日産スカイラインNISMO(FR/7AT)
“あの瞬間”がよみがえる 2024.01.17 試乗記 「日産スカイライン」に走りの性能を進化させた「NISMO」が登場。既存のNISMOロードカーシリーズとひと味違うのは、汗くささとは無縁の「究極のグランドツーリングカー」を目指したというところだ。350km余りをテストした。GT-Rかそれ以外か
スカイラインには他にはない何かがある。
昭和のオッさんならずとも、『webCG』を毎日見ているようなクルマ好きの皆さんなら、その気配は感じ取っていることだろう。直列6気筒を押し込んだ「スカイラインGT」が「ポルシェ904」に~うんぬんの歴史的事象は、耳タコ目イボの話だと思うので割愛するけれども、あの瞬間から伝説の主となってしまった、これがスカイラインの運命をゆがめてしまったのかもしれない、と思うことがある。
その節目ごとに現れるのが「GT-R」の存在だ。まずは前人未到のJAF公認戦50連勝を遂げたハコスカ世代に戦闘力を高めるべく企画されたショートホイールベースの2ドアモデルによって、スカイラインといえばクーペだろう的なイメージが決定づけられた。
そしてR32世代。ニュルで鍛えたトルクスプリット四駆によるパフォーマンスは、時の964型「ポルシェ911カレラ2」や「フェラーリ328GTB」といった面々をも上回るに至った。さらにホモロゲ取得用前提ということもあってチューニング適性は非常に高く、手を加えればその速さは別次元。日本車未踏のオーバー300km/hという世界に足を踏み入れるのにさほど時間はかからなかった。
と、いわゆる第2期GT-Rの登場によって、世間はスカイラインをGT-Rかそれ以外かという2つに大別することになってしまう。そして第3期に至るとGT-Rは完全にスカイラインから切り離され、ニュルを舞台に「ポルシェ911ターボ」と世界最速を張り合うモデルへと変貌を遂げたのはご存じのとおりだ。高校野球から日ハムを挟んでMLBと、なんだか大谷さんの処世とも重なって見えるようなその向こう側で、スカイラインはインフィニティの看板を下げて所在なさげにしている。10年前に登場したV37型からは、そんな印象を受けたのは僕だけではないはずだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
すでに完売の地域も
もはや日本で販売されるのはセダンのみ。売りはハイブリッドとダイレクトアダプティブステアリング=DASくらいなもの。果たしてスカイラインに存続の道はあるのか。その懸念は一般紙に生産中止の報を書かせるに至り、日産側は火消しに躍起になったほどだった。
しかしその陰では、クルマ好きがスカイラインに再起の光明を見いだしていた。それが「400R」の存在だ。搭載するVQ30DDTTは最高出力400PSの大台を超え、それを御するべくブレーキやサスにも手が加えられている。同等の動力性能を持つ同級のセダンとしては「メルセデスAMG C43」や「BMW M340i」が挙げられるが、それらは四駆ながら価格は400Rの2倍に近い。GTを名乗らないのは「プロパイロット2.0」推しのグレードがその名を使っているからだろうが、これぞ俺たちのスカGではないかという思いを抱いたクルマ好きは昭和のオッさんを中心に少なからずいらっしゃったように思う。
その400Rをベースに、日産モータースポーツ&カスタマイズ=NMCが開発・生産を担当するのがスカイラインNISMOだ。販売は1000台の限定となり、首都圏の店舗ではすでに完売との話も聞く。さらに部品を厳選し、公差を均一化したうえでGT-Rのエンジンを担当する匠(たくみ)によって手組みで仕上げられるエンジンを搭載。サテンフィニッシュのエンケイ製ホイールなどを採用した「Limited」も100台限定で生産されるが、こちらはすでにネットでの抽選申し込みが締め切られている。
取材車は788万0400円の標準グレードにオプションのレカロシートやカーボン製フィニッシャーが組み込まれたもので、価格は847万円。ベースの400Rに対しては200万円ほど高い計算になる。
さすがのグランドツアラー性能
シートのフィット感はさすがといったところだが、残念ながら着座高については標準シートとの差は感じられなかった。スポーツモデルとして見ると、181cmと大柄な筆者の場合、ちょっと高すぎる感がある。もっとも、座面高はこのプラットフォームに共通する構造的なものなので、気になる向きは自己責任で社外のバケットシートやシートレールなどを用いて調整することになるだろうか。そういうことも令和のスカGを駆る楽しみのひとつと思えるなら、あえて標準グレードを選ぶという手もある。
エンジンはGT500車両の開発エンジニアによる専用のセットアップによって最高出力420PS/最大トルク550N・mを発生。注目すべきは15PSアップの最高出力より、75N・m上乗せされた最大トルクの側だろう。市井のチューンドECUはどうしてもパワーに偏りがちだが、これほどトルクが厚盛りされれば普段使いでのフレキシビリティーも体感できるかたちで変わってくるはずだ。実際、郊外路や高速巡航からの加速時にキックダウンを要さず同じギアで粘り強く力を乗せていく様子を見ていると、このエンジン特性に変速マネジメントがしっかり合わせ込まれていることも伝わってくる。
そういう速度域にいて感心するのは望外の静粛性だ。メカノイズやエキゾーストノートもさることながら、路面からの侵入音や風切り音といった車体側からのノイズ遮断もしっかりしている。ドア間や下まわりにもウェザーストリップがしっかり取り回されるなど、ベース車の素性の良さが生きている。
ダンパーはモノレートだが、乗り心地面は総じて快適だ。低速域で路面の凹凸が大きくなると、ややバネ下の動きが強く表れるが、これはリアタイヤが20mm太い設定となったところも大きいだろう。一方で専用ラジアルタイヤの穏やかな縦バネ特性に助けられてか、入力の角は取れておりフィードバックに痛さは感じない。そして速度とともに乗り心地が落ち着きをみせてくると、スタビリティーの高さや微操舵域からのゲインの立ち上がりの柔らかさが安心要素として際立ってくる。
匂い立つ901運動の残り香
ワインディングロードでもクルマの動きそのものに刺激は感じない。舵を切り込むほどに前後輪がバランスよくじわっと粘りつつ、リニアにリニアにクルマが動こうとしている様子が伝わってくる。パワーオーバーなど造作もない火力を、絞り出すように後輪へと伝えていけるそのドライバビリティーを知るに、シブいなぁとしみじみ感動してしまう。
