第812回:天に旅立った大矢アキオの“同志” 希代の名博物館長マリエッラ・メンゴッツィ氏の思い出
2023.06.15 マッキナ あらモーダ!ディズニーからフェラーリ、そして博物館へ
一人の“同志”が天国に旅立った。トリノ自動車博物館(MAUTO)のマリエッラ・メンゴッツィ館長が2023年5月31日に死去した。60歳だった。
メンゴッツィ氏は1962年エミリア=ロマーニャ州フォルリ生まれ。1986年にボローニャ大学法学部を卒業後、アルマ・ビジネススクールに学んだ。その後トリノのアパレル企業を経て、ウォルト・ディズニー・カンパニーのイタリア法人で、ライセンシング業務などに携わる。自動車の世界への第一歩は、2001年に入社したフェラーリだった。同社ではマーケティングおよび広報マネージャーを務めたのち、「イタリアで最も来館者が多い民間博物館」とされるフェラーリ・ミュージアムのディレクターを務めた。
2012年にフェラーリを退社後は、ランボルギーニ50周年イベントのコンサルトや、イモラで開催された「アイルトン・セナ・トリビュート」のディレクターを歴任。その後オランダのクイントエッセンス・ヨットのCEO職を経て、2018年5月にMAUTO館長に選任された。1933年以来続く同館の歴史で、初の女性館長であった。ちょうど就任5年にあたる2023年4月30日に退任し、病気の療養に専念していた。筆者が最後に連絡をとったのは、退任約1週間前の4月22日。博物館スタッフを通じて、病状が芳しくないことを聞いたのは5月中旬のことだった。
館長の印象を塗り替えた人物
思えば、最初に筆者がメンゴッツィ氏を目撃したのは2018年の就任直後のことだった。同館で開催されていたデザイナー、レオナルド・フィオラヴァンティの企画展取材のため訪れると、彼女はフィオラヴァンティ氏と立ち話をしていた。ただし、そのときはメンゴッツィ氏には、声をかけなかった。歓談の邪魔はすまいという配慮よりも、歴代の館長と話したことが一度もなかったのだ。いきなり声をかけるのは、たとえ筆者でも気が引けたのである。というのは、筆者が初めてこの博物館を訪れたのは1996年。当時は現在の施設が開館した1960年の面影ともいえる重々しい雰囲気が漂っていた。その後、2011年の全面改装を経てMAUTOという略称が冠された後も、どこか当初の近づきがたい印象が脳裏に焼きついていたのである。
ところが数カ月後、別の企画展の取材をMAUTOに申し込むと、こちらが希望していなかったにもかかわらず、なんと担当者がメンゴッツィ館長との面会をアレンジしてくれた。
「学芸員ならともかく、館長がどの程度の話をしてくれるのだろうか?」という邪推は、会った途端に一気に吹き飛んだ。彼女は展示車一台ごとの歴史を完璧に記憶していたばかりか、筆者がいきなり依頼した動画撮影も、嫌な顔ひとつせず、逆に極めてフレンドリーにこなしてくれた。筆者のなかの館長像が塗り替わった。
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“古い社会”での奮闘
メンゴッツィ氏のMAUTOにおける功績は、数々あった。
ひとつは、トリノそしてイタリアの名前を世界に広めたカーデザイナーたちの企画展シリーズである。同時開催のかたちで、複数の企画展が盛んに行われるようになったのも、彼女が就任してからだ。後者には、従来は大半の来館者が通り過ぎていた階段そばの空きスペースをリニューアルして活用した。
それらを実現するための“古い社会”での奮闘もあった。トリノという都市がイタリアを代表する自動車産業都市であることは、いまさら言うまでもない。それゆえに数代にわたる同族企業と、その創業家が数々ある。彼らとの人間関係が時に一筋縄にはいかないことを、何度か生前のメンゴッツィ氏の口から聞いた。彼女は、地域特有のそうした問題を地道に乗り越えながら、企画展のたびに展示車や資料収集の手配にあたった。
さらに、国内外のイベントやショーに積極的にスタンドを出した。2020年のデータによると、国内だけでも8イベントに参加している。加えて、イタリアを代表する古典車ラリー「ミッレミリア」にも、所蔵車を参加させた。
それらの会場には、たびたびメンゴッツィ館長自らが赴いた。これまでの館長のイメージからあまりにかけ離れた八面六臂(ろっぴ)ぶりを筆者が指摘すると、「なによりも博物館が存在して、絶えず活動を続けていることを、多くの人に知ってもらうことが大切ですからね」と力強く答えたのを記憶している。自動車愛好家とは異なり、一般の人々がトリノを、第1の観光目的地にすることは限られている。外国人が好むイタリアの都市の順位では、8位にとどまっている(データ出典:Vamonos Vacanze<2023年>)。何かしないと、博物館が忘れられてしまうという危機感を、メンゴッツィ氏は常に抱いていた。
苦境を越えて過去最多の入場者数を達成
メンゴッツィ氏の在任中最大の危機は、新型コロナウイルスだったに違いない。イタリアの規制は厳しさを極めた。今日、喉元過ぎれば熱さ忘れるといった感さえあるが、2020年には感染拡大の程度に応じて、自治体を越えた移動が禁止された。2021年には、すべての博物館において、いわゆるワクチンパスポートの提示が入館条件とされた時期もあった。MAUTOのSNSには、当時「もう二度と行かない」といった、厳しいメッセージが寄せられた。
