ホンダN-VAN e: L4(FWD)
プロのツールはひと味ちがう 2024.11.01 試乗記 “日本の働く現場”を支える軽商用バンの電気自動車(BEV)「ホンダN-VAN e:」に試乗。配送業や設置・施工業から移動販売に至るまで、その使われ方を徹底的にリサーチし開発をおこなったという走りと機能性、そしてこだわりの付加価値をチェックした。広さや使い勝手は「N-VAN」とほぼ同じ
クルマのカーボンニュートラルにおいて、乗用車のBEV化にはいまだ賛否両論あるが、軽商用バンのBEV化に否定的な人はほぼいない。個宅配送などに使われる軽商用バンこそ、うまく運用すれば、BEVのほうがメリットが大きそうだからだ。実際、日本郵便やヤマト運輸はすでに「三菱ミニキャブEV」を導入しているし、佐川急便も共同開発に参画した「ASF2.0」の大量導入を進める。
そんな軽商用BEVについては、供給側も本格的に動き出している。日産は三菱からのOEMである「クリッパーEV」をこの2024年2月に発売し、ホンダもこうしてN-VAN e:の発売にこぎつけた。ただ、当初は2023年度内の発売をかかげていたトヨタ、スズキ、ダイハツによる共同開発車だけは、生産担当予定だったダイハツの認証不正問題によって、発売そのものから不透明になってしまっているが……。
というわけで、ホンダの軽商用BEVは、その外観と商品名のとおり、ガソリンエンジンを搭載する「N-VAN」の車体をそのまま活用している。N-VANといえば、助手席と後席を床下に収納した広大な空間を売りにするが、「そのメリットをいっさい犠牲にしない」のが、N-VAN e:最大の開発テーマだったという。実際、この4人乗りのN-VAN e:の荷室空間は、諸元表の細かな数値に多少のズレはあるものの、実質的な広さや使い勝手はエンジン仕様のN-VANとなんら変わりない。
N-VANじたいのプラットフォームは先代「N-BOX」から受け継がれている。同プラットフォームは将来的なハイブリッド化こそ意識していたものの、完全なBEV化は想定外だったとか。にもかかわらず、ミニキャブEVや「日産サクラ」の1.5倍となる30kWhのリチウムイオン電池を床下に搭載しながら、超低床や左側ピラーレスといった自慢のパッケージレイアウトをまったく変えずに済ませているのは、見事というほかない。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
1人乗り/2人乗り仕様車も設定
N-VAN e:が外観の基本デザインまでN-VANそのままなのは、「プラットフォームを共有する商用バンであることは同じなのだから、変えようがない」という理由のほかに、当初は200万円切りを目標としていた戦略価格=コスト抑制のためでもある。ただ、(車重増加に合わせて)大径化されたタイヤのほか、充電リッドを備えたフロントセンターグリルとテールランプは、最終的にN-VAN e:専用デザインとなった。
専用センターグリルは廃棄バンパーのリサイクル樹脂製で、いつもは異物視される塗膜のカケラを増量して混ぜ合わせることで、“世界に1台”の意匠を前面に押し出した。もっとも、まだ通常の樹脂素材よりコスト高なのが現状らしいが、環境問題に対するメッセージとしてあえて採用したという。また、クリアとなったテールコンビランプも、じつはN-VANの今はなきロールーフモデルの「+スタイル クール」からの再登板パーツだとか。
インテリアも基本的な雰囲気はN-VANのままながら、液晶メーターや近年の“電動ホンダ”でお約束のボタン式シフトセレクターに合わせて、細部までアップデートされている。
N-VAN e:では4人乗りの2グレードがメイングレードとなるが、そのほかに法人営業やサブスク専用にシングルシーターの「G」とタンデム2シーターの「L2」が用意されるのが面白い。ともに収納すべきシートが省略されて、さらに低くなったフロアには目からウロコが落ちる思いだが、「今のところ期待したほど売れていません」と担当者は苦笑する。だとすれば、変人気質(失礼!)の個人ユーザーにターゲットを向けたほうが、意外と売れるんではないか……とも勝手に想像する。
N-VAN e:のもうひとつの開発コンセプトが「eコンテナ」と銘打った給電機能で、N-VAN e:ではフロントの普通充電口から専用アタッチメントを介するだけで100V・1500Wの交流電源がそのまま取り出せる。現時点で同機能を持つのは、このN-VAN e:と最近発売された「ホンダCR-V e:FCEV」の2台だけだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
アクセルのリニア感が素晴らしい