スカイラインNISMOはドライブモードに応じたDASを含めた操作系のレスポンスや変速マネジメントに加えて、VDCやABSなど姿勢制御にまつわる作動パラメーターも専用のデザインとなっている。これらを統括してスカイラインNISMOの味つけを決めたのは神山幸雄さん。名前を聞けばピンとくる方もいるだろう。R32スカイラインやP10「プリメーラ」など数々の名車が輩出した901運動を支え、第2期、第3期のGT-Rで操安全般や電子制御系のまとめを担ってきたトップガンの1人だ。日産を定年退職後はNMCが手がける「ノート オーラNISMO」やこのスカイラインNISMOの開発ドライバーを務められている。
圧倒的高性能を誰もが不安なく解き放てる、そんなクルマをつくり続けてきた方だからこそ追い込み煮詰めて引き出せる滋味深さ、それこそがこのクルマの本懐ではないかと思う。そこにひもづいて見えるのは、FRをつくらせれば間違いないとクルマ好きに言わしめていた、あの瞬間の日産車だ。パワートレインがなんであれ、もしも次に新しいスカイラインがあるならば、そのタスキはこのスカイラインNISMOが握っている。
(文=渡辺敏史/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
日産スカイラインNISMO
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4835×1820×1440mm
ホイールベース:2850mm
車重:1750kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:420PS(309kW)/6400rpm
最大トルク:550N・m(56.1kgf・m)/2800-4400rpm
タイヤ:(前)245/40R19 98W/(後)265/35R19 98W(ダンロップSP SPORT MAXX GT600)
燃費:--km/リッター
価格:788万0400円/テスト車=889万2087円
オプション装備:RECARO製スポーツシート+カーボンフィニッシャー(58万9600円)/電動ガラスサンルーフ<ワンタッチスライド&チルトアップ、UVカット機能付きプライバシーガラス、挟み込み防止機能付き>(12万1000円)/ボディーカラー<カーマインレッド>(14万3000円) ※以下、販売店オプション ウィンドウはっ水12カ月<フロントウィンドウ1面+フロントドアガラス2面>(1万1935円)/日産オリジナルドライブレコーダー<フロント+リア>(8万6972円)/NISMOフロアマット(5万9180円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:5817km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:349.7km
使用燃料:38.8リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.0km/リッター(満タン法)/9.3km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】 2025.12.15 フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。
-
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.13 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】 2025.12.10 中国のBYDが日本に向けて放つ第5の矢はプラグインハイブリッド車の「シーライオン6」だ。満タン・満充電からの航続距離は1200kmとされており、BYDは「スーパーハイブリッドSUV」と呼称する。もちろん既存の4モデルと同様に法外(!?)な値づけだ。果たしてその仕上がりやいかに?
-
フェラーリ12チリンドリ(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.9 フェラーリのフラッグシップモデルが刷新。フロントに伝統のV12ユニットを積むニューマシンは、ずばり「12チリンドリ」、つまり12気筒を名乗る。最高出力830PSを生み出すその能力(のごく一部)を日本の公道で味わってみた。
-
NEW
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】
2025.12.17試乗記「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。 -
NEW
人気なのになぜ? アルピーヌA110」が生産終了になる不思議
2025.12.17デイリーコラム現行型「アルピーヌA110」のモデルライフが間もなく終わる。(比較的)手ごろな価格やあつかいやすいサイズ&パワーなどで愛され、このカテゴリーとして人気の部類に入るはずだが、生産が終わってしまうのはなぜだろうか。 -
NEW
第96回:レクサスとセンチュリー(後編) ―レクサスよどこへ行く!? 6輪ミニバンと走る通天閣が示した未来―
2025.12.17カーデザイン曼荼羅業界をあっと言わせた、トヨタの新たな5ブランド戦略。しかし、センチュリーがブランドに“格上げ”されたとなると、気になるのが既存のプレミアムブランドであるレクサスの今後だ。新時代のレクサスに課せられた使命を、カーデザインの識者と考えた。 -
車両開発者は日本カー・オブ・ザ・イヤーをどう意識している?
2025.12.16あの多田哲哉のクルマQ&Aその年の最優秀車を決める日本カー・オブ・ザ・イヤー。同賞を、メーカーの車両開発者はどのように意識しているのだろうか? トヨタでさまざまなクルマの開発をとりまとめてきた多田哲哉さんに、話を聞いた。 -
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】
2025.12.16試乗記これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。 -
GRとレクサスから同時発表! なぜトヨタは今、スーパースポーツモデルをつくるのか?
2025.12.15デイリーコラム2027年の発売に先駆けて、スーパースポーツ「GR GT」「GR GT3」「レクサスLFAコンセプト」を同時発表したトヨタ。なぜこのタイミングでこれらの高性能車を開発するのか? その事情や背景を考察する。






















































