あれから60年、よみがえる「スカイライン」伝説誕生の瞬間
2024.02.28 デイリーコラム惨敗から始まった日本グランプリ
2023年8月に発表された「日産スカイラインNISMO Limited」。「スカイラインGT」(S54A-1)誕生60周年を記念して、2024年夏に100台限定で発売予定とのことだった。
と言われても分からない人にはまったく分からないだろうが、今年2024年は1964年にスカイラインGT(S54A-1)が誕生して、そしてその活躍によって世にいうところの「スカイライン伝説」が萌芽(ほうが)してから60年という記念すべき年なのだ。と言われても、そもそも「スカイライン伝説」とは何ぞや?
話はさかのぼること61年、1963年に始まる。前年の1962年秋に完成した日本初の全面舗装された専用レーシングコースである鈴鹿サーキットにおいて、戦後初の本格的な四輪レースとなる第1回日本グランプリが開催された。メインイベントは外国から招待されたスポーツカーとドライバーによるレースだったが、そのほかに排気量別にクラスが細分化されたスポーツカーとツーリングカーのレースがあり、2日間で計10ものレースが行われた。
国内メーカーは数社が実質的なワークスチームを送り込んだが、最も力が入っていたのがトヨタで、「パブリカ」「コロナ」「クラウン」という当時販売していた乗用車(トヨタに3車種しかなかったのだ!)すべてが出場したレースで優勝を果たした。
反対に惨敗を喫したのがプリンス。1966年に日産に吸収合併される、スカイラインや「グロリア」を送り出したメーカーである。プリンスはツーリングカーレースに当時は5ナンバーフルサイズ車だった初代スカイラインを、スポーツカーレースにミケロッティデザインのボディーを持つ「スカイライン スポーツ」を送り込んだ。ドライバーは翌1964年以降トップドライバーとして脚光を浴びることになる生沢 徹と駐留米軍人のレイモンド・ジョーンズである。
だが、両車ともにワークスカーとはいえ1.9リッター直4 OHVエンジンをはじめほぼノーマル状態。おかげでスカイラインは20周のレースで、優勝したクラウンに対してジョーンズが2分半以上遅れての7位、生沢はリタイア。スカイライン スポーツは「ダットサン・フェアレディ1500」が優勝したレースで、ジョーンズが7位、生沢は10位。翌年以降の生沢の活躍を思えば、いかにマシンの戦闘力が不足していたかが分かるだろう。
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ホイールベースを延ばして直6を搭載
グランプリ終了後、トヨタは広告で「レースで実証された高性能!」と大々的にうたい上げ、戦果を最大限に利用した。それを見て、レースの結果が販売に直結することを身をもって知らされた他社も、翌年の第2回日本グランプリに向けてマシン開発に乗り出した。とはいえメーカーによって温度差があったが、最も積極的だったのがプリンス。規模的には小さいが、航空機メーカーがルーツの技術的に進んだ会社という自負があったため、プライドが許さなかったのである。
まずはツーリングカーレース2クラス(T-V、T-IV)に向けて、第1回日本グランプリ終了後にリリースされた日本初となる直列6気筒SOHCの2リッターエンジンを載せた「グロリア スーパー6」(S41-1)、そしてフルモデルチェンジを機に5ナンバーフルサイズから1.5リッター級にダウンサイズされた「スカイライン1500デラックス」(S50D-1)のレーシングバージョンの開発を進めた。
それらに加えて、日本初のフォーミュラカーレースと並んでメインイベントと目されるGT-IIレースも制覇して一気に名誉を回復すべく、秘密兵器を準備していた。当時、プリンスの乗用車といえば前述したスカイラインとグロリアの2車種のみ、どちらも4ドアセダンしかなかったが、そのうちスカイラインを高度にスープアップしてGTに仕立てようというわけだ。
はじめはスカイラインの1.5リッターに替えて、初代スカイラインやグロリアなどに積まれていた1.9リッター直4 OHVエンジンを載せてみたが、思ったような性能向上は望めなかった。そこで考えついたのがスカイラインのホイールベースを200mm延ばし、長くなった鼻先にグロリア スーパー6の2リッター直6 SOHCのG7型エンジンを押し込もうという、なんとも乱暴な方法だった。
