第172回:クルマ関係者の意外な活動 シューマッハーがアイロンがけ!?
2010.12.11 マッキナ あらモーダ!第172回:クルマ関係者の意外な活動シューマッハーがアイロンがけ!?
この季節にあらわれる「食品銀行」とは
イタリアは目下、クリスマスの買い出しシーズンである。親戚一同で集まってプレゼント交換する人が多いので、用意しなければいけないプレゼントの数が半端じゃないのである。そのため、商店街が1年でいちばんにぎわう季節だ。
そうした中、こんな人まで自らショッピングに足を向けていた。「こんな人」とは、フィアット会長のジョン・エルカン 34歳である。
エルカンは2010年11月27日、トリノにあるフードマーケット「イータリー(Eataly)本店」に現れた。イータリーは、スローフード協会と連携して、ハイクオリティなイタリア食材を多数扱うことで有名な店である。日本では東京の代官山や日本橋三越などにあるので、イタリアファンの方ならご存じのことだろう。
トリノ本店は2007年オープンで、元ベルモット酒工場を改装した、趣のある建物だ。隣のフィアット旧工場を再開発した「リンゴット」ビルとの相乗効果で、多くの集客を生み出している。
エルカンは店内に入ると、ミラノの伝統クリスマス菓子「パネットーネ」などを次々と選んだ。というのも、この様子はイタリアのテレビニュースを通じて報道されたのだ。
実をいうと彼の買い物は、自分や家族のためではなかった。「食品銀行」という財団がイタリアで、この季節に実施しているチャリティだったのである。協力店ではレジのあとに買い物カートが置いてあるので、お客は自分が買った食品の中から、寄付したいものを入れる。すると、チャリティに回るという仕組みだ。
参考までに、イタリアでは以前から、他の団体やスーパーも同様のチャリティを行なっている。見ていると、寄付で集まる品は、お国柄か圧倒的にパスタが多い。
エルカン君も、この運動に協力したのである。ただし、これは彼自身のパフォーマンスだけではなかった。フィアットはトリノの各事業所全体でこの「食品銀行」運動に参加。従業員の協力で9月から7150食分を集めたという。
モンテゼーモロの「24時間テレビ」
ということで、今回は、年末助け合いの季節にちなみ、クルマ関係者によるチャリティのお話をしよう。チャリティといえば、フェラーリ会長のルカ・ディ・モンテゼーモロも負けていない。
「テレソンTelethon」は、アメリカを本家とするチャリティ番組で、イタリアでも公営放送RAIで、毎年秋に1日中放映されている。目的は、筋ジストロフィー治療および研究への寄付。イタリア版「24時間テレビ」と考えていただければよい。
イタリア版は2009年からモンテゼーモロが会長を務め、自らガッツポーズ姿でポスターのモデルになっている。なぜ彼が? というと、ふたつの理由がある。
ひとつは1990年に「テレソン」第1回が行われたとき、当時のフィアット会長ジョヴァンニ・アニエッリの妹スザンナ・アニエッリが参画していたことだ。もうひとつは、エンツォ・フェラーリの息子ディーノ(1932-1956年)が筋ジストロフィーがもとでこの世を去り、彼の死後エンツォ自身が病気の研究活動に深い理解と援助を惜しまなかったことだ。
モンテゼーモロがマスコットになる背景は、クルマ好きならより理解できるのである。
シューマッハがアイロン!?
しかしながら、ここ数カ月の傑作といえば、あのミハエル・シューマッハーだろう。シューマッハーがTシャツ姿で、アイロンがけをしているものだ。2010年10月、フランス・パリ市内の地下鉄駅に貼られたポスターである。
よく読むと、パリを本拠地とする脳・骨髄研究所「ICM」のポスターであることがわかる。ICMは2006年に設立された機関で、アルツハイマー病をはじめとする脳神経外科関係の研究推進を目的としている。その発起人には、映画監督リュック・ベッソン、FIA会長ジャン・トッドらとともに、シューマッハー自身も名を連ねている。地下鉄構内にポスターが貼られたのは、パリ交通営団グループの社会福祉財団もICMをサポートしているからだ。
アイロンをかけるシューマッハーの上には
「ミハエル・シューマッハーのやっていることは、別段変わったことではありません。脳や骨髄の病気(を救うこと)を除いては」と記されている。そして下部には、「あなたもシューマッハーのように、ICMの研究を助けましょう」と文章が続いている。
そういえば以前シューマッハーは、フェラーリF1ドライバー引退後の2007年に、フィアット商用車のテレビCMで園芸店主に扮(ふん)し、「シューミーの新しい仕事」と称して出演したことがあった。
しかし今回のアイロンがけパフォーマンスは少々おとなし過ぎたようだ。派手な巨大広告がひしめく地下鉄ホームで、せっかちなパリジャン、パリジェンヌたちにはあまり注目されていなかった。
だからこそ、筆者のようにシューマッハーであることを発見したときの感激が大きいといわれれば、それまでだ。だが、「やはり次のバージョンはレーシングスーツ姿で台所仕事とかしてたほうがウケるんじゃないの?」と、皇帝に対して余計なお節介が頭に浮かんだ筆者である。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
NEW
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
NEW
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。