第862回:世界的テノール歌手が選ぶ「ベスト・エンジンサウンド賞」
2024.06.06 マッキナ あらモーダ!コモ湖畔で開催されるヴィンテージカーの祭典
1929年に起源をさかのぼり、現存する最古の自動車コンクール・デレガンスとされる「コンコルソ・ヴィラ・デステ」が、2024年5月24日から26日にイタリア・コモ湖畔チェルノッビオで開催された。
コンコルソ・ヴィラ・デステは1999年からBMWグループがスポンサードし、2005年からはBMWグループのクラシック部門がグランドホテル・ヴィラ・デステと共催する形式をとってきた。
今回も例年どおり8クラス・約50台のヒストリックカーが美的価値や歴史的意義、そして復元技術の素晴らしさを競った。その結果、審査員が選ぶベスト・オブ・ショーには、フィゴニ製スパイダーボディーをもつ1932年「アルファ・ロメオ8C2300」が選ばれた。「タイムカプセル-外の世界が忘れた自動車」に参加した同車は、77年間同じ所有者の元で保管され、21世紀までその存在がほとんど知られていなかった、という数奇な歴史をもつ。
招待者投票による「コッパ・ドーロ・ヴィラ・デステ」には、1995年「マクラーレンF1」が選ばれ、歴代受賞車種と比較して極めて若いことから関係者を少なからず驚かせた。シャシーナンバー43の同車は現在英国のオーナーの元にあるが、初代オーナーは男性専門で知られる上野クリニックの経営者、佐山元一氏だった。
人々の関心を誘ったのはそのストーリーだ。上野クリニックが1995年ルマン24時間レースでマクラーレンF1 GTRワークスマシン1台のスポンサーを引き受けた際、佐山氏は今回の出場車と同じ黒と灰色のツートンカラーを要求した。ワークスマシンは優勝。ドライバーのひとりだった関谷正徳氏は日本人初のルマンウィナーとなった。
ヨナス・カウフマン氏とBMW
ところで、コンコルソ・ヴィラ・デステには2023年から新しい部門賞が設けられている。その名は「カント・デル・モトーレ・トロフィー」(ベスト・エンジンサウンド賞)。最も美しいエンジン音をもつ参加車に与えられる賞だ。
選者は世界的テノール歌手のヨナス・カウフマン氏である。1969年ミュンヘン生まれの彼は、1994年にミュンヘン音楽・演劇大学の声楽科を卒業。今日までにミラノ・スカラ座、バイエルン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場、チューリッヒ歌劇場、パリ国立歌劇場、ウィーン国立歌劇場など世界有数のオペラハウスで70以上の役を演じてきた人物である。
そのカウフマン氏は2009年にBMWとパートナーシップ契約を締結。BMWドイッチュラントのマーケティング責任者マンフレート・ブレウンル氏(当時)は、「カウフマンはBMWに最適です。成功者であり、国際的で、テクノロジーの愛好家である真のバイエルン人です。彼の歌は世界中の人々にインスピレーションを与え、魅了します。私たちにとって理想的なパートナーであり、われわれの数々の芸術的・文化的コミットメントの大使として適役です」 とコメントしている。
以来カウフマン氏は、BMWがパートナーとなり世界各地で繰り広げている「Opera for All」にも出演するなど、ブランドアンバサダーとして活躍してきた。
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送迎ドライバーとして働いたことも
筆者は今回のヴィラ・デステで、カウフマン氏本人に話を聞く幸運を得た。
「私は学生時代、シャトルドライバーとしてBMWのために働いた経験があります」と彼は話す。BMWは世界各地の協賛イベントなどで、大量の最新モデルを関係者やゲストの送迎用に用意する。その際のドライバーは主に、本社所在地のミュンヘン地域で臨時採用した学生たちだ。若き日のマエストロは、そのアルバイトをしていたのだ。
今日では「X5」をはじめとするSUVも使用されているが、カウフマン氏の時代は? との質問に、「『7シリーズ』でした」答える。そして「なかなかいい仕事でした。政治家、スポーツ選手などさまざまな人を運びました」と回想してくれた。
「ベスト・エンジンサウンド賞」第1回の2023年に氏がチョイスしたのは、180°V型12気筒エンジンを搭載した1970年「ポルシェ917K」だった。「あまりにエンジン音が大きすぎて、私が賞状を授与するとき、オーナーは私の祝辞がまったく聞こえなかったそうです」と笑いながら明かしてくれた。たしかに、その限りなく野太いエキゾーストノートは、筆者自身の脳裏にもいまだ焼きついている。
2年目である2024年、カウフマン氏が選んだのは、V型12気筒3929ccエンジンを搭載した1976年「ランボルギーニ・カウンタックLP400」だった。「ビデオ世代のスーパーカー・スターズ」カテゴリーに参加した1台で、1976年にサウジアラビアのサウド王の娘であるダラル・ビント・サウド・アル・サウド王女に納車された個体だ。このように、カウフマン氏が選んだのは2年連続でV12エンジン搭載車両となった。
ところで、彼の歌声に関してフランス『テレラマ』誌の音楽評は、「これがこの作品を演じる最後の機会だと見る者に思わせるほど、それぞれの役に身を投じて体現している」と絶賛している。ポルシェ917はシリーズ全体でも25台。カウンタックは「ディアブロ」という後継車が存在したものの、唯一無二の存在だ。“最初で最後”と人々に思わせる気迫は、カウフマン氏のパフォーマンスと共通する。
その日カウフマン氏は、自身の授賞セッションが終わっても、他のパレード車両の一台一台を、興味深く見守っていた。そのまなざしはエンスージアストのものだった。
帰りぎわ、会場のグランドホテル・ヴィラ・デステから駐車場まで、BMWが手配したX5で送ってもらうことになった。前述のように、ドライバーはスーツに身を包んでいるものの大半は大学生だ。陸送車を使うのではなく、ミュンヘン-コモ間は、往復とも彼らが運転して運んでいるのが通例だ。
その日、筆者を運んでくれたシャトルドライバー君に、カウフマン氏もBMWの催しで同様の仕事をしていたことを話した。すると彼は「もしかしたら、僕もオペラ歌手になれるかもしれませんね」と上品ながらジョークを口にした。いやいや、そう簡単になれるものではない、と説教したくなったが、別の領域で功なり名を遂げて「もしやあのときのドライバーでは?」と、いつか筆者を驚かせてくれれば、それはそれでうれしい。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA> /写真=大矢麻里 Mari OYA、Akio Lorenzo OYA、BMW/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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