブルーバードの廉価グレードのみとなってしまっていたリッターカー市場に現れた新世代モデルが「三菱コルト1000」。流行のフラットデッキスタイルを持つ三菱初の4ドアセダンで、堅実な内容と相まってまずまずの評判を得た。1965年には800ccエンジン搭載の2ドアセダンだった「ダイハツ・コンパーノ ベルリーナ」を4ドア化して1リッターエンジンに換装した「コンパーノ1000」も加わった。
翌1966年は初代「ダットサン・サニー1000」と「トヨタ・カローラ1100」が誕生して、後に「マイカー元年」と呼ばれることになる。その新たなるマイカー市場の拡大の原動力となったのがリッターカーだった。前述したサニー1000、水平対向4気筒エンジンによるFFという今日まで受け継がれる技術的特徴を備えた「スバル1000」、「三菱コルト800」のファストバックボディーにコルト1000用の1リッターエンジンを積んだ「コルト1000F」などが登場。翌1967年にはやはり800ccで始まったボディーに1リッターエンジンを搭載した「マツダ・ファミリア1000」も加わり、活況を呈したリッターカーは大衆車市場の中心となった。
これまた前述したように、1966年には初代カローラもデビューするが、こちらは当初から「プラス100ccの余裕」をキャッチフレーズに掲げていた。1000ccに比べ自動車税が高くなるというデメリットはあったが、これに引きずられるように、やがてスバル1000やコルト1000Fもエンジンを1.1リッターに拡大していくのである。
そのいっぽうでトヨタは、1969年になるとフルモデルチェンジした2代目「パブリカ」の中心に1000ccモデルを設定。リッターカー市場もフォローする抜け目のなさをみせた。そのトヨタと業務提携したダイハツも、パブリカと共用するボディーに旧コンパーノ用の1リッターエンジンを積んだ「コンソルテ ベルリーナ」をリリースした。
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輝きを放った「シャレード」
日産は1970年にサニーをフルモデルチェンジ、こちらも上級移行して「サニー1200」となっていた。しかし、続いて同社で初めてFFを採用した、まったく新たなリッターカーとなる「チェリー」を発売。スバル1000を除いてはオーソドックスなFR車ばかりだった市場に新風を吹き込んだ。だが、大衆車市場の中心はカローラ、サニー、そして1972年に加わった新たなコンセプトのコンパクトカーである「ホンダ・シビック」など1.2~1.4リッター級にシフトしていった。
チェリーが1974年のフルモデルチェンジで「1200/1400」に上級移行した後、リッターカー市場に残ったのは「ファミリア プレスト」、パブリカ、コンソルテなどのいわば旧世代のモデルのみ。それもパワーダウンを余儀なくされた本格的な排ガス規制が実施されると消えていった。
リッターカーで唯一昭和50年排ガス規制をクリアしたコンソルテ1000の生産終了から半年ちょっとたった1977年秋、空白となっていた市場に、同じくダイハツからまったく新しいモデルがデビューした。小型車に関しては過去10年近くにわたってトヨタ車の流用やお下がりで我慢していたダイハツにとって、久々の独自設計となるモデルの名は「シャレード」。欧州で小型実用車の主流となりつつあったエンジン横置きFFの5ドアハッチバックだが、コンパクトカーに懸けるダイハツの技術と良心が注ぎ込まれた、合理的なパッケージングのリッターカーだった。
なかでも特筆すべきは、高出力と低燃費、低排出ガスという相反する要求を満たすべく採用された、量産乗用車用としては前例がなかった4ストローク直列3気筒エンジン。1.5リッター以下の乗用車用エンジンの多くが3気筒となった今こそ、その先見性が光るというものだろう。
出来のよさに加え、石油危機と排ガス対策を経て、省資源ムードが漂っていた時代の要求にタイムリーに応えたモデルとしてヒットした初代シャレード。今日に通じる「近代リッターカー」の元祖的存在だと思うのだ。
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1980年代は花盛り
初代シャレードは市場でまずまず好評だったが、なかなかフォロワーは現れなかった。裏を返せばそれだけシャレードが優秀だったともいえるが、約5年に及ぶリードタイムを経た1982年になって、ようやく対抗馬が現れた。ジウジアーロが原案を手がけたハッチバックボディーを持つ、日産にとって久々のリッターカーとなる初代「マーチ」である。設計に目新しい点はなかったが、直4エンジンは日産の量販車としては初めてアルミブロックを採用するなどして軽量化に留意していた。
このマーチが呼び水になったように、他社からもリッターカーが登場し始めた。1983年には、スズキが提携していたゼネラルモーターズ(GM)と共同開発した初代「カルタス」を発売。カルタスは「ジムニー1000」など軽の拡大版を除けば、1960年代に少量生産された「フロンテ800」以来のスズキ製小型車(登録車)だったが、翌1984年にはスバルからもスバル1000以来のリッターカーとなる「ジャスティ」がデビューした。
新世代リッターカーの先鞭(せんべん)をつけたシャレードも1983年にフルモデルチェンジ。自ら“リッターディーゼル”と称した、乗用車用としては当時世界最小の1リッター直3ディーゼルエンジン搭載車を加え、自慢の経済性にますます磨きをかけた。
