我流を極めて世界に勝つ! 3工場の現場に見る「これからのトヨタ生産方式」
2023.09.25 デイリーコラム次世代電池はコツコツ実現
さる2023年9月中旬のこと、トヨタが一部メディアやアナリストなどを対象に「モノづくりワークショップ」と銘打った取材会を行いました。これは同年6月上旬に行った「テクニカルワークショップ」で披露された、短期~中期的視野で登用される技術の一部を生産技術の側から補完するもの。「フカシじゃなくてちゃんとやってますよ」感を伝えるものでもあります。そのためにトヨタは今回、豊田市周辺にある3つの工場を開放しました。
そのうち、貞宝は新しい工法や設備などの実装に向けた開発を行うための工場、明知は鋳造加工の技術を品質や精度、製造行程など多方面から検証・開発する工場、そして元町は「ノア/ヴォクシー」や「bZ4X/ソルテラ」、「ミライ」など実製品のアッセンブリーを担う一方で、多品種少量生産への対応や専用加工の挟み込みなど、最終組立工程をいかに改革できるかを検証・開発する工場でもあります。
総じて言えるのはこの3拠点、トヨタのモノづくりの根幹を担う工場のための工場であり、とりわけ貞宝と明知については部外者への公開は記憶にないと“中の人”もおっしゃるくらい秘匿性の高い場所でもあるわけです。
最初に訪れた貞宝工場では、バイポーラ型LFP(リン酸鉄リチウム)電池や全固体電池など、2026年~2028年あたりの実用化を目指す次世代電池の量産検討が具体的なフェイズに入っていることがその設備や工法から確認できました。特に全固体電池に関する技術プレゼンはラボレベルでしか受けたことがなく、個人的には生産の側に軸足を乗せてのプレゼンは初めてのことでした。
で、これらの生産工程、ゴリゴリのデジタルで緻密に管理されているものかと思いきや、実はセルの積層など最も精度を要する組立工程では、コンベアの移動力でカムを回しながらポトッと板を落として積んでいくようなフルアナログの仕組みを採用していたりするわけです。聞けば、すべての動きをデジタル化して同期管理するよりも、この仕組みのほうが単純・安価・省エネで不良率が低く確実性が高いと胸を張ります。
世界が次世代覇権に向けてしのぎを削り、おびただしいリソースが注ぎ込まれている最先端の電池プラントでさえ、トヨタは我流を貫き、トヨタ生産方式のキーである「カラクリ」を重用。今日もセル板をポトンと積み重ねつつ、どこまで正確に高速化できるかを貞宝で愚直に積み重ねているわけです。ちなみに貞宝工場ではデジタルツインを活用して実際の製造ライン構築を想定した地べたの確保、そして機器動線のレイアウトもほぼ固まりつつあるようでした。
最新の一体成型にも匠の技
同様に、トヨタのモノづくりのなんたるかを実感させられたのは、次世代の自動車製造技術として注目を浴びるギガキャストの工程を開発する明知工場です。ギガキャストは6月のテクニカルワークショップで発表されたなかでも、電池群とともに注目を浴びていた、いずれもBEVのキーテクノロジーと目されるもの。既にテスラが「モデルY」で採用しているということで、トヨタも後追いという印象が報道によって刷り込まれていました。
トヨタがギガキャストの鋳造プレス機を導入したのは2018年といいますから、かれこれ5年くらいは実装に向けた検討を継続していることになります。その間にテスラは社長のひと声でちゃっちゃと商品に反映しているわけです。なんてグズな……と思われるかもしれませんが、そこは石橋をたたきすぎて壊れて渡れませんでしたというほど慎重なトヨタのよき一面とも解釈できます。
トヨタ的試算でいえば、リアセクションの86工程を一発で型抜きできるというギガキャスト。その魅力は計り知れない一方で、アーキテクチャーの拡張性やリペアビリティー、なにより品質安定の面など、克服しなければならない課題はたくさんあります。わかりやすい不良率という点では鋳巣、いわゆる穴やヒビ割れ等をいかに克服するかはかなり難しい。実際、モデルYも市販車でそういった不具合事例がSNSに挙げられています。そしてトヨタの初期の試作でも見事に巣くった症状が現れた、そのサンプルも今回は展示されていました。
と、ここでトヨタには、過去30年近くにわたって鋳造工程をつかさどっている自社製のソフトウエア「トップキャスト」があるわけです。豊田章男会長がよく口にする「秘伝のタレ」ともいえるこのソフトウエアに刻まれた膨大なノウハウに加えて、創業から半世紀を超える明知工場には、かつてのF1や現在のWEC、NASCARなどワンオフのレーシングパーツにも対応する鋳造の匠(たくみ)たちが在籍しています。「彼らは溶融したアルミが鋳型に流れ込む、その様子が見えるんです」とおっしゃる若い生産技術のエンジニアは、何かに取りつかれているわけではない。極めることで常識を超える、そんな事例はスガシカオの歌声とともに皆さんの脳裏にも浮かんでくることでしょう。
アルミが見える匠は試作品や試作型を見ながら、流圧を御して材料がみっちりと行き渡るために加えるべき凹凸面をサジェストしていきます。で、生産技術のエンジニアはそれをシミュレーションしながらより最適かつ効率的な形状をキャリブレーションする。そんなデジアナ織り交ぜた作業を重ねながら、2026年の実装に向けた検討を重ねているのが印象的でした。
マンパワーの維持こそ競争力の源泉
BEV製造にまつわる変革に乗じて、生産工場にまつわるあらかたの時間や手数を2分の1にもっていくという、破格の目標を掲げるトヨタ。生産全般を統括する新郷和晃Chief Production Officerは、それをコミットしながら、トヨタの財産として「人財」の言葉を用いて、現場力に絶対の自信を示しました。
それを今回のプレゼンに当てはめれば、工数半減によって生まれる人的余剰は、コストのために半減するわけではなく、より前向きな「カイゼン」や、より深いつくり込みの「タクミ」みたいなところに配分していくという気構えだといいます。
残暑厳しい折、超多忙の合間をぬってこの見学取材に同行してくれた中嶋裕樹副社長は、現場で交わす会話の端々で、高コストなマンパワーを維持することがむしろトヨタの競争力の源泉であり財産でもあるという思いをぶんぶんに匂わせていました。世界の潮流からすればむしろ逆張り、経済メディア的価値観なら予選敗退な話ですが、最先鋭の技術戦争の現場でさえ、トヨタが極限まで磨き上げたであろう“トヨタ生産方式”をさらに絞り抜き、振り切りながら突き進めるという熱意が感じられたのは、つくり手の矜持(きょうじ)に多少なりとも敬意を抱く自分にとっては収穫でした。
秘すれば美が徳だった日本人も「声のデカいヤツが勝ち」のごとく乱暴なグローバル化によって、主張の圧が求められる話になってきていることはうすうす感じていることでしょう。そんな最中に行われるジャパンモビリティショーで水素ディスりのイーロン・マスクと全方位推しの中嶋さんとのフリースタイルラップでも実現すれば、混迷の2023年自動車史の爪痕になりそうな気がします。
(文=渡辺敏史/写真=トヨタ自動車/編集=関 顕也)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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