豊田章男氏が日本自動車工業会の会長を退任 激動の5年半の任期を振り返る
2023.12.22 デイリーコラムそもそも何をする組織なの?
日本自動車工業会。通称は自工会、あるいは英語の頭文字をとってJAMAと略されることもあります。文字どおり、二輪や商用も含めた日本の自動車工業に関するさまざまな事柄について、責任をもって対応する最前線の業界団体です。位置づけは一般社団法人となり、例年若干名の新卒採用も行っているもようでして、2023年の情報を見るに初任給は23万7000円。勤務地は東京・港区の日本自動車会館、もしくはワシントン、ブリュッセル、北京にあるブランチということです。
クルマの業界にいて、自工会の仕事といえば思い浮かぶのは調整ごとや折衝ごとです。背後に巨大な雇用を抱える完成車メーカー側の立場で、雇用や経済を支えながら、モビリティーでの社会貢献を実現する。そのための各国・各種法規の分析や対応はもちろん、経済や環境的課題も鑑みた政策提言などをメーカー側の立場から行うなど、内容は多岐かつ詳細に及びます。前述した海外の拠点は、その情報収集やロビイングなどに必要なものです。
並行して、自動車産業の発展のための啓蒙(けいもう)というのも重要な任務でして、その最もわかりやすいところにあるのが、先日盛況のうちに幕を閉じたジャパンモビリティショー(旧東京モーターショー)の主催でしょう。
このような業務内容から、自工会には会員、つまり自動車メーカーからも出向者が出向いてますし、協力体制も敷かれています。例えば先進運転支援システムについて、欧州や米国の想定する基準にどこまで協調し、どこからを競争領域とするか。そういった将来的な戦略を技術的背景を踏まえながら考えるには、メーカーが抱える専門領域とのつながりが不可欠になります。メーカー間や業界間、政治間と縦横無尽に意思疎通を図るためにも、その仲介が欠かせないことはおわかりでしょう。
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異例の任期、異例の後任人事
そんな自工会の豊田章男会長が2023年いっぱいで会長職を退き、2024年1月1日からいすゞの片山正則会長が新会長として就任する人事が発表されました。
自工会の会長職は、過去の慣例では2年ごとに交代。その人事は21世紀以降、トヨタ、ホンダ、日産の持ち回りとなっていました。ところが豊田会長の場合は特殊で、2012~2014年に最初の任期を済ませた後、2018年に再任。これだけでも自工会初の異例の出来事でしたが、しかも2度目の任期は、途中2度の延長を含めて実に5年半に及びました。そのうえで、今回は慣例とは異なる後継者になったこともあって、巷間(こうかん)さまざまな思惑がささやかれているのも事実です。
いやもう、自分の世代的感覚で言わせてもらうと、オッさんってほんと人事が大好物なんですよ。しかるべき時期になると、日経の中面なんかに見開きでぐわーっと各社の人事異動の情報が並びますが、「これ誰得なん?」と思いきや、読者の皆さんの支持は高いと聞きます。ちなみに自動車業界関連であれば、最新の人事異動情報がまとめられた有料サイトなんてのも法人向けに存在します。直近の話題でいえば、音楽番組の最中に組閣人事がニュース速報でポンポン流れて大ブーイングが巻き起こっていましたが、速報を差し込むデスクのオッさん側としては、さながら辞任党……もとい自民党の様相に、もう居ても立ってもいられないお祭り状態だったのでしょう。
そんなこんなで楽屋すずめもかまびすしいわけですが、クルマ屋のキャリアからみた豊田章男会長体制の5年半は、自工会ひいては自動車産業全般において、相当意義深いものがあったと思っています。理由はなにか。キーワードは皆さんもすっかりおなじみでしょう「100年に一度の~」というヤツです。
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世界に向けてマルチパスウェイの意義を説く
いわゆるCASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)への対応で各社が躍起なところにきて、自動車産業の社会的優劣を峻別(しゅんべつ)するようなトレンドが海外から押し寄せてきたのは、2019年くらいからのことでしょうか。それすなわちCASEのEであるパワートレインの電動化。ハイブリッドをすっ飛ばして電気自動車(BEV)を強引に普及させてしまおうという方向に欧・米・中が流れました。コロナ禍で移動の扉が閉ざされるなか、報道を通してその流れはどんどん加速していくようにも見えました。
温暖化の進行やパリ協定批准という表向きの名目はあれど、各国の政府がケツ持ちとなって後押しするのは、自動車産業のパワーバランスの変革です。BEVしか勝たんという状況をつくることで、原発事故の後始末を抱えてCO2的に良質な電気が安価で得られない日本の泣きどころを突いてきた。口には出さずとも、多くの関係者はそう見ていただろうと思います。中国はまだしも欧米は……と言う方もいるかもしれませんが、経済は別腹。同盟国じゃないかG7の仲間だろうとか、ふやけたこと言ってる間に蹴落とされるのが関の山です。
と、そこに果敢にも口を挟んだのが当時の自工会です。といっても、売り言葉に買い言葉というわけではない。世界中にモビリティーをつくって届ける立場として、仕向け地ごとのエネルギーミックスに応じた廉価で高効率な商品を供給するうえで、パワートレインの多様化は避けて通れないこと、それが国内550万人の自動車産業従事者の雇用を支える源泉でもあることを、とうとうと説いて回りました。
その役回りを担ったのが豊田章男会長です。「もっといいクルマをつくろうよ」「幸せの量産」といったトヨタ的センテンスづくりを自工会でのコミュニケーションにも用いながら、自動車で日本を元気にしよう、550万人の一歩が明日につながる……と、コロナに加えて電動化で仕事なくなっちゃうんじゃない? と不安にさいなまれる関係者を鼓舞します。
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“日本の自動車工業”の主張を発信する組織へ
一方で豊田会長は、政策乏しきまま欧米追従、役人の意向丸のみで聞こえのいい脱炭素目標を民間に押し付ける行政に対しては、毅然(きぜん)と、しかしロジカルに対応するなど、硬軟織り交ぜた発信を繰り広げてきました。菅さんであれ岸田さんであれ、なんならサミットであれ乗り込んでマルチパスウェイをロビイングし続けた、その胆力は鳥瞰(ちょうかん)的に世界と日本、そのなかでの自動車産業の役割を見渡せるスタンスが源泉でしょう。
ロックダウンだ半導体だと足元からてんてこ舞いだったこの頃合いに、本業を束ねることをいの一番に考えなければならない立場では、激流のなかで自律し続けることは難しかったのではないかと察します。そう考えるとこの時期、自工会が豊田会長体制だったというのは日本にとって率直にラッキーだったのではないでしょうか。
行事といえば賀詞交歓会、発信といえば自動車関連税負担軽減……くらいしか存在感がなかった自工会は、そんな会長に引っ張られるかたちで今や2つのブログ、2つのSNSを駆使する前のめりな組織に変わりました。今後、新会長下で自工会が社会に向けて何を打ち出していくのか。クルマ好きなら毎日みてる『webCG』もいいですけど、たまにはこちらものぞきに行ってみてください。
(文=渡辺敏史/写真=日本自動車工業会/編集=堀田剛資)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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