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BMWの「アルピナ」取得は正しい判断といえるのか?

2022.03.21 デイリーコラム 西川 淳
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ブランド買収とは違う

アルピナファンには衝撃的なニュースであったことだろう。さる2022年3月10日、BMWがアルピナのブランド(商標)を取得したと報じられた。

要点をかいつまむと、正式名「アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社」(ブルカルト・ボーフェンジーペンとは創始者のフルネーム)が事業を再編し、「ボーフェンジーペン社」として再スタートを切るにあたって、アルピナの商標権をBMWに譲渡するというものだった。

アルピナはBMWベースの高性能ラグジュアリーカー「BMWアルピナ」を生産する“メーカー”で、現在の協力協定が続く2025年まではこれまでどおりBMWアルピナを企画・開発しブッフローエにて生産し市場へと送り出すが、2026年以降は生産から販売まですべてがBMWグループ内で行われることになる。

ブッフローエのファクトリーをはじめ、現アルピナ社の資産はそのままで、株式の譲渡などもない。いわゆるブランド買収ではなく、あくまでも商標の譲渡。つまり、2026年以降はBMW AGが企画・開発するアルピナモデルが生産・販売されることになり、ボーフェンジーペン社はクラシックアルピナモデル関連のビジネスを中心にしつつ別の道を歩むことになる。

よく似た例としてメルセデス・ベンツ(ダイムラー)によるAMGの買収を思い出す方もいらっしゃるだろう。会社の買収でないことは一番の違いだが、結果的にはなるほど同じことになる。ちなみにAMGを売った創始者のひとり、ハンス・ヴェルナー・アウフレヒトはその後、自身のイニシャルを社名にしたHWAという会社を興し、以降は得意分野であるモータースポーツ活動に専念した。そのあたりも存続するボーフェンジーペン社と、目的は違うが形式はよく似る。

アルピナのエンブレム。創業(1965年)のきっかけとなった、キャブレターとクランクシャフトをモチーフとしてデザインされている。
アルピナのエンブレム。創業(1965年)のきっかけとなった、キャブレターとクランクシャフトをモチーフとしてデザインされている。拡大
ドイツで一番小さな自動車メーカーであるアルピナ社(正式名称:アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社)はこれまで、BMWの量産車をベースに独自のチューニングを施した高性能モデルをつくり続けてきた。写真は2021年9月に国内販売がスタートした「BMWアルピナB8グランクーペ」。
ドイツで一番小さな自動車メーカーであるアルピナ社(正式名称:アルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社)はこれまで、BMWの量産車をベースに独自のチューニングを施した高性能モデルをつくり続けてきた。写真は2021年9月に国内販売がスタートした「BMWアルピナB8グランクーペ」。拡大
アルピナの車両は全車、エンジンルームにあるシャシーナンバーがBMWのベース車両のものからアルピナ固有のものへと書き換えられている。
アルピナの車両は全車、エンジンルームにあるシャシーナンバーがBMWのベース車両のものからアルピナ固有のものへと書き換えられている。拡大
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決断への道は整っていた

では、なにゆえこのような事態になったのか。くしくも2021年、アルピナの年間生産台数は2000台以上で史上最高となった。そう、アルピナBMWのビジネスは今、絶好調なのだ。

しかし、彼らは冷静であった。自動車産業では今、誕生以来最大というべきパラダイムシフトが起こりつつある。自動車そのものを考えただけでも、電動化や自動化、コネクテッドなどこれまでになく広範囲で、これまでとはまるで違う領域における莫大(ばくだい)な投資が必要になっている。はっきり言って、エンジンやシャシーの独自チューニングにそのレゾンデートルを見いだしてきたアルピナのような少量生産メーカーにとっては、想像以上に厳しい事業環境が今後待ち受けているといっていい。BEVのBMWアルピナも見てみたい、というユーザーやファンの思いとは裏腹に、それを単独で実行するための困難はとてつもなく大きく、一歩間違えればブランド存続に関わる事態も出来すると経営陣は判断したのだろう。