そうして生まれたのがプリンス・スカイラインGT(S54A-1)。1964年3月に発表され、第2回日本グランプリ決勝前日の5月1日にGTレース出場のホモロゲーション取得に必要な100台が限定発売された。冒頭で紹介したスカイラインNISMO Limitedが、スカイラインGT誕生60周年を記念した100台の限定車であるのは、この歴史的事実にちなんでいるのだ。
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いかにも急造品らしいポイントも
1500デラックスを手作業で改造して100台をつくり上げたというホモロゲーションモデルのスカイラインGT(S54A-1)は、いかにも急造品らしい仕上がりだった。パワーユニットは2バレルのシングルキャブを備えて最高出力105PS/5200rpm(グロス)を発生するグロリア用のG7型をそのまま搭載。全高は1500デラックス(S50D-1)より25mm下げられ足まわりは固められたものの、ブレーキは四輪ドラムのままだった。
室内の雰囲気もGTのイメージとは程遠かった。ダッシュ上にタコメーターが後付けされ、スピードメーターの目盛りは160km/hから200km/hまで拡大されてはいたが、ホーンリングが付いた白いステアリングホイールは1500デラックスのまま。シートはもともとセパレートだった1500デラックスの表皮を張り替えただけでリクライニングもせず、ホールド性など語れる代物ではなかった。
シフトレバーはコラムからフロアに移されたが、フロア前方から長いレバーが生えたダイレクト式。ギアボックスは4段と言いたいところだが正確には3段+OD(オーバードライブ)で、妙なシフトパターンだった。これはコラムシフトとして設計されたグロリア用の変速機を流用したためと思われる。
そして、第2回日本グランプリ出場車が備えていた3基のウエーバー製ツインチョークキャブレターをはじめ4段+ODおよび4段のギアボックス、LSD、オイルクーラー、3本スポークのステアリングホイールなどはオプションパーツとして用意されていた。
ちなみに、このオプションの4段+ODも妙なシフトパターンだった。近年になって製作された第2回日本グランプリ出場車のレプリカには、ドライバーがシフトミスしないようステアリングホイールに貼られていたというパターンも再現されている。これを見てあることに気づいた。
翌1965年にフルモデルチェンジしたボンネットトラックである「プリンス・スーパーマイラー」がクラス初となる4段+OD変速機の採用をセリングポイントのひとつにうたった。スーパーマイラーはコラムシフトだったのだが、このシフトパターンがスカイラインGT用オプションに似ているのだ。となれば、これまた本来コラムシフトとして設計されたものをベースにしていた可能性が強い。
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楽勝ムードから一転
こんな成り立ちのスカイラインGTだったが、3月の発表時には必勝を期したGT-IIレースにライバルは見当たらず、優勝は確実と思われた。だがレースが近づくにつれて、不穏なうわさが流れ始めた。なんでも前年の1963年秋に発表されたばかりのポルシェの最新レーシングマシン「カレラGTS」(タイプ904)をトヨタの契約ドライバーでもあった式場壮吉が購入し、プライベーターとしてGT-IIレースに出場するらしい……というものである。
果たしてうわさは現実となった。100台を生産して4月1日にGTのホモロゲーションを取得したばかりの904がドイツから空輸され、レースが2週間後に迫った4月16日、鈴鹿サーキットに姿を現したのだ。このときにプリンス陣営が受けたショックはいかばかりか。なにしろ同じGTクラスの2リッターマシンとはいえ、ファミリーセダンに大きなエンジンをブチ込んだだけのスカイラインGTに対して、904は百戦錬磨のポルシェがつくった最新のミドシップレーシングカー。マシン本来のポテンシャルが発揮されれば、勝負になるはずもないのである。
