投資の目は日本にも? メガサプライヤー ボッシュの戦略にみる製造業の“勝ち筋”
2022.06.24 デイリーコラムコロナ禍のもとでも業績は堅調に推移
世界規模のパンデミックに大国による武力行使と、100年前の出来事をトレースするかのような日々が続いているが、自動車業界で100年前といえば、「T型フォード」の全盛期にあたる。いま目の前で起きていることも、世界の自動車史に刻まれる出来事となるかもしれない。そんな期待感をもって、2022年6月16日のボッシュの年次記者会見に参加した。
ボッシュ(Robert Bosch GmbH)といえば、家電から産業機械までさまざまな製品を取りそろえるドイツの機器メーカーであり、自動車の分野では世界屈指のメガサプライヤーとして知られている。今回の発表で特に筆者が注目したのは、ソフトウエアを重視する姿勢の鮮明化。そしてコロナ禍からマーケットが本格的に回復するとされる、数年後までのボッシュの戦略である。
2021年の同社の業績は、売上高が前年比10.1%増の787億ユーロ、EBIT(税引き前利益)が32億ユーロであった。2021年は半導体不足やサプライチェーンの混乱など、終始コロナ禍の影響下にさらされた年で、さまざまな産業がマイナス成長となったが、そうしたなかでもボッシュの業績は堅調だったようだ。
2022年は渡航制限が徐々に解除され、コロナ禍の影響はやや薄らぐとみられているが、ロシアのウクライナ侵攻、エネルギー価格の高騰、各国の地政学的な変化、記録的な円安などもあって、予断は許さない。ボッシュでは「2022年の自動車の生産台数は2021年よりは増えるが、コロナ禍前の2019年よりは少ない」とみている。
日本において過去最大の投資を実施
そうした市場環境のなか、ボッシュは日本国内の拠点整備を進めている。神奈川の横浜市都筑区に建設する新拠点は、同社が1911年に日本に進出して以来、最大の設備投資額となる390億円を投じる大規模プロジェクトだ。ここは新たな研究開発拠点となるだけでなく、ボッシュ初の公民連携プロジェクトとして都筑区民文化センター(仮称)も併設する計画だ。竣工は2024年9月を予定している。
また埼玉県にあるむさし工場では、年内に新たな電動パワーステアリングの最終組み立てを開始するべく、ラインの新規設営を開始。電動パワステをボッシュが日本で生産するのは、これが初のこととなる。さらに栃木工場では、電動ブレーキブースター「iBooster」および日系自動車メーカー向けの派生製品「iBooster Compact」の量産を開始する予定だ。
これらの投資や生産計画は、同社が“数年先”と見込んでいる本格的な市場回復までの、大切な助走となる。そのころには、モビリティーを取り巻く状況も大きく変わっている可能性が高い。コロナ禍で変容したライフスタイルや急激に進んだデジタル化が、人々の価値観を変える。加えて、原材料費やエネルギー価格の変動が相場を大きく揺るがす。近いながらも激変が予想される未来を見据え、どのように戦うのか。どの企業も難しい課題を抱えているが、ボッシュの示す方向性はソフトウエアの開発力強化だ。
2030年にはマーケットの規模は3倍に膨れ上がる
カーボンニュートラル、自動運転・高度運転支援、電動化など、自動車業界に共通するトピックスはいずれもソフトウエアなくして語れない。ボッシュでは、車載ソフトウエア市場は「2030年には2020年の3倍にあたる、2000億ユーロをはるかに超える規模になる」との予測のもと、2030年まで年間2ケタの成長を目指している。
その象徴的なプロダクトのひとつが、次世代の横滑り防止装置(ESC)およびインテグレーテッドパワーブレーキ(ESCにブレーキブースター技術を組み合わせたもの)に機能するソフトウエア「ビークルダイナミクスコントロール2.0」だ。ビークルダイナミクスコントロール2.0には、1995年に世界初となるESCの量産を開始して以来の、ボッシュのノウハウが詰め込まれるという。適応する車種もコンパクトカーからプレミアムカー、小型商用車まで幅広く、“マニュアル運転”にも自動運転にも対応する。
自動車業界からハードウエアがなくなることはないが、新規研究開発および差別化の軸足はすでにソフトウエアへ移っている。ボッシュではここ数年、グローバルでソフトウエアのエンジニアを年率10%増員しているほか、日本国内でも今後2年以内に250人以上のエンジニアの採用を計画しているという。
ソフトウエアシフトへ向けた「reskilling」
しかし、ソフトウエアエンジニアが必要なのはボッシュだけでなないし、もっと言えば自動車業界だけでもない。あらゆる産業でソフトウエアエンジニアが不足しているのだ。そこでボッシュでは、働き方改革を推進することで従業員の定着率を高めるとともに、「reskilling(リスキリング)」と称して、ソフトウエアのエンジニアリングを中心とした従業員の新たなスキルアップを推進。人材育成のための投資を行っている。
企業がいままでにない新たな技術を獲得するためには、M&Aなどによる“外部調達”が有効だが、すでにコモディティー化している技術、あるいはコモディティー化が確実な領域の技術力向上は、外部調達だけに頼るのは厳しい。まして、ソフトウエアエンジニアはいまや完全な売り手市場。社内の技術者のスキル転換を図るほうが得策といえる。
100年前のT型フォードの隆盛は、誰も経験したことがない車両生産技術を、多くの人が習得したからこそ成り立っていた。そしていまは、新たなソフトウエア人材を育てることがこれからの産業発展の礎となる。ボッシュの姿勢からはそんなビジョンが見えてくるようだった。
(文=林 愛子/写真=ボッシュ/編集=堀田剛資)

林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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