アルピナ側にも、そしてBMW AG側にもその決断を早める環境は整いつつあった。まず、現在のアルピナモデルは昔のようにホワイトボディーからアルピナでつくられているわけではなく、いったんBMWのラインであらかたを組み込んだのち、ブッフローエへと送り込まれ、そこでパワートレインや足まわり、内外装など独自のパートを組み上げて完成となっている。さらに近年、創始者ブルカルト・ボーフェンジーペンから息子でBMW AG勤務歴もあるアンドレアスへと“政権移譲”が済んでおり、父の反対を押し切って始めたSUVのアルピナが販売台数増に大いに寄与しつつあって、そのSUVアルピナはといえばアメリカのBMWスパータンバーグ工場で今や“最後まで”生産されている。開発はもちろんアルピナだが、生産はBMWという新しいシステムの運用もうまくいき始めているのだ。

アルピナの日本総代理店であるニコル・オートモビルズのオフィシャルサイト(2022年3月中旬)。「リムジン」と呼ばれるセダンから、ワゴン、クーペ、SUVまで、さまざまな車種がラインナップされている。
アルピナの日本総代理店であるニコル・オートモビルズのオフィシャルサイト(2022年3月中旬)。「リムジン」と呼ばれるセダンから、ワゴン、クーペ、SUVまで、さまざまな車種がラインナップされている。拡大
2019年、東京モーターショー出展のために来日したアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社のアンドレアス・ボーフェンジーペンCEO(写真中央)。写真左は、ニコル・オートモビルズのC.H.ニコ・ローレケ会長。
2019年、東京モーターショー出展のために来日したアルピナ・ブルカルト・ボーフェンジーペン社のアンドレアス・ボーフェンジーペンCEO(写真中央)。写真左は、ニコル・オートモビルズのC.H.ニコ・ローレケ会長。拡大

長期的にはベストな選択

この状況にアルピナも、そしてBMWもきっと自信を深めたことだろう。もう一歩コマを進めることにさほどためらいはなかったに違いない。そしてアルピナというブランドを未来へと残すための最善の方法としてBMW本体による商標の獲得という決断が下された。

2025年まではブッフローエ産のアルピナに対する需要バブルが起こり、一時的にはその後のBMW産アルピナに対するファンの心情は複雑になることだろう。AMGの時よりも、その否定的なアレルギーは(メーカーとして成長したぶん)大きいかもしれない。けれども晴れてBMW史の正式な一員となるアルピナにとっては長い目で見て最高の結果になるとしか思えない。より高度に制御された、次世代モビリティーにおける最高級のブランドとしてラグジュアリーカー界を引っ張っていく。サーキットイメージが重要なBMW Mにはできない相談というものだ。

いちアルピナファンとして筆者は、ボーフェンジーペン社の未来にも期待したい。プレスリリースによればクラシックアルピナの部品供給やメンテナンス、レストア、販売を行うとあったが、それだけでなく、モビリティー分野における新たなチャレンジもあることを匂わせた。それこそBMWモデルのコンセプトに縛られない、自由な発想によるBEVのオリジナルモデルを企画し少量生産することくらい、彼らなら朝飯前に違いない。

最高のタイミングで行われた大決断だった。マニアにとっては寂しいことかもしれないが、少なくともアルピナブランドとボーフェンジーペン社にとっては最も“面白い”選択となったと筆者は思っている

(文=西川 淳/写真=花村英典、峰 昌宏、webCG/編集=関 顕也)

矢の羽根をモチーフにしたデコレーションは、歴代アルピナ車に見られる象徴的なドレスアップのひとつだ。
矢の羽根をモチーフにしたデコレーションは、歴代アルピナ車に見られる象徴的なドレスアップのひとつだ。拡大
独自のレザーやウッドパネルで仕立てられたインテリア。そこかしこにアルピナのエンブレムが添えられている。
独自のレザーやウッドパネルで仕立てられたインテリア。そこかしこにアルピナのエンブレムが添えられている。拡大
BMWとアルピナ社の従来の協力関係は2025年12月31日をもって終了するが、「アルピナ」の名でボーフェンジーペン家が取り組んできたワイン事業に関しては、今回の商標権譲渡の影響を受けず、アルピナ・ワイン社として今後も事業を継続するという。(写真は車両のエンジンカバーに添えられたエンブレム)
BMWとアルピナ社の従来の協力関係は2025年12月31日をもって終了するが、「アルピナ」の名でボーフェンジーペン家が取り組んできたワイン事業に関しては、今回の商標権譲渡の影響を受けず、アルピナ・ワイン社として今後も事業を継続するという。(写真は車両のエンジンカバーに添えられたエンブレム)拡大
西川 淳

西川 淳

永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。

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