第804回:最新イタリア映画でも活躍 劇用車コーディネーター親子の仕事ぶり
2023.04.20 マッキナ あらモーダ!クルマ好きの映画鑑賞
テレビしかり映画しかり、webCG読者なら「劇中に登場するクルマ」が気になっているに違いない。配役、演技、ストーリー以外にもうひとつ楽しめる要素がある。クルマ好きは幸せだ。
近年の日本におけるテレビや映画は、それなりに劇用車の時代考証がなされていると思う。いっぽう、1990年代まではいい加減なものが散見された。特に実際に発生した事件の再現になると、手を抜いている場合が少なくなかった。そのたび「三億円事件に巻き込まれた『セドリック』は、その型じゃないって」などと突っ込みを入れていたものだ。それを発見した途端、せっかくストーリーや内容構成、出演陣の演技が上質でも感情移入できなくなる。こちらは自動車好きの悲しい性である。
今回は、イタリアで映像作品づくりに車両コーディネーターとして携わる、ある親子の話をしよう。
映画『帰れない山』
その前にイタリア映画の話題を。『帰れない山(原題:Le Otto Montagne)』が、2023年5月5日に日本で公開される。日本語も含め39言語に翻訳された原作をもとにした作品で、第75回カンヌ国際映画祭では審査員賞に輝いている。
ストーリーは1984年に始まる。ひとりっ子の少年ピエトロは大都市トリノで暮らしている。エンジニアとして働く父ジョヴァンニにとって、年に数回の登山は貴重な趣味だった。両親は、スイス国境に近いモンテローザ山麓のグラーノ村で夏を過ごすことにした。ただし村はすでに過疎化が進み、住民はわずか14人。その地でピエトロは「村で最後の子ども」と言われる牛飼いの少年ブルーノと出会う。
トリノ育ちで繊細なピエトロと、山育ちでワイルドなブルーノという環境の異なる二人は、親友となる。夏が終わるとピエトロはトリノに帰るが、酪農家を夢見るブルーノは山の生活を続ける。その後もピエトロは父ジョヴァンニと登山を経験し、その雄大さに心打たれるうちに、都会生活が恋しくなくなってゆく。
やがてピエトロの両親は、山に住むブルーノがトリノの高校に通うための手助けを考える。だがブルーノの父親は息子を行かせまいと出稼ぎに連れ出してしまう。それを機に、働きながら大人になるしかないブルーノと、子どものままのピエトロという、対照的な境遇となった。
後年、思春期を迎えたピエトロは父ジョヴァンニに反抗し始める。夏に山へ行くこともやめた。大学を卒業するよう勧めるジョヴァンニに、ピエトロは「父さんのような人生は送らない」と言い返す。その後、ピエトロは家族と疎遠になり、ジョヴァンニが死ぬまで10年も口を利かなかった。そのときピエトロは31歳。自分が生まれた当時の父と同じ年だった。にもかかわらず自身には妻子がなく、定職にさえ就いていないことに気づく。
グラーノ村を久々に訪れたピエトロは、15年ぶりにブルーノと再会する。そこで彼は、父にとってこの村が理想の地だったこと、「山に家を建ててほしい」とブルーノに頼んでいたことを知る。ピエトロが村に行かなくなってからも、父はブルーノとたびたび山に登り、本物の親子のような存在になっていたのだ。
自分の知らない父の姿を知ったピエトロは、失われた時間を取り戻すため、ブルーノと二人で父の夢だった家を建て始める。4カ月後に完成すると、ピエトロはこの場所を二人の家にしようと決めた。しかし、人生の目的をすでに見いだしていたブルーノに対し、ピエトロにはいまだ自らの未来が見据えられない。
やがてピエトロは、今までの生き方を変え、大自然のもとで自分らしい人生を模索し始める。その方法とは? というのがストーリーである。
主人公ピエトロ役は、『マーティン・エデン』で第75回ヴェネツィア国際映画祭の男優賞に輝いたルカ・マリネッリ。親友ブルーノ役は、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で主演男優賞の受賞歴を持つアレッサンドロ・ボルギが務めている。
劇中車が映し出す「時代」
その心温まるストーリーとともに、『帰れない山』で筆者がひそかに楽しんだのは、劇中に時折登場するクルマである。
1980年代のイタリアは「鉛の時代」と言われた一連の国内テロが沈静化の兆しを見せ、戦後第2の経済成長を謳歌(おうか)した時期だ。工業都市トリノは、その原動力であった。映画ではそこまで語られていないが、ジョヴァンニの時代は大学を卒業すれば、それなりに安定した生活を実現できるチャンスがあった時代である。血縁のないブルーノの進学を支援しようと考えるところに、それがうかがえる。
自動車にも、それが反映されている。劇中でピエトロの父ジョヴァンニが乗っているのは、「アルファ・ロメオ・アルファスッド」である。デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロのデザインによる秀逸なパッケージング、ルドルフ・ルスカ技師の主導による低重心の水平対向4気筒エンジンといったスペックは、いかにも技術者が好みそうなモデルである。
思春期を迎えたピエトロが村を訪ねるシーンでは、山道を通過するクルマとして、「アウトビアンキA112」が確認できる。いずれもイタリア人がクルマにある種の夢を抱いていた時代を象徴している。
いっぽうで、ピエトロが完全な大人となる2000年前後のトリノは、状況が異なる。フィアットは商品企画の失敗によってシェアが急落し、深刻な経営危機に陥る。2006年の冬季五輪と、翌2007年の「フィアット500」登場でやや活気づくまで、街全体が沈んだ時代である。