だが、勝負はふたを開けてみなければ分からない。904は決勝の2日前、5月1日に行われた雨中での2回目の予選で、スロットルワイヤのトラブルからクラッシュしてノーズを大破。この瞬間、誰もが勝利の女神は再びプリンスにほほ笑んだと思ったそうだが、904は決勝が行われる5月3日の早朝までかかって突貫修理を敢行し、実にスタート4分前にグリッドにすべり込んだのだった。
いざレースが始まると904はたちまちトップに立ったが、クラッシュの影響で完調には程遠く、7台出走したスカイラインGT勢との差は思ったほど広がらない。そして7周目のメインストレートに、なんと生沢 徹の駆るスカイラインGTが904を従えて現れた。グランドスタンドを埋め尽くしていた観衆はその光景を目の当たりにして総立ちとなり、割れるような拍手と歓声が湧き起こったという。トヨタの契約ドライバーとしてコロナでT-Vレースに出場し、このレースでは友人である式場のピットクルーとしてこの光景を目撃した徳大寺有恒さんは、後年、「ゴーッという、まるで地鳴りのような歓声は今も耳に残っている」と語っていたが、まさしくこの瞬間に“スカイライン伝説”が誕生したのだった。
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高まりゆく“スカG”人気
最大の見せ場をつくったスカイラインGTだが、翌周には904にトップを奪い返される。そして式場も手負いの904の走らせ方を心得たのか、最終的には生沢に代わって2位に上がった砂子義一のスカイラインGTに10秒以上の差をつけて優勝。スカイラインGTは出走7台中6台が2~6位と8位に入った。
一瞬の逆転劇については、友人同士だった式場と生沢の談合だったとか、周回遅れの処理に戸惑った式場の隙をついて先行した生沢に少しは華を持たせてやろうと式場が思ったから、などと言われたが、いまさらそれを追及したところで意味はない。たとえそれが演出だったとしても、本来ならば圧倒的に不利なスカイラインGTが、わずかな間とはいえ904をリードしたのは事実。その光景にナショナリズムを刺激され、さらには判官びいきも加わって、観衆の心には勝った904より“惜敗”したスカイラインGTのほうが強く刻まれた。そして、その感動はメディアを通じて世に広まっていったのである。
もし904がエントリーすることなくスカイラインGTがすんなりレースを制覇していたら、あるいは904が予選でクラッシュすることなく圧勝していたら、はたまた904がクラッシュの後遺症で勝負にならなかったら、果たしてスカイライン伝説は生まれたのか? 事実は小説より奇なりというが、誰もが予想だにしなかったドラマチックな展開が、伝説の誕生をお膳立てしたのである。
前述したように、このデビュー戦には7台のスカイラインGTが出走した。建前としては限定100台ではあるが、100台がつくられたかどうかは疑わしいという説もあり、そのなかから少なからぬ台数がレースに使われたとすれば、市場に出回った数はおそらく多くはなかったはずだ。
だが、この活躍からいつしか“スカG”の愛称で呼ばれるようになったスカイラインGTを求める声はやまず、それに応えて翌1965年に「スカイライン2000GT」(S54B-2)と名乗るカタログモデルが登場した。G7型エンジンは圧縮比を8.3から9.3に上げ、従来はオプションだったウエーバーの3連キャブを標準装備して125PS/5600rpmを発生。変速機は3段+ODのままだったが、シフトレバーは手元に近づけられた。シャシーは前後サスペンションにスタビライザーを、リアにトルクロッドを付加し、前輪ディスクブレーキも標準装備となった。
室内もフロントシート、計器盤ともに専用のスポーティーなデザインに変更され、ステアリングホイールもオプションだった3本スポークが標準となって、GTの名に恥じないムードに変貌。これらのモディファイによって、国産最速の最高速度180km/h、0-400m加速17.8秒を誇る名実ともに本格派GTへのバージョンアップを果たしたのだった。レースでの活躍も続いてスカG人気はますます高まり、伝説は積み重ねられていくのだが、それについてはまたの機会に。
(文=沼田 亨/写真=日産自動車、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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