後から考えれば、この時代、1980年代半ばごろがリッターカーの全盛期だったのかもしれない。なぜかといえば、ジャスティは1988年には1000ccモデルを廃止。初代、2代目と真面目な経済車だったシャレードも、1987年に登場した3代目はターゲットを若年層に移してスタイリッシュに変身。翌1988年にはついに1.3リッター仕様を追加した。
世間はバブル期とあって、ユーザーの上級志向は致し方ない部分ではあった。とはいえ、かつてのようにリッターカーが各社のラインナップから消え去るようなことはなかった。
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トヨタはグローバル車を引っさげて
1990年代に入ると、リッターカー市場に新たな展開が生まれる。1992年にフルモデルチェンジされた2代目日産マーチは、欧州市場を本格的に見据えた、言葉は悪いが旧来の安普請のモデルとは一線を画する力作で、日本車として初めて欧州カー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。エンジンは1000と1300の2本立てだったが、1000も廉価版だからといっておざなりにはされず、1300と同様に新開発された直4 DOHC 16バルブを搭載していた。
そのいっぽうで、翌1993年には市場を開拓したパイオニアであるダイハツ・シャレードが4代目となるが、上級移行して1300のみ(のちに1600も追加)となってしまった。だが、結論から言えばダイハツはリッターカー市場を捨てたわけではなかった。約5年に及んだ空白の後、1998年に新車種の「ストーリア」が登場。提携先のトヨタにもOEM供給され「デュエット」の名で販売されたのである。
そして20世紀も残り少なくなった1999年、2代目パブリカ1000を生産終了して以来、20年以上にわたってリッターカー市場とは無縁だったトヨタから、「ヴィッツ」と名乗るモデルがデビューする。世界戦略車としてプラットフォームからほぼすべてのコンポーネンツを新規開発。日本車としては2代目日産マーチに続く2台目、トヨタ車としては初となる欧州カー・オブ・ザ・イヤーを獲得した入魂の作だった。
21世紀を迎えた時点におけるリッターカーの選択肢はマーチ、ヴィッツ、ストーリア/デュエットの4車種だった。このうち最も古い1992年デビューの2代目だったマーチは2002年にフルモデルチェンジして3代目となるが、翌2003年には1000ccモデルが廃止されてしまった。
2004年にはストーリア/デュエットに代わって、ダイハツとトヨタの共同開発による「ダイハツ・ブーン」「トヨタ・パッソ」が登場するが、こちらは1000cc中心のラインナップを守っていた。
なお、2000年前後には「スズキ・ワゴンRワイド」や「同ワゴンR+」のような軽トールワゴンの拡大版や、ダイハツ・ストーリアをベースにしたセミトールワゴンの「YRV」なども存在していた。
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今後はトヨタグループ次第!?
その後、2012年に10年ぶりにその名が復活した「三菱ミラージュ」は、三菱としてはコルト1000F以来、実に43年ぶりのリッターカーとして登場した。だが2015年には前年に加えられた1200cc仕様に絞られてしまう。なお、2016年に世代交代した現行「スズキ・スイフト」にも当初は1リッターのターボエンジンが用意されていたが、自然吸気版が存在しなかったため、ここではリッターカーとしてはカウントしない。同じ理由で現行「トヨタ・ライズ」と「ダイハツ・ロッキー」および「スズキ・クロスビー」も、リッターカーに含めないことをご承知いただきたい。
さて、誕生から60年余、既存モデルが上級移行しては次世代モデルが登場して、というパターンを繰り返してきたリッターカー市場。現行モデルはどうだろうか? トヨタ・ヴィッツ改め「ヤリス」は1.5リッターやハイブリッドが主流となったが、1000ccモデルは廉価グレードとして残されている。ダイハツ・ブーン/トヨタ・パッソの現行モデルは3代目となるが、エンジンは自然吸気の1000ccのみという初代シャレードなみの潔さをみせている。
ダイハツには2016年に登場した「トール」というハイトワゴンもあり、トヨタに「ルーミー」、スバルにジャスティの名でOEM供給されてもいる。トールとその兄弟はかなりの売れっ子で、発売から5年目となる現在も登録車販売台数ランキングで常時ベスト5以内に入っている。
つまり、リッターカーをラインナップしているのは、コンパクトカーを得意とするダイハツを擁するトヨタグループのみ。となれば、リッターカーの今後の命運は彼らが握っているように思えてくる。むろん需要があって利益が上がる限りは、彼らとてそう簡単にやめはしないだろうが。
とはいうものの、軽自動車と高級車の二極分化が進み、軽の販売台数が4割前後を占める状況が続いている国内の乗用車市場。加えて、好むと好まざるとにかかわらず、今後ますます進むであろう電動化への対応を考えると、軽のひとクラス上のリッターカーの見通しは明るいとは言い難い。もっとも、リッターカーに限らず、ガソリンエンジンの排気量にこだわる意味が薄れているのは間違いないのだが。
(文=沼田 亨/編集=関 顕也)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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