ピエトロが乗っているのは、2代目「フィアット・パンダ」だ。父の時代と違い、節約が至上である世代のイタリア人にとっての、いわば消去法的クルマ選びを無言のうちに表している。
ストーリーとは別の「親子」
『帰れない山』で車両コーディネートを担当したのは、トリノの「BEA(ベア)」という事務所である。主宰しているのはベッペ&アルベルト親子だ。筆者の二十年来の知人である。ベッペさんはもともと別の分野の仕事に携わっていたが、クルマ好きが高じて1980年代初頭に独立。ヒストリックカーイベント「アウトモトレトロ」のオーガナイズと、映画・テレビの劇用車コーディネートを2本柱に据えた。
参考までにトリノは1924年、今日のイタリア公営放送局『RAI』の前身で、ムッソリーニ政権の肝いりで設立されたラジオ局『URI』が設立された都市であり、今日でもRAIの本社がある首都ローマに匹敵する重要な映像制作拠点である。
親子はトリノ内外に住む古典車オーナーの膨大なリストを保有していて、制作者のリクエストに応じて借り出しては手配する。ベッペさんは仲間とチーム「スクデリア・ロドデンドリ」を結成してヒストリックイベントに参加するジェントルマンドライバーである。アルベルトさんも、イタリア自動車クラブ公認のラリーや氷上レースに挑戦している。クルマの扱いが確かな親子だからこそ、オーナーは安心して愛車を貸し出せるのである。
2023年3月、親子に会う機会があった。もしや『帰れない山』のクルマも? と思って聞けば、やはり彼らが関与していたのだ。最も困難だったのは? という質問に対してアルベルトさんは、「大半の撮影が山間部で行われたことです」と振り返る。モンテローザはトリノから2時間半。アルプスで2番目に高い山だ。「古いクルマを持って行き、動かすのは容易でありませんでした」
いっぽうでロケ中に楽しかったことは?
「山にいるだけでうれしかったですね。僕が知っているのとは違う山でしたから。そこで展開される幼いころからの二人の誠実な友情を描いたストーリーが気に入りました」。実はアルベルトさん、冬の間はスキー&スノーボードのインストラクターとしても働く“山男”なのである。レーサーでインストラクターとは、「いよッ、若大将」と声をかけたくなる。
スタントからエキストラまで
親子は『帰れない山』とは別のさまざまな話も聞かせてくれた。
ベッペさんがスマートフォンで見せてくれたのは、あるテレビ作品のワンシーンだった。初代「アルファ・ロメオ・ジュリア」が夜暗の中を疾走している。「実はこのクルマ、『フィアット1100』に(ストーリーに合わせるべく)ジュリアのノーズを取り付けたのです」。融通を利かせて準備をするのも、親子の役目なのだ。
次のシーンでは、クルマが柵を破って消えたあと、谷の奥から炎が上がる。ベッペさんは「柵は段ボールでこしらえたものでした。俳優に代わって運転していたのはアルベルトです」。クルマが突っ込むのと、あたかもクルマから上がったように炎を出すタイミングの同期が困難を極めたという。
いっぽうで筆者自身が最も記憶しているのは、2004年にベルルスコーニ系民放テレビ局『メディアセット』によるドラマ『心の季節(Le stagioni del cuore)』である。12回にわたって放映されたそのシリーズでも、ベッペ親子は全面的に参画していた。
ヴィットリオ・ガスマンの息子であるアレッサンドロ・ガスマンが好演したストーリーは、イタリア北部で企業を経営する家族を第2次大戦中から1970年代中盤まで描いている。印象的なのは、主人公家族が乗る「ランチア・アプリリア」だ。フィアット製モデルが大半を占める当時のイタリアで、アッパーミドルクラスの人々が選んだモデルの典型であり、そのチョイスは極めて適切である。
しかしベッペさんが明かすところによると、ある有名女優は運転免許を所持していなかった。「そのため、台車にクルマを載せてけん引したのです」。さらに物語の終盤ではベッペ氏の秘蔵車である1971年式「ポルシェ911“ナロー”」まで動員している。シリーズでクルマが登場するシーン数は374。二輪も含めて70台を動員したという。
しかしながら当時番組を視聴していて最も驚いたのは、ベッペさん自らが登場したことだった。小さなホテルの支配人役だった。あわてて電話すると「ちょうどエキストラがいなかったのです」と照れながら説明してくれたのを覚えている。
一般的によく知られている「待ち時間の長さ」も認める。「天候不順などで、ひたすら延期になることもたびたび。現地で撮影クルーとともに何日も辛抱強く待つのは日常茶飯です」。そうして完成した作品に、彼らが手配したクルマが登場するのは、たった数秒ということもある。それでもアルベルトさんはこう語る。「新しい撮影プロジェクトに参加できることは、大きな刺激であり喜びであり、そして誇りです」
『帰れない山』の日本公開は、間もなく。奮闘するジャノーリオ親子の姿を思い浮かべながらご覧いただくのも、これまた一興だろう。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、ステランティス、BEA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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