参考までにMAUTOは、賛助会員であるステランティス、ピエモンテ州、トリノ市、そして日本のJAFに相当するイタリア自動車クラブ(ACI)が毎年寄付を行っている(金額が多い順)。また、ミュージアムショップなどのテナント収入もある。ただし、最大の収入は入場料だ。2020年の予算を見ても、寄付が76万ユーロに対して、入場料収入は148万5000ユーロと2倍近い。新型コロナ期間の来館者激減による打撃の大きさは、想像に難くない。
MAUTOが打ち出したのは、イタリアに普及している制度の活用だった。税務申告の際、収入の1000分の5を、博物館などの支持したい文化施設に寄付できるというものだ。日本の「ふるさと納税」のイタリア版といったところである。MAUTOのキャッチフレーズは「あなたの燃料を、私たちのエンジンに」であった。
そうした時期を経ての2022年、年間来館者数は過去最高の24万人に達した。前述したメンゴッツィ氏のさまざまな施策が実を結んだといえる。
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忍者屋敷のごとく
メンゴッツィ館長には、個人的にさまざまな思い出がある。
とにかくレスポンスが速い人だった。インスタントメッセージで問い合わせると、たとえ海外出張中でも“爆速”で回答を送ってくれた。面倒な返事は後回しにしがちな筆者ゆえ、「やはり、できる人は違う」と思ったものだ。速さばかりではない。文章には、いつも館長らしからぬ絵文字が多数含まれていた。
インスタントメッセージといえば、彼女が2021年の「コンコルソ・ヴィラ・デステ」で審査員を務めたときのことだ。何気なく撮影したスナップを記念として送信したところ、彼女は「いい写真がなかったから、ちょうどいいわ」と喜んだかと思うと、即座にプロフィール欄に使ってしまった。
朝、博物館の裏門で待っているとメンゴッツィ氏が白い「フィアット500L」で出勤してきた。そうしていち早く入館させてもらった館内では、さまざまな取材を実現できた。
2021年11月に、本欄第732回で記したルイジ・コラーニ作「ミウラ ルマンコンセプト」の特別公開はその一例である。
館内では、どこからやってきたのだと不思議になるくらい、神出鬼没に現れた。やがて分かったのは、順路とは別に、関係者がショートカットできる扉があるということだった。ただし、それを知るころには、壁が黒基調で照明の照度を落としていることもあり、筆者はMAUTOを「“メンゴ”の忍者屋敷」とひそかに呼ぶようになっていた。
メンゴッツィ氏は、イタリア屈指の自動車キュレーターや、カロッツェリアの創業者一族をたびたび筆者に紹介してくれた。自ら惜しみなく、人脈のハブとなってくれたのである。おかげで、さまざまな記事が実現できた。それらとは別に、駆け出しの外部キュレーターにも、積極的に企画展を試させたのも心に残る。
筆者の近著『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の奇跡』(三樹書房)の土台となった論文執筆の際は、彼女のおかげで付属資料室の文献を十二分に活用できた。
メンゴッツィ氏は、館員を人前でたしなめるような無粋な振る舞いは終始見せなかった。唯一筆者の記憶に残るのは、ラリー車両の黒いつや消しフロントフードにほこりがうっすら積もっていたとき、「開館前までに払っておくように」と手短に指図したことのみだ。近年、展示車両がきれいになったのは、彼女の目が行き届いていたからに違いない。
前述の新型コロナウイルスによる規制期間中も、説教調の文字で埋められた注意書きではなく、F1チームのピットクルーを模した数々のキャラクター看板を導入。館内のソーシャルディスタンス維持を促した。そのひとつが彼女に似ているので、ある日帰宅後「あれは、館長ですか?」とメッセージを送信すると、「さあねえ」と、またもやユーモラスな絵文字付きで即答してきたのを覚えている。
果たせなかった夢
今日、自動車の話題は自動運転や電動化といった技術に偏重しがちだ。そうした状況下で、人類において重要な自動車史を、多くの人に分かりやすく、かつ楽しく紹介するというメンゴッツィ氏の姿勢は、筆者が日々心がけていることと軌を一にしていた。ゆえに、大切な同志を失った気がしてならない。
メンゴッツィ氏のほうが筆者より数歳年上であったが、ある日、社会人の一歩を踏み出した年が同じであることが判明した。加えて筆者が東京での編集記者としての初仕事が、開館直後のトヨタ博物館取材であったことを話すと、同館や日産ヘリテージコレクションの活動について“御前講義”することになった。ちょうど日本の日野自動車から、ジョヴァンニ・ミケロッティが描いた「コンテッサ」のスケッチが木箱に入って貸し出されたところだったので、さらに彼女の日本への興味が高まっていたのだった。
トヨタ博物館について「まずは東京から名古屋まで移動する必要があります」と説明したところ、彼女は「かつてフェラーリ在任時代に日本を訪れたときに新幹線に乗って、良かったわよ」と、逆に目を輝かせた。
日産のコレクションでは、まるでコンセプトカーのような一連の“パイクカー”や、一世を風靡(ふうび)した初代「シーマ」を楽しんでもらう。名古屋駅で「これ、うまいんですよ」と天むすを買ってから、トヨタ博物館で1981年の「トヨタ・ソアラ2800GT」が巻き起こしたハイソカーブームや、1984年の「マツダ・ファミリア(BD型)」による“陸サーファー”ブームといった社会現象を説明する。そうした珍道中の夢は、ついに果たせなかった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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