さよなら「アシモ」 夢の二足歩行ロボットが歩んだテクノロジーとエンタメの20年
2022.04.15 デイリーコラム「アシモ」が開いた21世紀の扉
2022年3月31日、この日の「Hondaウエルカムプラザ青山」でのショーを最後に、「ASIMO(アシモ)」は表舞台から姿を消した。ニュースの見出しは「卒業」「さよなら」「ラストステージ」など、引退する人気アイドルのような扱いだ。アシモはやはりモノではなく、ヒトに近い存在として愛されていたのだと思う。
ホンダは1986年から自律的な二足歩行の実現を目指し、基礎技術研究の一環としてロボット研究に取り組んできた。最初に発表した「E0」は文字どおり“足だけ”のロボットで、一歩進むのに15秒を要したという。その後、ホンダは「E6」まで改良を重ね、1993年に新シリーズの第1号機となる「P1」を発表した。「P1」はアシモのような親しみやすさはないものの、箱型の頭部と手を備え、ヒューマノイドと呼べる形状になっている。機能面では歩行だけでなく、モノをつかんで運ぶという手足の協調動作にも挑んだ。
この「P1」が世に出た1993年は、恐竜の“動き”が話題になった映画『ジュラシック・パーク』の公開年でもある。本作は高度なアニマトロニクス技術とコンピューターグラフィックス(CG)技術の組み合わせで、今までにない生々しさを表現。メカやロボットが好きな人にも、そうではない人にも、技術の進化を知らしめた作品だ。
2000年11月20日、20世紀最後の年にホンダはヒューマノイドロボットのアシモを発表した。この年、ホンダは7年ぶりにF1に復帰し、「シビック」で日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、技術力の高さを象徴するニュースが続いていたので、記憶している方も多いのではないだろうか。
テクノロジーの波は社会全体に波及し、コンピューターの誤作動が警告された「2000年問題」、ソニーグループのゲーム機『プレイステーション2』の爆発的ヒット、J-フォン(当時)のカメラ付き携帯電話の発売など、時代の節目を感じる出来事が相次いだ。映画ではピクサーのフルCGアニメ『トイ・ストーリー2』が大ヒット。CG技術はもはや特別ではなく、映像表現手法のひとつとして定着したことがうかがえる。
人間と共にある多彩なロボットたち
アシモを含む一連の製品やコンテンツを根底で支えたのが半導体だ。当時は半導体の加速度的な進化を表す「ムーアの法則」に限界が来ることなど想像できないくらいの勢いがあった。日本企業も元気で、東芝、NEC、日立などが世界と伍(ご)して戦っていた。経済はとっくにはじけていたが、20世紀に蓄積した知識や技術が花開いたといえる。
そして、2001年7月、21世紀の幕開けとともに日本科学未来館(東京都江東区)がオープンした。アシモは翌年1月に同館に“入社”し、2022年3月の“卒業”まで20年間にわたって来場者をもてなし続けた。ちなみに、同館のオープニングセレモニーでは、初代館長で宇宙飛行士の毛利 衛氏が身長70cmのヒューマノイドロボット「PINO(ピノ)」を抱いていた。ピノもアシモと同じく来場者を楽しませたが、すでに引退し、その基盤技術はZMP社の無人宅配ロボットなどの開発に生かされている。
“接遇”や“おもてなし”を担うロボットのルーツは古く、東洋初のロボットといわれる「學天則(がくてんそく)」は昭和3年の大礼記念京都大博覧会に展示され、来場者の目を楽しませた。また、ソフトバンクの店頭をにぎわせた「Pepper(ペッパー)」や、遠隔操作が可能な分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」、HISの「変なホテル」に設置される数々のロボットも、人間と接することを目的につくられている。
実は“ロボット”という単語に確たる定義はなく、上記のロボットたちも、「AIBO(アイボ)」などの玩具も、工場などにある産業用装置も、テーマパークの機械仕掛けの人形も、すべてロボットにカテゴライズされる。人間の代わりに働かせるための機械という漠然とした認識を背景に、「人間の営みを支えるテクノロジーはすべてロボットだ」という解釈さえある。
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技術だけでなくDNAも受け継いでほしい
多様な考え方があるなかで、日本にはアニメーションやマンガの影響から二足歩行ロボットに思い入れを持つ人が少なくない。『鉄腕アトム』ではアトムが人間と同じように笑い、遊び、思い悩む姿が描かれる。こうした内外面の造形は後の作品にも影響を及ぼした。『機動戦士ガンダム』も、第一線の技術者と研究者が集い、実物大を動かすプロジェクトが発足したほど、内なる情熱を揺り動かす力を持っている。
愛されるロボットに共通するのは「不完全さ」だ。優れた機能を持ちつつも、なにかをしてあげたい、見守りたいと思えるような余白にこそ魂が宿る。アトムしかり、ガンダムしかり。仮にアシモがタイヤを使ってスムーズに動き回ったら、あるいはなにかしらの使役に特化していたら、20年以上にわたって愛され続けることはなかっただろう。
一方で、企業としては言うまでもなく、愛されキャラの開発が目的ではない。アイザック・アシモフの「ロボット三原則」にあるように、ロボットは人間を傷つけることがあってはならず、ホンダはアシモを通して、空間内の人間の動きに応じて自身の行動を制御する技術を獲得した。これは自動運転で言えば、「認知と先読み」「判断」「動作(操作)」にあたる。また、両手足の協調動作で磨いた技術は「Hondaアバターロボット」のプロジェクトに欠かせない。アシモで得られた技術や知見は、モビリティーや各種プロダクトに受け継がれることになる。
このようにホンダのロボティクス技術の進化に期待する一方で、アシモのDNAを受け継いだロボットは愛される存在であってほしいとも願っている。映画の世界では『ゴッドファーザー』『ターミネーター』『ミッション:インポッシブル』など、第1作の大ヒットを受けて制作されたパート2が興行的に成功する事例が少なくない。アシモ パート2――いつか出会えることを期待している。
(文=林 愛子/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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