今回のメディア試乗会に用意された試乗車はすべて4人乗りで、売れ筋の「L4」と、乗用ユースも想定して装備を充実させた「FUN」の2種類だった。webCG取材班にあてがわれた試乗車は前者のL4で、ヘッドランプがハロゲンとなり、スマートキーや後席のポップアップ機構付きガラスが非装備、さらに急速充電ポートとリアシートピローがオプションあつかいになることが、上級のFUNとの大きなちがいだ。さらに、FUNではシート表皮やホイールキャップも専用にグレードアップされる。
とはいえ、L4も基本的な装備に不足はない。アダプティブクルーズコントロールを含む先進運転支援システムや軽商用車初のサイド&カーテンエアバッグをはじめ、TFT液晶メーターに運転席シートヒーターなどはL4にも標準で装備される。また、FUNに設定される外板色はすべてL4でも手に入るし、逆に簡素な白と銀はL4にはあるが、FUNでは選べない。
今回は横浜みなとみらい周辺で撮影込み2時間という取材枠だったこともあり、一般道のみの短時間試乗にかぎられてしまった。それでも、アクセルのリニア感が素晴らしすぎる…………ということだけは自信をもって申し上げたい。エコモードにあたるECONモードを作動させると、アクセルの踏みはじめだけマイルドになるが、それを作動させないノーマル状態でもこけおどしの加速感は皆無で、その超の字がつくリニアな加減速は、思わず笑ってしまうくらいだ。
運転に不慣れなパートタイムドライバーでも荷崩れを起こしにくいよう「BEVならではの鋭い加速性能の演出はあえて封印しました」と開発陣が明かすN-VAN e:のアクセル制御は、ドライバーの足指の微妙な力加減にぴたりとシンクロしてくれるのだ。個人的に、これまでに乗ったどのBEVより、以心伝心の一体感がある。こうした味つけは、N-VAN e:の開発に協力したヤマト運輸のドライバーからも好評だったという。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
配送実証実験で航続距離を導出
BEVといえば静粛性も売りとするのが定石だが、走行中のN-VAN e:にかぎっては、静かとはいいがたい。外に向かって発せられる“車両接近通報装置”の警告音がとくに耳ざわりなことから、車体の遮音・吸音対策を最低限に割り切っていることは明らかだ。それは商用車ならではのコスト削減と、BEVに不可欠な軽量化のためだろう。
ただ、そのわりにモーターやインバーターなどの駆動系ノイズは、不思議なほど聞こえてこない。それは駆動時の電流のパルスをうまく制御することで、ノイズの発生を源流から抑制しているのだという。逆に静粛性にこだわりすぎると効率が落ちるそうだが、そこをうまく両立させるのがホンダ伝統の得意技らしい。そういえばホンダはハイブリッドも総じて静かだ。
少なくとも今回の試乗では、N-VAN e:のハンドリングや乗り心地もすこぶる良好だった。EVならではの重さと低重心が奏功してか、身のこなしもゆったりとマイルドでじつにあつかいやすい。空荷でも乗り心地が良好だったのは、専用の大径タイヤのおかげもあるという。また、あえて大きな段差に挑んでも安っぽい低級音がしないのには感心するし、ちょっとしたコーナリングめいた走りでも、思わず笑みがこぼれるくらい安定していた。
今回の試乗においてN-VAN e:は、BEVの宿命である航続距離以外、これまでのN-VANの美点をなにも犠牲にしていない……といっていい。その航続距離にしてもWLTCモードで245kmという数値は、ヤマト運輸による地方都市の配送実証実験(実際におこなわれたのは宇都宮市内)でも十二分と判断されたという。まあ、われわれのような個人客の間ではいろいろと意見もあろうが、その航続距離とエネルギーコストの安さと走りの魅力を天びんにかけたうえで、N-VAN e:を選びたくなる人は少なくないと思う。
(文=佐野弘宗/写真=佐藤靖彦/編集=櫻井健一)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
ホンダN-VAN e: L4
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1960mm
ホイールベース:2520mm
車重:1130kg
駆動方式:FWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:64PS(47kW)
最大トルク:162N・m(16.5kgf・m)
タイヤ:(前)145/80R13 82/80N LT/(後)145/80R13 82/80N LT(ヨコハマ・ブルーアース バンRY55)
一充電走行距離:245km(WLTCモード)
交流電力量消費率:127Wh/km(WLTCモード)
価格:269万9400円/テスト車=322万3000円
オプション装備:ボディーカラー<ボタニカルグリーン・パール>(3万3000円)/急速充電ポート(11万円) ※以下、販売店オプション 8インチHonda CONNECTナビ(15万1800円)/ナビ取り付けアタッチメント(6600円)/GNSSアンテナ(2200円)/ETC2.0車載器(1万9800円)/ETC2.0車載器取り付けアタッチメント(1万1000円)/フロアカーペットマット プレミアム(2万6400円)/ドライブレコーダー3カメラセット(6万7100円)/充電ケーブル<7m>(6万6000円)/AC外部給電器(2万9700円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:856km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:--km/kWh

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
-
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】 2025.12.16 これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。
-
日産ルークス ハイウェイスターGターボ プロパイロットエディション/ルークスX【試乗記】 2025.12.15 フルモデルチェンジで4代目に進化した日産の軽自動車「ルークス」に試乗。「かどまる四角」をモチーフとしたエクステリアデザインや、リビングルームのような心地よさをうたうインテリアの仕上がり、そして姉妹車「三菱デリカミニ」との違いを確かめた。
-
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】 2025.12.13 「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。
-
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】 2025.12.12 「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。
-
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】 2025.12.10 中国のBYDが日本に向けて放つ第5の矢はプラグインハイブリッド車の「シーライオン6」だ。満タン・満充電からの航続距離は1200kmとされており、BYDは「スーパーハイブリッドSUV」と呼称する。もちろん既存の4モデルと同様に法外(!?)な値づけだ。果たしてその仕上がりやいかに?
-
NEW
ホンダN-ONE e:G(FWD)【試乗記】
2025.12.17試乗記「ホンダN-ONE e:」の一充電走行距離(WLTCモード)は295kmとされている。額面どおりに走れないのは当然ながら、電気自動車にとっては過酷な時期である真冬のロングドライブではどれくらいが目安になるのだろうか。「e:G」グレードの仕上がりとともにリポートする。 -
NEW
人気なのになぜ? アルピーヌA110」が生産終了になる不思議
2025.12.17デイリーコラム現行型「アルピーヌA110」のモデルライフが間もなく終わる。(比較的)手ごろな価格やあつかいやすいサイズ&パワーなどで愛され、このカテゴリーとして人気の部類に入るはずだが、生産が終わってしまうのはなぜだろうか。 -
NEW
第96回:レクサスとセンチュリー(後編) ―レクサスよどこへ行く!? 6輪ミニバンと走る通天閣が示した未来―
2025.12.17カーデザイン曼荼羅業界をあっと言わせた、トヨタの新たな5ブランド戦略。しかし、センチュリーがブランドに“格上げ”されたとなると、気になるのが既存のプレミアムブランドであるレクサスの今後だ。新時代のレクサスに課せられた使命を、カーデザインの識者と考えた。 -
車両開発者は日本カー・オブ・ザ・イヤーをどう意識している?
2025.12.16あの多田哲哉のクルマQ&Aその年の最優秀車を決める日本カー・オブ・ザ・イヤー。同賞を、メーカーの車両開発者はどのように意識しているのだろうか? トヨタでさまざまなクルマの開発をとりまとめてきた多田哲哉さんに、話を聞いた。 -
スバル・クロストレック ツーリング ウィルダネスエディション(4WD/CVT)【試乗記】
2025.12.16試乗記これは、“本気仕様”の日本導入を前にした、観測気球なのか? スバルが数量限定・期間限定で販売した「クロストレック ウィルダネスエディション」に試乗。その強烈なアピアランスと、存外にスマートな走りをリポートする。 -
GRとレクサスから同時発表! なぜトヨタは今、スーパースポーツモデルをつくるのか?
2025.12.15デイリーコラム2027年の発売に先駆けて、スーパースポーツ「GR GT」「GR GT3」「レクサスLFAコンセプト」を同時発表したトヨタ。なぜこのタイミングでこれらの高性能車を開発するのか? その事情や背景を考察する。
















































